三章九話《虹龍VS刻皇》
ザイン、グリーダ、ジェノ、グラン、ミリアの五人が妖精世界での問題を解決しようと奮闘している頃、拠点の方ではちょっとしたトラブルが発生していた。
「...何?」
「......」
リビングや各部屋の掃除をしているナーマをじっと観察するように見る者が一人、龍族のトリニティ=ヘッドの子供。
魔導具によって操られていたのでリザリーが開放してやり、一時的に保護することとなったのが事の成り行きだ。
「龍王様から聞いたんだ、銀髪の子がすごい強いって」
「だから何?私はあなたに構っていられるほど暇じゃない」
ナーマはトリニティ=ヘッドの言ったことで大体の意図を察して自分の仕事に戻る。
「私よりもリザリーの方が何倍も強い。私を観察したところで戦闘において参考になるものは一つたりとも存在しない」
龍族は血気盛んで他種族からしたら本当の戦闘狂他ならないような認識で、ナーマの解釈も例外ではない。
近くにいても邪魔なだけでさっさとどっかに行ってくれと内心思いながら自分から興味をなくさせようと言葉を選ぶ。
「僕は強くなりたいんだ。あの龍王様みたいに...少しでも近づき...」
「あなたではあの領域に届かない。あれは特別、根本的に存在が違う」
「でも、僕だって同じ龍族だ!僕だっていつかはあんな風になれる!」
「...なれると思う?少なくとも私から見たあなたでは可能性は万に一つもないとしか言いようがない」
トリニティ=ヘッドは負けじと食い下がるが、ナーマはきっぱりと否定してしまう。
そっぽを向いたまま魔導具の掃除道具でゴミや埃を吸い取って綺麗にしていく。
「僕には、才能がないっていうのか?」
「才能...、それがあればあの境地に辿り着けるというのはあまりにも甘い認識。正直吐き気がする。そんな風に気が遠くなるほどの努力を簡略的な解釈で捉えるのなら、強者となるのは夢のまた夢。早々に諦めることを勧める」
「一体、何が言いたいんだ...?」
あまりにハッキリと否定されたせいで怒りと明らかな苛立ちを含んだ表情で、分かりやすく激昂していることは見て取れる。
「ならハッキリという。私達を甘く見ないで。自分が強くなるために鍛錬するのは勝手、ただしそんなに簡単に追いつくなんて言葉を吐くのは私の仲間への侮辱」
「っ?!」
ナーマの言葉がトリニティ=ヘッドのプライドに大きく傷つけた。
プライドが元々高い龍族の子供に冷淡な態度と全否定するような指摘の数々は怒りの沸点に達させるには十分すぎた。
「お前!いい気になりやがって!ムカつくんだよ!そこまで言うなら僕と戦え!どうせ何もできない脆弱な妖精族じゃ羽で逃げることしかできないだろ!」
その瞬間、ナーマの手が止まった。
「...わかった。ただし私が勝てば今後一切私の邪魔はしないこと。そしてリザリーに追いつくなんて馬鹿なことは言わないと約束して」
「なら僕が勝ったらこれから僕の言うことに文句を言うな!」
「それでいい、ならさっさと外に出る。時間もないから早く終わらせる」
そして二人は共に外に出て向かい合いナーマもトリニティ=ヘッドもどちらも武器は持たず素手で構える。
ナーマは掃除用の洋服で動きやすいようにスカートではなく長いズボンを履いている。
「武器は使わないのか?」
「子供相手に武器は必要ない。あなたは武器を使えばいい。今からでも地下室から予備の武器を取ってきてもいい」
「いらない、邪魔になるだけだ」
それから両者とも数秒間無言で睨み合う。
しばしの沈黙、開始の合図などない空間でどちらが先に動くか互いにわずかな動きから読み合いが生まれる。
面倒だと思ったのかナーマはその沈黙を打ち破り一直線に小細工なしで飛び込んだ。
神速魔法など使っていない、ただ魔力で身体能力を底上げしただけでみぞおちに拳撃を叩き込む。
「はあ!」
トリニティ=ヘッドは掛け声とともにそれを難なく腕で受け止めてナーマの数倍もの魔力を纏った足で膝あたりを思いっきり蹴りつける。
それもお見通しだと言わんばかりにナーマは飛び上がって回避して真上から空中で体勢を整えてかかと落としをする。
「んな?!」
肩を砕く勢いでカカトを打ち下ろしたにも関わらず一切動じないトリニティ=ヘッドの姿とまるで鉛を攻撃したかのような鈍い痛みを感じて驚きの声が口から漏れる。
「やっぱり羽虫は羽虫だ。僕の敵じゃないね」
ナーマの攻撃で一切傷ついていないことでもう目の前の敵は脅威ではないと本能的に悟ったのか表情からは油断の色がうかがえる。
それからナーマは回避を中心に何度か多方向からの攻撃を仕掛けてみるが圧倒的な身体硬度によって全て無意味に終わる。
数分間が経過してトリニティ=ヘッドは退屈そうにナーマを見る。
「もういいや、ムカついたしこのままこの状態でやってもどうせつまんないから...手加減するのやめよ」
そう言ってトリニティ=ヘッドは目を瞑る。
だからといってナーマは格好の隙だと飛びかかるような阿呆ではない。
なぜなら、周りを焼き焦がすほどの熱と光を発して人型の姿が徐々に巨大化していくのだから。
七つの首の龍、それすなわち龍族の中でも伝説の血縁と評される者たちの真の姿。
「...家を壊すのはやめて、再建は面倒」
『安心しろ、我はそのような愚かな真似を行う愚者などではない』
耳に直接声が響いて少し違和感があり、龍の口元に注視するが、言葉を発しているようには見えない。
「その姿で言葉は出せる?」
『どちらでも可能だ。だが、巨体故発声の調整に難がありこの方法が効率が良いと思ったまでだ』
「そちらの喋り方の方が利口。さっきの餓鬼のような話し方とは大きな違い」
『姿が変われば思考も変わると言うものだ。だが根本は変わってはおらん』
理解はしたが、あまり興味が湧かなかったのか再び龍と向き合い構える。
「そちらが手加減できないのなら、こちらも手加減する理由はない。これ以上は私のやる事に支障をきたす」
『ならば我が身に少しでも傷をつけてみろ。所詮は羽虫、その程度もできぬようでは...』
頭の中に直接響いていた声は途中で切れた。
「あと何本、首を落としたら死ぬの?」
トリニティ=ヘッドの右端の首が地面に落ち、ナーマの手にはべっとりと血が付いていた。
『貴様...!?どうやってそんな』
「戯言はいい、死なない程度に叩き潰す」
一瞬、ナーマの姿がブレたと思ったらまたもう一本の首がまるで巨大な刃物で両断されたかのような太刀筋で切り落とされていた。
しかし、ナーマは素手でとてもそんな風に切り落とせるはずなどない。
『グゥ...ッ!!!貴様アアアアアァァァァァァァ!』
残りの五つの首からそれぞれ魔法陣が展開され、龍族特有のブレスがナーマに降り注ぐ。
ナーマは特に動かずにそのままブレスに巻き込まれ、爆発して土煙が辺りを覆う。
『やったか?』
「私の頭に直接言葉を送っておいてそれは絶対にありえない」
いつのまにかナーマはトリニティ=ヘッドの頭のうち一つの上に立っていて次の瞬間にはその首も地面に落ちる。
相変わらずどうやったのかは一切見えずただ切られたと言う事実だけが残るのみで何も理解できずトリニティ=ヘッドはすっかり冷静さを欠き混乱している。
『な、何故だ?何故我はこんな羽虫1匹に...』
「その羽虫が、リザリーのお墨付きだから。あなたでは私に絶対に勝てない」
一切の疲労も慌てる気配もなく、圧倒的な余裕で龍を相手にするその姿は誰が見ても異常だと、そう思わざるを得ない。
そして、トリニティ=ヘッドは気付いた、いや、気付いてしまった。
自分よりも矮小だと思っていた相手がいつの間にか、魔力を自身よりも膨大な量身に纏っていることを。
ナーマの魔力が視認できるほどに増大し、瞳からも魔力が漏れ出て微かに光を放っている。
「そろそろ私もやることがある。さっさと終わらせて仕事に戻る」
魔力が体に纏わりつき光を放ち地面には白い時計模様の魔法陣が展開されて、ナーマの元から魔力が吸い寄せられているように見える。
ナーマが指を少し噛み血が地面の魔法陣に付着すると青く変色して魔法が起動される。
『させるか!』
危険を察知したトリニティ=ヘッドは残った首で高圧の魔力ブレスを発射して魔法を起動される前に破壊しようと試みたが、わずかに時間が足りなかった。
ナーマの頰にブレスが掠った瞬間、世界の時は止まった。
時が動いた時には首は残り一本のみ、翼も吹き飛び身体中の鱗は傷だらけで大半が抉られて血が吹き出している。
突然の激痛によって、トリニティ=ヘッドは意識を失い人型に戻って倒れた。
首のほとんどはもがれたはずなのにも関わらず何故か人型では首は健在、魔力は衰弱しきっていて多分目が覚めてもとても戦える状態ではない。
「あくまでも子供、力の使い方がまるでわかっていない」
「ナーマ、やりすぎだ馬鹿野郎。あそこまでする必要はどう考えてもなかっただろ」
「ガルム、盗み見は感心しない」
遠目から見ていたガルムが戦いが終わったと同時に声をかけてくる。
トリニティ=ヘッドのことを心配している様子でナーマを問い詰めている。
「お前、魔力を圧縮して切ったんだろ?さっきのアレ。何で首を真っ先に切り落とした。再生しなかったらどうするつもりだったんだ?」
「グリーダが帰って来れば治せる。そもそもあの姿は魔法によるものだから人型に戻れば影響はない」
「そう言う問題じゃねえよ。ありゃ相当なトラウマになるだろ。別にお前は恐怖を植え付けるために戦ってたわけじゃねえんだからそこまでする必要はなかったんだ」
「あの巨体に対して私が対処する方法がこれしかなかった。傷つけずに鎮圧するのは困難を極める。時間もない上ではどうすることもできない」
「そもそも子供の駄々に付き合う必要もねえんだよ。お前実は短気だろ」
「それは否定しない、けどアレは向こうから挑んできた。受けた私に非はない」
ガルムが問いただすが全く反省の色が見えない。
かと言って開き直るとかではなく、心の底からアレを普通と思っているのだとガルムは悟った。
「お前に一つ言っておく。あのガキを俺たち基準で考えるな。俺たちの戦いを標準みてえな考え方であいつに接したらロクなことにならないのは分かってんだろ?」
「私もあそこまで弱いとは想定していなかった。所詮はただ少し硬いだけのトカゲ」
少し棘のある言い方で、ガルムは眉をひそめて雨行きを吐く。
ナーマが昔からやけに頑固な性格なのはガルムもよく知っていて、それを分かっているからこそあの態度ややり方を正さなくてはと思ってはいたが、ナーマは全く反省もしないしこれから変えるつもりもないように見えてガルムは内心これからどうするかと考えを巡らせていた。
「...なあ、ナーマ。お前一回グリーダと本気で戦ってみろ。そうすればアイツの気持ちが少しでもわかるだろ」
「愚問、私がグリーダと戦えるわけがない」
「そりゃそうだろうな、グリーダが本気でやればお前が殺される。だからグリーダはここ最近どころか俺たちの前で本気なんかロクに出さねえ。自分より弱い奴に本気を出す必要がないからな?」
「それとこれとは関係ない」
「いやある、要はお前だってアイツに対してワザワザ本気で殺す勢いで戦う必要もなかっただろうが。殺すつもりじゃなかったとしてもお前は手加減が下手すぎる」
「......」
ナーマは黙ってしまった。
元々、手加減が下手なことは当の本人も自覚していたのだ。
今まで模擬戦や対人訓練をあまりしてこなかったのが最も大きな理由だろうか、他にも神速魔法が特殊すぎるゆえに手加減の勝手が違うと言うのも理由の一つ。
最後の一つは、攻撃に対して躊躇という心理がすでに抜け落ちてしまっていた。
ナーマにとって誰かを刺す、殺すなど、それは自分の行動の一つという認識のみ、相手を殺すかどうかの判断能力が根本的に欠如してしまっていた。
誰かを殺すことを、一切奴は躊躇しない。
「なに黙ってんだよ?」
「なんでもない、少し考えていただけ」
その瞳は、普段の銀色が少し黒く淀み、灰色っぽい乾いた色をしていた。
まるで、感情のない人形のようなその表情はガルムにわずかな違和感を残した。
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