三章二十一話《黄金の剣》
夜、地下室の奥で金属音が響き渡る。
魔法で複数の金属を溶かし空中に留めながら慎重に混ぜ合わせ練り上げ型を整えていく。
「何してんの?珍しいね」
「そうかしら?あとあまり勝手に入って来て欲しくないのだけど」
グリーダの背後から突然声をかけられるが、対して動揺せず自然に返事をする。
「...そろそろ武器を新調すべきだと言われてささっと作ってるところよ。そういうあなたはなんの用かしら?」
「別に?ただなんか音がするなーって、まあ娘の様子を見に適当にここに来ただけなんだけどね」
はあとため息を吐きながら渋々グリーダがリザリーの方へ振り向いた。
「まあ、好きにくつろぐのはいいけど私の邪魔はしないで欲しいわね。今回は割と真面目に作ってるのよ」
「へえ、見た感じ小さめな武器だね。ナーマのかな?」
「あら、見ただけでわかるのね。まあ取り回しのしやすさ重視に少しばかり魔力の出力も考えて作ってるわ」
浮遊している武器を一本手に取って軽くリザリーに投げ、それをリザリーが指でつまんで受け取った。
「ふうん、グリーダが作るものって意外と堅実だよね。これくらいなら市販の買えばいいんじゃない?」
「作った方が早いわ。自作の方が勝手がわかる分細かい部分も調整しやすいもの」
さらに型を整えた後で再び熱を加えて真っ赤になったところを圧を掛けて硬度を上げていく。
「...っと、こんなものね。後は念入りに研磨して完成ね」
「早くない?そんなに簡単に出来るの?」
「そもそも武器の作り方が根本的に違うのよ。普通に売ってるようなのは色々な工程を分けて剣を形にするでしょう?でも私の場合ほとんどの工程をこう...手の上でできちゃうからかなり時間短縮になるのよ」
「ああ、魔力制御の工夫次第で結構細かく鍛治の再現が出来るのか。私グリーダが魔道具作ってるところは結構見かけてたけど武器を一から作ってるところは全然見た事ないからちょっと意外だけど」
完成した二本目の剣をグリーダがリザリーに無造作に放り投げてリザリーは興味深そうにそれを「ほお〜」と気の抜けた声を出しながら眺めていた。
「あなたの場合武器と言っても拳に自分の魔力で装甲纏わせてるだけだから武器はいらないでしょう?見たいなら別だけれどそんな誰かの前で武器を作ったりしないわ」
「まあそんなもんか。あ、そうだグリーダ。もう一つ用事があったんだった」
「用事?」
「そうそう、エリテスの所に行ってたからその報告。ほんとは昨日にでも来たかったんだけど龍族の方でも例の謎の魔物?みたいなのが増えてて手を焼いてたんだよね。一旦全部ぶっ飛ばしてからここに来た」
前にミラルと会う前にリザリーにグリーダが頼んでいた件、それはグリーダとの古くからの知人であり研究者のエリテスの元へ行き情報を集めることだった。
「エリテスねえ...頼んでおいてこう言うのもなんだけれどあまり期待はしてないのよね。はっきり言って私達あまり仲が良くないもの」
「あーそれね、とやかくは言わないけど中々こじらせてたよね。ちょっと笑える」
リザリーは古くから互いを知っているグリーダとエリテスの価値観や考え方の違いが仲違いを引き起こし、エリテスが引きこもってしまったと思っている。
「それで、何か有用な情報はあったのかしら?」
「ぜーんぜん、あっでも教えてくれないわけじゃなかったよ。ただあっちの方もまだまだ色々と手探りな状況みたいだったね。こっちと情報の整理に関してはあんまり変わってないかな」
「そう...となるとただ新種の魔物が大量発生したって言う可能性はかなり薄そうね。その言い分だと恐らく近縁種や類似した特徴の魔物を一切発見出来ていないことになるわ。そうなるとますます嫌な予感がするのよね...」
エリテスの研究分野は魔法、だが魔物の研究も同時並行で進めておりかなり広い分野の知識を持っている。
しかし魔物関連の知識もミリアとは毛色の違うものであり、ミリアは魔物の地域での分布や魔物の種類などの魔物収集という趣味に関わる知識が多く、エリテスは魔物の遺伝的な部分や魔力の性質傾向などやはり魔物の内部的な知識が多い。
エリテスが見たことの無いということはつまり既存の魔物とはどれも共通しない特徴があり、相応の理由があってあえて分からないと言っている可能性が高い。
「ま、どうでもいいけど。危険なら皆殺しにする、そうでもなければほっとく。グリーダが危機感を覚えるのは勝手だけど私からしてみれば魔物が一種類増えたくらいにしか感じないし」
「そうよねえ...。あまりみんなの不安を煽るようなことは言いたくないわね。ただでさえまだまだ解決できてないことが多くあるというのに下手に根を詰めすぎれば身動きが取れなくなるもの」
「リーダーが弱気になってどうするの?みんなグリーダを信じてるんだから虚勢でもいいから強気でいないと」
リザリーの表情は表では笑っているように見えるがその瞳の奥では警告じみた魔力を発していた。
「ミリアを危険に晒すつもりは無いわ。どうせ私があの子を怖がらせるとでも思っているんでしょうけど」
「よくわかってるじゃん、娘の前でくらい強いリーダーを演じてよ。でないと私、失望するかもよ?」
リザリーは結構適当な性格ではあるが、こと娘のこととなると話が変わってくる。
基本的にミリアのしたいようにさせてはいるが、危険にならないように影ながら色々と根回しをしたり必要であれば今回のようにグリーダにも脅迫じみた行動に出ることもある。
「ミリアは結構心が脆い。グリーダが落ち込んだ態度してようものなら簡単に釣られて落ち込むだろうね」
「そうね...」
ミリアが周りを明るくするために気を張っていることはグリーダも既に気付いていて、しかしながら無理にそれを止めることも出来ずにミリアが望むのならと静観していた。
だが、ミリア自身が自分からそうしているものの心の負担を考えると完全に自業自得だと割り切ることも出来ていなかった。
「ほんと、私って強いだけで周りに助けられてばかりね。つくづく申し訳なさが湧いてくるわね」
「だーかーら!なんでそう弱気になるの?!本気でそう思ってるならみんなの前で堂々とありがとうでも言えばいいんじゃないの?!私は弱音を吐くなって言ってるんじゃなくて沈んだ雰囲気見せないでって言ってるの!」
リザリーに釘を刺され意気消沈したように俯いたグリーダを見て、リザリーがブチ切れた。
「ほら、愚痴ならいくらでも聞くからそんな子供みたいに拗ねてないで顔上げてよ。...あーもう失望するかもとか言ったのは謝るから...なーんで戦いじゃ無敵なのに心がこんなに弱いの...」
「...皆に失望されるのは嫌なのよ。死んで欲しくないし、みんなを危険な事に巻き込んだのは他でもない私自身よ?安全を考えながら常に対処しなくちゃいけない...」
リザリーがはぁとため息を吐いて剣を机に置いてグリーダに近寄り優しく背中をさする。
「分かってるよ、グリーダが成長しないのは身体だけじゃないって。でも私だって一から十まで甘やかす訳にも行かないからいい加減覚悟決めなってば」
「私は別に、何度殺されようがどれだけ苦痛に晒されようが耐えられる。でもあの子たちを死なせるのだけは絶対に嫌なのよ。でもそれを話したところであの子たちは自ら戦いを選ぶ...」
昔からグリーダが仲間に大きく助けられてきたのは事実だ、だがそれと同時に危険なことに巻き込んだ負い目や普段の日常が壊されることへの恐怖はとめどなくグリーダの心を蝕んでいた。
どれだけ取り繕っても、どれだけ蓋をしても、どれだけ殻で覆っても、心の奥底...心の本質は未だに子供のままのグリーダにはあまりにも荷が重すぎる。
「昔からのよしみだからね、いくらでも話くらいなら聞いてあげるから...だからあの子たちの前でそんな顔しないで?みんなグリーダを信じてるんだから」
ゆっくりと椅子に座っていたグリーダの体がリザリーの方へ寄りかかる。
「全くもう...色々溜め込みすぎなんだってば。少しちょっかいかけたらすぐこうなっちゃう」
「仕方ないでしょ?何もかも全部放り出すのをこの世界は許しちゃくれないのよ。この世界は私に染まりすぎてしまったもの」
少し呆れながらも寄りかかってきた体を受け止めて、話を続ける。
「ま、グリーダがそうなっちゃうのも無理ないけどもうちょっと毅然としなよ?本音出すの早すぎなんだからさ」
「そうね...ほんとはこんな姿見せるつもりじゃなかったのよ。でもリザリーにあんな風に言われたら落ち込むわよ普通に」
「いやなにそれまるで私が酷いこと言ったみたいな...」
リザリーの心無い言葉がグリーダの心を傷つけ、いとも容易く憔悴してしまっている姿を見て流石のリザリーも少し引いていた。
「下手したらザインより心弱くない?よくそれで今まで耐えれたよ...私でも心配になる程だよ」
「わ、私だって頑張ってるのよ。けどうっかり気を抜くとすぐこうなっちゃうのは昔から同じよ...もう感情なんて閉じ込めてた方がいいのかしらね」
「ええ...私がちょっと言っただけでこうなるなら仲間の誰かに嫌いって言われただけで絶望しそうな気がするんだけど本当に大丈夫?」
「そうかもしれないわね。今なら実際言われたら数日寝込む自信があるわ。もっともそんな風に言われないように色々と頑張ってはいるけれど」
リザリーは、昔からグリーダが仲間に対して本気で愛情持って接しているというのは知っていた。
かと言って嫌われたくない失望されたくないという一心でという訳ではなく、時に厳しく容赦なく接している時もある。
命懸けな分、嫌われてでも生存確率を上げるため強く鍛えるという意志は確かなものでそんなグリーダが嫌いと言われた程度でそこまで落ち込むかとリザリーはいささか疑問に思ってはいた。
「ふーん...あっそうだ今思ったんだけど今後さらに状況が悪化するならあのー...なんだっけ?アイツらに連絡しといた方がいいんじゃない?」
「あいつら?ってああ、もしかして...」
リザリーに提案されたことについて一瞬思い当たる節が無かったが、直ぐに理解して頷いた。
「あー...そうね、こんなところでいじけてる暇があるなら少しでも協力を仰いだ方がまだ建設的よね。早速"メイド長"に伝えておくわ。恐らくすぐにどうこうってことは無いでしょうけど向こうでも警戒しておくように呼び掛けだけでもしておくわ」
「はいはいりょーかい。っとそれとその二つの剣少しばかり細工しておいたから、別に危険では無いけどちょっとしたお節介をね。ふふっ」
机に置いてある剣をグリーダの方へ持っていき渡す。
「これって、あなた流石にまずいんじゃない?これナーマに渡すのよ?いくらなんでも...」
「まーまー、使い物にならなければ新しく作ればいいでしょ?ものは試しだしやってみなって。どーせ拒絶反応起こっても死にはしないって」
「死にはしないって...最悪のケースを考えなさい。ナーマが死ななくとも周りの皆が危険にさらされるかも知れないわ」
リザリーの行った細工に気づいた瞬間、グリーダは血相を変えてリザリーに詰め寄った。
「危険、ね。グリーダが勘違いしてるみたいだから言っておくけど多分コレに触れたからってナーマが暴走する可能性は万に一つもありえないし、そもそもあんな事が起こった原因だってどうしようもないクソ野郎が私利私欲のために国を巻き込んだ大事件を引き起こした...それだけなんだよ。外的な刺激を受けたからってまたああなる可能性はないね」
「でも、そんなことどうしてリザリーが...!」
「ま、グリーダは元々そこまで賢い訳では無いことは知ってるけどさ。王女をモルモットにして動物実験なんてしなきゃ暴走なんてまずしないってだけ言っとくよ。それから用事も済んだしもう帰るね」
それだけ吐き捨ててリザリーは部屋から出ていった。
残された剣は微かに黄金に光っており、魔力を帯びている。
「リザリーがこれを残すということは、それだけ危険視しているということよね。口ではああ言っていたけれど」
グリーダは剣を持って地下室から出ると、ナーマの部屋へ行き優しく扉をノックした。
「ナーマ、入っていいかしら?」
「...何?」
かなり夜も深けた時間帯なのもあって少し眠そうな様子のナーマがゆっくりと扉を開けた。
「もうすぐ寝ようと思ってた。あまり夜遅くに尋ねて欲しくは無い」
「あら、申し訳ないわね。それじゃあ前置きは無しにして、はいこれ。完成したから渡しておくわ。念の為使うなら明日以降にして頂戴、私が立ち会うわ」
「...剣?私頼んでない」
突然渡された新しい剣を見ながらナーマは訝しんでいたが、構わずグリーダが押し付けるように二振りの剣を手渡した。
「もしもの話、万が一に備えて一応万全な状態で使って欲しいのよ。かなり特殊な武器だから」
「とりあえず、なんとなくは把握した。要件がそれだけなら...ふぁ、もう寝る」
押し付けられた剣を両手で抱えながら、限界なのか控えめな欠伸をしながら部屋の奥へ引っ込んだ。
「そうね、おやすみなさい」
音を立てずにグリーダは優しく扉を閉めた。
(まあ、ナーマの事だし勝手に夜中使ったりはしないだろうけど...渡すのは明日の朝とかにした方が良かったのかしらね)
完成した勢いでそのまま渡してしまったが、夜遅くにいきなり部屋を訪ねてというのは明らかに配慮が足りなかったなと渡した後グリーダは反省していた。




