三章七話《決戦前夜》
俺は重い体を引きずり扉を開けた。
「おかえりなさい」
中に入ると一番にナーマが出迎えてくれる。
落ち着いた様子で、寝るときのいわゆる寝巻の格好で髪が少し濡れていることから風呂上がりだということがわかる。
「あ、ああ。ただいま。えっと...どんくらい時間経ってたんだ?」
「約四時間程度。疲労がたまっているのは理解したけど流石に寝過ぎ。もうみんな晩御飯食べ終わってる」
「そうか、わかった」
俺はリビングの方まで歩いて行って、俺の分だけ残された夕飯を食べる。
やはり冷めてしまっているがそれを差し引いても本当に美味しい。
「あら、帰って来てたのね。おかえりなさい。初勝利に無茶なことしちゃってねぇ、体の方は大丈夫?」
グリーダも俺が帰って来たのに気づいて話しかけてくる。
「グリーダなんで知ってるんだ?まあ、あれは冗談抜きで体壊すな。魔力が身体から無くなって意識が飛んだよ」
「そうよね。なにせ、自分の魔力をほぼ全て放出して魔力探知を麻痺させるなんて...まともじゃないわ。さらにそれを利用して改変魔法を遠隔かつ複数箇所行って連続して多方向の攻撃を実現してたもの。数時間眠ってしまうのも無理はないわ。それと、あの闘いは私も見ていたわ」
「そうか、見てもつまんなかっただろうけどどうしたんだ?」
グリーダから見ればそこまで面白いものでもないだろう。
ただ俺がミリアに初見殺しの奇襲を仕掛けただけだ。
もはやアレは模擬戦とも言えないような感じでグリーダからしてみれば俺が罠に嵌めたように見えると思う。
「ザイン、言っておくけど本当の殺し合いは罠や奇襲なんて当たり前よ。ミリアを相手にあの判断は私も間違ってはいないと思ったわ。極端な話あの罠に対応できなかったミリアが悪いわ」
グリーダはきっぱりと言い捨てる。
昔からグリーダは不意打ちや罠など当たり前の環境にいる。
いついかなる時でも瞬時に判断できるように冷静でいるべきということを常に意識しているように俺は前々から言い聞かせられている。
そんなグリーダは今回俺が使った手法などすぐに突破してしまうだろう。
「それに、多分周りに張った魔力壁貫通しながら離脱されてたらもう無理だったな。それくらいの余力はありそうだった」
「そうね、探知を麻痺させるための魔力を霧散させないようにしている魔力壁を壊されたら位置が完全にバレるわ。そこをミリアは想定できていなかった。あの子意外と戦っている時視野が狭くなっちゃうから」
たしかに、グリーダの言う通りミリアは集中すると反応速度や動体視力は桁外れに高くなるが思考能力は少し落ちてしまっていた。
脳のリソースを全て五感と魔力探知に割いている分、考えるようなことをあまりしない。
それは単純だが逆に、正面から挑めるような相手ではないと言うことだ。
「だから賭けたんだ。アレ以外もうどうしようもない。ミリアに勝つならそれくらいのことはしないと今の俺じゃ何をやったって勝てっこないからな」
「それもそうね。私もミリアにそんな風な奇襲法の対策を教えてなかったのも大きな要因かもしれないわね。でも、今回の件はミリアにとっても大きな成長につながるでしょうからむしろ良かったと思うわ」
椅子に座って伸びをして明らかに疲労がたまっているのがわかる。
吸血族が疲れるのかと思うが俺たちが疲れを感じるようにグリーダもまた同じなのかとも思った。
「どうしたんだ?少し疲れてるようだけど」
「え?ああ、そうね。あなたに頼まれた魔導具の開発のための設計と製作を急ピッチで進めたせいで結構疲れたわ。でも安心して、私無理はしないから疲れたらちゃんと休むわ」
「そっか、それならいいんだが」
この前の大きな戦いに加えて、今回の不可解な現象、この先どうなるかわからない以上戦力をあげるのは必須だろう。
明日までに製作が間に合うかわからないけどもし完成すればきっと役に立つはずだ。
「それにしても、アイデアは悪くないとは思うけどそれにしたって結構な無茶振り吹っかけてきて...私の魔導具づくりはそこまで万能じゃないんだから」
「悪いな、俺も結構大変そうだとある程度わかってたけど必要になるかもしれなかったからな。っというか元々そんな魔導具なかったのか?」
「似たようなものはあるけど、あなたの言ったような使い方なんて普通しないわ。それ用に重点的に改造した上で極限まで消費魔力を減らすために無駄な部分を徹底的に削ぎ落とすのよ。普通に使おうと思えばまず間違いなく欠陥品ね」
まあ、そうだろうな。
俺が製作を頼んだ魔導具は普通大規模な術式と魔力が必要になるもの。
それを携帯用に軽量化してなおかつ手軽に使えるようにしなければいけない。
グリーダは色々と工夫をして元からあまり時間をかけず使用することができていたが俺が頼んだのはさらに早く一切の準備を必要とせず使えるようにという全くもって無茶振りだ。
「無茶振りでも本当に作るのはやっぱすげえな。それで、どこまで終わってるんだ?」
「そうねぇ、魔導具本体は作り終えて魔法の付与も大方終わったわ。あとは構造データの保存をしていつでも複製できるようにしてさらに全員分作るところまでね」
「そこまで終わったのか。明日には間に合いそうか?」
「うーん、どうでしょうね。明日までに作ろうと思えば作れるけど試作段階だからいきなり実践で使うとなると少し厳しいわね」
グリーダは頬杖ついてため息を吐き、「あと少し改良の余地もあるのよねぇ」と呟いた。
体力的には問題ないだろうが、一日中精密作業をしていたとなると相当精神的な負担が大きいのだろう、見てわかるほどに疲弊している。
「わかった、それじゃ疲れてるならもう寝たほうがいいんじゃないか?吸血族が睡眠必要かわかんないけど」
「私だって毎日寝る必要はないけど睡眠を取ることもあるわ。と言っても、寝なければいけないんじゃなくて私がゆっくり寝るのが好きなだけよ」
「...グリーダって意外と人間っぽいところがあるよな。寝るのが好きだったり血を全く必要としないでナーマの料理をみんなと一緒に食べたり。本当に吸血族なのか?」
最近は変わったが、以前は吸血族と言えば全く食べ物を必要とせずに他人や魔物の血を摂取することで生きていると思っていた。
そして夜に活動して睡眠は取らず日中も暗がりで夜が来るのを待つ。
架空の種族と言い伝えられていたその種族であるグリーダはみんなと一緒に食卓を囲み夜は普通に眠る。
いや、寝ない時もあるがそれはやることがあり起きるべき時だけだ。
いやまあ、俺たちに比べれば寝る時間が遅いのはそうだけど思っていたよりも人間味のある生活をしている。
「あなた私の種族に疑問を持ってるみたいだけど、そもそもあなたが思い浮かべてる吸血族は多分お伽話の中の話よ。私だって寝たい時は寝るし普通に食べたりするわ。血を吸わないのは魔力が多いから誰かから貰う必要がないだけよ」
「いや、それは大体わかってたけど...わかってても意外だと思うんだよな」
「まあとにかく、私戦闘においては強いけどそこまで万能かと言われれば違うわね。不死身でも眠いしお腹も減るわ。死なないからって飲まず食わずじゃロクに活動できないもの」
今までの生活を振り返ると、あまり疲れているような印象は受けなかったが、やっぱりどんなに強くても疲労を感じないわけじゃないようだ。
「あ、そうそう話は変わるけど...」
「ん?どうしたんだ?」
何かを思い出したみたいで急に話を切り替える。
「明日のことよ。明日私も同行することにしたわ。主に交渉役として」
「交渉役?」
「そうよ。あなたたちが戦ったあと、少なくとも被害が全く出ないことはないでしょうから書類面での事後処理と、今回の件で特に被害の多い貴族もいるでしょうから何かしら私たち宛でなくとも文句を言ってくる可能性も捨てきれないわ。私からしたら知ったことじゃないけど放っておけば争いの火種になりかねないわ」
「それで交渉役の出番ってわけか。それはいいけどグリーダ、交渉役だともっと他に適任がいるんじゃないか?その体格だとナメられる気がするんだが」
言わずもがなグリーダの身長は低い、幼児とかそういうレベルだ。
言動が子供のようではないと言えども不審に思われるのはおそらく必然であり、話し合いの上で見た目はある程度大人びている方が適任だと思う。
「私の体系のことなら心配いらないわ。何年魔法の研究をしていると思っているの?というか今まで私がそういうこと一貫して受け持ってたのよ。今更誰かになんて任せられないわ」
「それでもなあ...ってか、交渉ってことはまさかグリーダそのまま《十ノ頂》としての名義で行くのか?」
グリーダのことだから何か考えがあるだろうし前からこういうことがあったなら同じようにどうにかしてたんだろうから、俺が心配することはないのかと思うが実際きになる。
「ザイン、あなたは知ってるかもしれないけど大体の国のトップは私達のことを認知しているというか、今日あなたと話していた国お抱えの対魔物の騎士団のオリヴィアが私の名前を出していたでしょ?私たちは全ての種族の国の重要機関には周知されているということよ。もちろん、それ以外は隠蔽工作をして情報の漏洩を防いでいるわ」
「それなら交渉をしても大丈夫...なのか?貴族やらがどの範囲知っているのかにもよるけどな」
「その点も心配いらないわ。貴族どもも”私だけ”は知っているから。私以外のありとあらゆる情報は秘匿しているわ。もし漏らした輩がいたら契約魔法で関連した記憶がその瞬間に消えるようになってるわ」
「おいおい、秘匿するのに本気出しすぎだろ。なんでそこまでするんだ?」
治安を守っている俺たちの正体を知られないためだとしても明らかにやり過ぎだ。
「理由は単純な話よ。私達と世界のパワーバランスを考えると知られてはいけないのよ。文字通り世界全てを敵に回しても勝てるほどの強さを持ってる私達。今は微妙なところだけど”本当は”それ程の力を秘めた私たちの正体が公に知れ渡ったら混乱どころじゃないわ。だから、夢物語として真偽をうやむやにした上でこうやって罪人を咎めているのよ」
...俺たちが世界に対してあまりにも力を持ちすぎている。
もし俺たちが侵略でも初めてしまえばすぐにでも全ての国、種族を制圧できてしまう。
それを全世界に知られてしまえば確かに混乱どころではないことを考えると、明確に真実を明かさないことが平和を守ることに繋がることも納得できる。
そして、完全に嘘ではないと思わせることによって無駄に秩序を壊さないように抑止力となることができている。
「それに、最も知られてはいけない要因としてあるのがここよ。この場所に攻めてくる奴がたまにいるけどこの場所を知られちゃうと私達が大きな危険にさらされるわ」
「ここが...あ...」
そういえば前に攻めてきてたっけな。
それが引き金になってゴリアテや迷宮での戦い、それに加えてリザリーさんやリングルさんにも協力してもらわなきゃいけなくなった。
いや、確定ってわけじゃないけどその可能性が一番高い。
あの戦いから不可解なことの連続でマーナが倒れたのは解明を急ぎすぎて消耗してしまったということだからそれも間接的に関係している。
それに呼応するように複数の世界で起こる襲撃に、巨大兵器のゴリアテをはじめとした迷宮のような場所では俺たちが苦戦するほどの敵が多数待ち構えていた。
明日行く場所でもそれらと関係している可能性が若干考えられる。
「それにあなたは知らないでしょうけど、ここで大量の魔物とそれの調教師、さらに光魔法の使い手が襲撃してきたわ。ベルナードとナーマが返り討ちにしたけど一人ベルナードが逃したのは悪手だったわね。もう一人もナーマが取り逃がしてしまったのも奴らがどれだけ私たちを対策、警戒しているのかわかるわね」
「そんなことが、ナーマは強いけど数が多いと辛そうだな。相手を逃したのも納得だな」
ナーマの魔法は燃費が悪くて本人も魔力量が高いわけじゃない。
俺がいうのもなんだけど正面から大量の魔物と対峙するのは苦手だ、どちらかといえば暗殺や隠密に加えて相手の数が少ない場合。
何度かあの魔法を見たことがあるからこそわかることが、どれだけ強くともナーマに挑むのは無謀すぎると言うことだ。
「ベルナードの方も同じよ。魔法を数多く使えるけどはっきり言って練度はあまり高くないわね。隠蔽魔法のセンスは天賦の才と言えるほどだけどそれに引き換え属性魔法に関しては知識は豊富な割に展開は遅くて威力もガルムやグランに比べて大きく下回っているわ。それら全てを踏まえると獣系族特有の高い身体能力に隠蔽魔法を駆使した罠と奇襲戦術が基本になるからあの時は本当に苦戦を強いられていたわ」
「あの二人が苦戦なんて考えられないけどな」
「その時を今になって考えると、全て知っていた上で奴らが私達に不利な戦いを仕掛けたと言うことがわかるわね。ただそれでも勝てたのは地力の差としか言いようがないわね」
「奴らからしたら勝てる見込みの低い戦いをわざわざ決行する理由がないと思うんだが。それならそのタイミングで全戦力を送り込んで物量で押し切るのが一番効率的なんだよな」
ナーマとベルナードの二人に共通するのは数を相手にするのは苦手だと言うこと、けどそれを差し引いても有象無象で相手できるような強さじゃない。
「それと、さっき言っていたことには語弊があったわね。魔物ならほとんどナーマだけで全て蹴散らしていたわ、ベルナードは光魔法の使い手に一撃浴びせて勝てると判断したのか忠告して見逃していたわ」
「うわ、ナーマが強いのは知ってたけど二人で戦ってたわけじゃないのか」
俺はナーマの強さに少し戦慄して過去にナーマに対して思っていたことを改めた。
ご精読ありがとうございます。
これからの物語では、さらに多くの登場人物が出てくる予定です。登場人物が多くなってきたタイミングで人物紹介を挟もうと思っています。
評価やブクマ登録は大きなモチベーションになりますので是非お願いします。感想でのご指摘なども受け付けておりますので改良したほうがいい点などがあれば是非お願いします。




