一章九話《自由戦》
「おいおい、またナーマにやられてんのかよ。というか今日のは流石にお前が悪いぞ」
今日から日課として組手をすることになった俺は外に出ると、外にはナーマとマーナ、グランさんを除く他全員がいた。
そして、すでにジークとミリアが大乱闘しているところで...ん?あれなんだ?
ベルナードが相手をしているのは俺の三倍はあろう巨体の狼のようなものだった。
狼なのに二足歩行で、真っ黒な毛並みに鋭く大きな爪、闘志に燃えているが冷酷な瞳。
魔力がこちらにも伝わって来るほどにそこら中に充満している。
「あれ、何ですか?」
「あー、あれはジェノだな。あいつ遠征のストレス発散のためにベルナードに容赦ねえなぁ。安心しろ、一応あいつはちゃんとコントロールはできてるからな。だが、不用意にあの間に入ったら間違いなく死ぬからな」
うん、あれがジェノだということはわかったが、あの優しそうな雰囲気の男性が戦闘時にあんなことになるのは違和感しかない。
一方ベルナードはすばしっこく器用に避けながら、カラフルな魔法を何発も撃ち込んでいた。
そして、遠くから轟音が鳴り響き、そちらを確認すると、遠目からもはっきり確認できるほどの魔物の大群がジークに迫り、ジークはそれを何百何千と切り倒していた。
魔物の見た目はそれぞれで、獣のようなものやスライムのような不定形生命体まで様々だった。
ジークは昨日俺が戦ったような目をしていて、口角を上げて笑っていた。
「お前が昨日ミリアが出した魔物と戦ったがあれはミリアの魔物の中でも相当弱い方だからな。あいつの魔物をあんな切り刻みまくるのは俺の基準でも強いと思えるくらいだ。お前の今の力だったらあの中に飛び込んだ瞬間に死ぬぞ」
ガルムの説明を聞いて一つわかったことがあった。
他のみんなの対戦に介入するのはやめよう。
間違いなく死ぬ。
しかし、そんな大乱闘が勃発している中、外で優雅に椅子に座って読書をしている者がいた。
無論、グリーダだ。
「グリーダさん。相当度胸ありますね」
「いや、あいつはあれくらい食らっても無傷でいられるだろ。俺も最初は心配したが今はもう慣れたな」
ガルムは当たり前のように答えたが、俺にはそれがよくわからなかった。
「って、おい!後ろ!」
ガルムがそう言って何だろうと後ろを振り向いたそのときだった。
ミリアの出した魔物をジークが切り、その残骸が猛スピードでこちらに向かって来ていた。
俺はその時、魔法で障壁を作ろうとしたが間に合わないと悟り、死を覚悟した。
思わず目を瞑り、衝撃が走るのをただ待つしかできなかった。
だが、その衝撃はいつまでたっても俺に来ることはなく、物凄い轟音だけが響いた。
ん?轟音?
俺が目を開けると、灰になった魔物の残骸だったものが無残に俺の目の前に落ちていた。
「ったく、あぶねーだろ!ジークお前少しは吹っ飛ばす方向考えろ!」
ガルムがジークがいる方向に叫んだ。
「ごめーん。今度は気をつけるから」
「あ、そっち大丈夫ー?」
向こうで天変地異のような大乱闘をしているジークとミリアが言葉を返してきた。
案外どっちも余裕そうだな。
「そろそろ起きろ」
「痛った!」
俺はまだ結構ショックが大きく状況がいまいちよく読めていなかったが、ガルムから思いっきりチョップされてようやく正気に戻った。
そこから先は、ガルムに組手をお願いして秒でやられた。
しかも、ガルムは魔法を使わずに素手だけでやったのにも関わらず、余裕で俺の魔法全てを躱して思いっきり腹ぶん殴られて果てのない草原を物凄いスピードで吹き飛んだ後、ジークが走ってきて俺のこと掴んで元の場所までまだジークが走って戻ってくるという現実味がない体験をした。
「ったく、どんだけ吹っ飛んでんだよ。自分の魔法でどうにか抑えられなかったのか?」
ガルムからの容赦のない言葉に物申したい気持ちもあったが、正直なところ今の実力じゃあ言い返そうにも言い返せない。
「まあね、流石にあれは僕も驚いたよ。身体能力はグリーダが強化してるからあそこまで吹き飛ぶなんてことはないとは思ったけど...」
俺も殴られてあそこまで吹き飛ぶなんて思いもしなかった。
正直なところ身体能力的には常人を逸脱したものを持っているとは思っていたが、あそこまでぶっ飛んだ身体能力してるとは思わなかった。
普通に魔法なくても国が滅ぶレベルで強いことが確信できるくらいには身体能力が高い。
地味に殴られて肋骨が何本か折れたがグリーダからもらった再生能力によってすでに治っている。
もうみんなの強さは痛いほどよくわかっているが、それ故に俺だけが弱いという劣等感で胸が締め付けられる。
「ったく、魔法のコントロールもまだまだだな。魔法に関して一番教え方が上手いのはベルナードだ、あいつに頼めば大抵はわかる。今度聞いてみろ」
「え、あ、はい」
俺はいきなり言われたのびっくりしてよくわからない返事をしてしまった。
それにしてもいつまでベルナードとジェノは戦っているのだろうか...。
衝撃波がこっちにまで伝わってくるような戦いをもう何十分もしている二人は結構疲れの色を見せていて、少し息が上がっているように見えた。
「おやおや、やんちゃなことで何よりね」
いつのまにか読書をやめて俺のところに来ていたグリーダは少し気の抜けているような声でそう言って軽く伸びをしていた。
今俺のところにいるのはジーク、ミリア、ガルム、グリーダの俺含めて五人でベルナードとジェノが戦っている。
拠点の中にはナーマとマーナにグランさんがいるという状況になっている。
みんな自由だな...。
たまにこっちに魔法の流れ弾がくるが、みんなはことごとくそれを全て弾いているので俺のところにくる心配はなく、ある意味ここが一番安全なのではと思い始めるほどだった。
そして、その十分後くらいに戦いが終わったベルナードとジェノはお互いにスッキリした顔でこちらに戻ってきた。
「いやー、なかなかに楽しかったですね」
「そうね、ストレス発散は定期的にやっておかないとやってられないわ」
こんな天変地異のような戦いをストレス発散と表現するベルナードに疑問を覚えたが、とりあえずそこは置いておくことにしよう。
「あの、ベルナードさん」
「何かしら?」
「えーっと、その」
まずい、なんて話を切り出していいのか全くわからない。
「ああ、こいつはお前に魔力のコントロールと魔法について諸々教わりたいんだってよ」
ガルムが俺の代わりに用件を言って俺はそれにコクコクと頷いた。
「え?まあ...いいけれど。でも、あなたの魔法のように変則的な魔法は私よりも圧倒的にグリーダの方が教えるのは上手いわよ?」
ベルナードがそう言っていたので俺はグリーダの方を見た。
「まあ、そうね。私は属性魔法はあまり得意じゃ無いけど。ザインのような特殊な魔法は基本的には教えられるわ」
「え、ああ、いいんですか?」
「無論よ。私たちがあなたをここにスカウトしたのだから技術を教えないなんてそれあなたをスカウトした意味ないじゃないの」
こうしてグリーダは今日から俺の教師になった。