三章十三話《栄光の未来と惨劇の夜》
謎の白い魔物と戦い、俺はグリーダから渡されていた即効転移魔道具を使ってグリーダと座標転換で入れ替わるようにして転移することとなった。
そして、今俺のいる場所は...
「こんにちは、ザインさん」
華やかな庭園に座る女王陛下、そして紅茶の注がれたティーカップが目の前のテーブルに置かれている。
俺は椅子に座っていることから、グリーダと女王陛下がここで何か話していたことは分かる。
「あまり驚いていないということは、事情は知っているという事ですかね?」
「はい、そちらの事情につきましてはこと細かくは説明されておりませんがおおよそのことは聞かされておりますゆえ、そこまで緊張なさらなくても良いのですよ」
温和な笑みと穏やかな声色的に、警戒する必要もないと一見思えた。
だが、5年間修行してみれば嫌でもわかる、初対面では一切感じられなかった魔力。
そしてそれによる威圧感と女王としてふさわしい高い存在であることを示すかのようなオーラを纏い、抽象的にどこか感じたことがあるような既視感も覚える佇まい。
「緊張しなくてもいい?緊張するようにしているのは貴方ですけど」
「はて、なんの事やら...」
おどけたように俺の言葉を受け流す。
あの優しく包み込むような笑顔が、この魔力と威圧感にさらされるだけで明らかに心当たりがある嘘っぽく胡散臭い笑みへと一転して見える。
もはや疑問などいらない、ただの妖精族だと思っていたら確実に痛い目を見るのは明白。
「グリーダの関係者、最初はそう聞いてただ国交的に対話をしたことがある程度の認識だった」
「いきなりなんです?ここへ来て突然そのような...」
「いえ、まあふと思ったんです。貴方はただの女王じゃない。貴方は...」
そこまで言うと、ハッとして女王陛下は手で俺の言葉を制した。
「その話はやめましょう?大体は察したみたいですが、声を大にして言われるのは少し抵抗があります」
「抵抗?」
自分から言うように誘導するために魔力を見せつけたんじゃないのか?
「あなたが思っていることは大方正解です。私の強さの理由と今日のグリーダとの会話を聞いていればだいたい予想はつくとは思っていました」
「何故、そこまで嫌そうな顔を?」
そう、彼女は女王陛下でありグリーダとの古き知人、そうなれば自ずと答えは見えてくる。
彼女は元《十ノ頂》。
「いえ、特に大きな理由はありません。ただ、少し嫌な記憶があり今でもよく思い出すのです」
嫌な記憶...か。
元《十ノ頂》ともなればそりゃあ嫌な記憶なんてあって当然だとも感じるが、この表情を見る限り多分"少し"どころの話では無いのだろう。
取り繕ってはいるが相当辛いのは当然見れば分かる。
「まあ、そんなことは今考えるだけ無駄ですね。私の記憶を嘆いても今更変えることなんて出来ないのですから」
「まあ...そうですね」
表情の変化は不気味なくらいに希薄、しかし纏う雰囲気と魔力ではっきりと心情の変化が伝わってくる。
悲壮感の漂う切なさ、これは俺にはどうしようもないし慰めようもないだろう。
「...っと、あなたとこのような話をしていては時間の無駄ですね。他にも話しておきたい事がありますので」
「え、なんですか?」
「話は至って単純です、グリーダから聞いていましてね、最近新たに加入した《十ノ頂》。初代《十ノ頂》ザヴァゴと同じ魔法を使いミリアさんをも超える魔力を持っている逸材」
「な?!...一体何が言いたいんですか?」
俺のことをここまで把握しているとは思っていなかった、仮にも今日が初対面だぞ...。
「ええ、ですから気になったのです。その実力を」
実力、もうこれで察した。
一体何回、こんな力試しじみたことをすればいいのやら。
まあ、この感覚も5年ぶりだな。
「王としての威厳はどうしましたか?女王サマ?」
「問題ありませんとも。人払いも済ませましたし何より、貴方はもう私を知らない訳では無い。知らなかったでは済まないのですから」
「おいおい、意味がわからん」
女王はそう言ってサッと立ち上がるとふっと姿が消えた。
大体、《十ノ頂》ってのは一々、動きが速い。
俺は跳躍して魔法で全方位にオリハルコン製の壁を展開してとりあえず相手の出方を探った。
その予想通り、連続で衝撃音が鳴り響き壁が削れて壁ごと俺は庭園の中で空中に投げ出された。
まさか、ただの殴打で上に吹き飛ばされるとは思っていなかったが、これくらいのことをするのではもう驚きもしない。
「傷つけたくはないんだが?」
「ご安心を、私に傷をつけられると思っているようでしたらその思い叩き潰して差し上げますよ、うふふ」
張り付いた笑みの裏側に潜む狂的な程に研ぎ澄まされた闘争心。
やはり、元は世界を統べるものの1人ともなれば格の違いは歴然だ。
「なら、遠慮はいらないか」
空中で無防備な俺に高速で接近してくる女王にたいしてすかさず魔法で翼を展開して回避を試みるが、なんでか分からんが空中で軌道を変えて来るから全く距離を離すことができない。
「そんなものですか、もう少し期待したのですがね」
「そうかよ!これでも喰らえ!」
俺は空気から物質に改変して作り出した刃物をいくつも展開して女王に打ち込み迎撃する。
しかし、そんなおもちゃ同然の攻撃に意味なんてないかのように全て簡単に躱して女王の拳が眼前に迫る。
強すぎる、それに俺じゃ全然動きが読めない。
無茶苦茶だ、デタラメな魔力の圧とまるで未来を見ているかのように動きを読まれて何をしても簡単に対応される。
体をひねって避けようとするが、そのあまりの速さに肩に打ち込まれその勢いのまま地面に墜落し綺麗だった庭園が俺の魔法や女王の攻撃の余波で花は散り土埃が舞い上がり見るも無惨な姿と化していた。
全身が激痛で危険信号を訴えているが、その体にムチを打って無理矢理起き上がる。
「力を試す、そうは言いましたが手加減をすると入っておりませんよ。あなたが全力で来なければ最悪...命を落とすことになるかもしれませんが」
「なっ...それは,..!」
俺が見上げると女王は空中に静止してこちらを見下ろしていた。
蝶のような翅と綺麗に周りに溢れる魔力がまるで鱗粉のように漂い神秘的に見える。
「そっちこそ、ただ殴った程度で俺が死ぬとでも?俺は5年間グリーダやみんなに鍛えられてんだ、そんなに言うほどヤワじゃねえよ」
そういうと女王は面白いものを見たかのように、しかし同時に安心したような表情でクスッと笑い空中で攻撃の体勢を構える。
本気でやると入ったが、本気で殺すつもりはどうやらないみたいだな。
まあ、そこは全部俺次第って訳か。
「まあ、せいぜい死なないように頑張るさ」
「はい、そうしてください」
一瞬の沈黙、そしてそれを切り裂き飛翔する女王の拳にはさっきとはまるで別物の魔力が込められている。
恐らく10倍くらいか、こんなの正面から喰らえば多分死ぬまでは行かないが当たりどころが悪ければ一撃でノックアウトだ。
魔法で作り出した剣程度じゃ恐らく傷すら付けられない、かと言って避ける猶予もない。
オリハルコンの壁を形成し五層の防壁にして、女王の拳撃を牽制した。
一撃でほとんどの壁が打ち破られその勢いのままにもう一撃をもう一方の手で打ち込んだ。
壁は全て突破されたが、予想通りだ。
俺は5年間修行してわかったことがある。
いくら《十ノ頂》と言っても魔力をしっかり纏っていなければ身体的強度はそこまで高いとは言えない。
拳に魔力を集中させている以上、他の部分の強度は俺の魔法でもゆうに通用する。
壁を貫通してきたが、俺は既にその先にはいない。
俺がいるのは...上空だ。
「力試しをするなら、最初っからこんなことするべきじゃなかったな!」
壁の先にあるのは俺の上着に魔力を大量に込めたものだ。
妖精族は魔力感知能力が相当高いのは知っていて、前にミリアとの模擬戦で使った魔力霧散による奇襲は恐らく意味をなさない。
だからこそ、俺の魔力の大部分をダミーとして置いておけばそっちに意識がむくのは明白だ。
「お上手、やはりあなたは...」
これで、俺の...。
「素晴らしい!」
勝ちだ!
服に込めた魔力で予め術式を込めておいた、そして、壁が貫通した瞬間上着と接していた地面と周りの土が全て鋭利な刃物となり女王に迫る。
コンマ1秒以内の攻防、そこに決着が着いたかと思った、がしかしそんなことは無かった。
ありえないほどの決断の速さ、女王は拳を地面に振り下ろしてその威力で空中に飛び上がり俺の渾身の一撃を回避して翅で飛翔する。
「ッチ、流石にこれだけじゃ傷一つつかないか」
俺の魔力はもうほとんど残っていない、と言うよりもダミーのために八割以上を服に込めていたせいで俺の体には魔力が無くなっていた。
そうしなければ確実にバレるからだ。
翼を形成して維持する魔力も決して少ないわけじゃない、もう既に戦えるだけの魔力は残っていなかった。
「認めましょう、貴方の力を」
俺の魔法が解除されて魔力切れで地面に落下するが、何かに支えられて地面に激突することは無かった。
「なん...で」
「言ったはずです、力を試すと。手加減はしないと言いましたが貴方は私の本気に応えてくださいました。私の予想を上回る力を見せてくださいました」
俺は女王に抱えられてゆっくりと地面におりたあと、地面に横になる。
もう体が疲労と魔力の酷使で全然動かない。
「今更ですが、いきなりこんな真似して申し訳ないと思っております」
「どうしてみんな《十ノ頂》ってのはこう無理矢理なんだ。下手したら死ぬぞこんなの」
俺の体はもう限界に達していて意識はあるものの立ち上がることさえ困難な状態だ、魔力が体から消耗すると身体機能が著しく低下するのはグリーダから聞いていたが、本当に全く動ける気がしない。
「ふふ、貴方の強さは予想以上でした。それとご安心ください、すぐに帰還できるように手配はしておりますので良ければお帰りになられますか?」
「それは...お願いします」
「はい、では」
女王は俺の手を握るとフワッと周りが光に包まれた。
見慣れた転移魔法、おそらく魔道具を起動したんだろう...もう今日は疲れた。
そして転移魔法で転移が完了すると俺は自分の部屋にいた、女王がいないから多分違う部屋に転移したのだろう。
大方グリーダのところにでも転移したと思われるが、それで間違いは無さそうだ。
疲れが全身に回りまぶたが重くなる。
さすがに床で寝るのは不味い、とりあえず這ってベットにやっとの思いで横になりまぶたを閉じた。
<><><>
転移したミラルは地下のグリーダがいる実験室を訪れた。
そこではグリーダがナーマが探索している映像を見ている。
「さっきぶりですね、グリーダ」
「そうね、なんて言えばいいかしら?とりあえず...おかえりなさい、ミラル」
グリーダは振り返ってミラルを見た途端優しく微笑みミラルのそばにより挨拶する。
「まあ、見たらわかるでしょうけどナーマが頑張ってくれているわ。あなたには思うところがあるでしょうけど」
「そうですね、何も思わないと言えば嘘になりますが、あの子がそうしたいのであれば私はとやかくは言いません」
「そう、その返答は未だにあの子のことは家族と思っているからかしら?それともただ後輩だからかしら?」
グリーダの表情は少し寂しそうで、ミラルの方もその質問に答えることを渋る。
「...あの子を未だ家族だと思うことはおこがましいのでしょうね。親としての責務など何も果たせていない、それに"あの事"もあってはもうどうにもならないというのは分かっています」
ミラルの頭の中にある後悔と哀切の感情が、グリーダには痛いほど伝わっていた。
「いいんじゃない?あなたがまだあの子を愛そうと言うのなら私は否定しないわ。でも、厳しいかもしれないけどそれを決めるのは私ではなくナーマよ」
「それも重々承知です。あの子はもう一生、私を許しはしないでしょう」
ミラルはその記憶を思い返す、約80年前、エアリエル王国全土を巻き込んだ大事件、大量の死者を生み出し大きな傷跡を残した忌むべき歴史。
その原因たる者が、《十ノ頂》《刻皇》ナーマ。
無垢な少女が多くの民を惨殺し、終いには自分自身の父親を自ら手にかけたその惨状を。
「私が、もっとあの子をしっかり見ていさえすれば...」
脳裏に焼き付く絶望しきった瞳と憎しみを体現したような表情、そしておびただしいほど体に染み付いた返り血。
そしてその悪夢が、親子の絆を引き裂いた。




