三章六話《奇策》
「それじゃ、いっくよ〜」
外に出てミリアは意気揚々と俺の前に立つ。
「久しぶりだな、ミリアと戦うのいつぶりだったか?」
「う〜ん、多分もう数年経つね。最初会った時から数回程度模擬戦したくらいだからね〜」
「んじゃ特訓の成果を見せて仰天させてやるよ」
ミリア相手に勝てるとは思わないが自分自身に喝を入れるのと、少しでも追いつこうと強がってみせる。
ミリアは近接戦闘、魔物を使った連携に長けた戦闘に特化している。
つまり、遠くから様子を見ながら間合いに入れないように攻撃すればどうにかなる。
...と、順調に行けば苦労はしない。
ミリアの身体能力はグリーダの契約魔法抜きにして考えてもおかしい。
尋常じゃない速さと瞬発力、大抵の物はその拳で叩き破ることなど造作もないほどの剛力。
俺の魔法で遠距離からなんて戦いしようものなら一瞬で間合いに入られて終わりだ。
「それじゃあ、いっくよ〜」
その声が聞こえた時にはもう、俺の目の前に拳が迫ってきていた。
「っ?!」
俺は咄嗟に体を捻らせて大きく回避するが、その拳撃の風圧が頰にかすめ、背筋が凍る思いだった。
本当に一撃もらえば終わる、あまりにも理不尽な攻撃で表情がひきつる。
「やっぱ強いな」
「うん、だってさ〜。もう手加減する必要もないもんね〜」
そこから次々と容赦ない攻撃が降り注ぎ、隙のない蓮撃で避けるだけで体力が減って行く。
受け止めても無事じゃ済まないだろうから避けているが多分長くは持たない。
だが、俺もただやられているしかないほどヤワな特訓はしていない。
「こん...畜生がぁ!!!」
後ろに大きく跳び下がり、手を振り上げる。
さっきから少しずつ地面に流し込んでいた魔力が一気に術式へと変換されて魔法が展開される。
「わあ〜、すっごい」
地面から大量の槍が地面からミリアに突き刺さらんと迫る。
だが、そんなこともミリアはお見通しで上に飛び上がると槍の生えていない地面に飛び移り、余裕そうな笑顔でこちらを見る。
「やっぱり通じねえよな」
「だって全部お見通しだもん」
ミリアは得意げに答えるとまた、姿勢を低く構える。
「行くよ」
「来い!」
ギリギリ目視できるかの速度、地を蹴れば草原はめくれ上がり地肌が見える。
数十メートル離れているにもかかわらず、瞬きすれば既に殴られているような距離感だ。
一瞬の判断で地面を素材にオリハルコンに改変し、さらに硬質化を何重にも付与した防壁を展開して横っ跳びに回避する。
「あっぶね、そのまま立ってたらこれで終わってたな」
「あ〜残念、外れか〜」
防壁を展開した瞬間、爆発音が響いたと思ったら防壁の中心部が吹き飛びミリアがそのまま貫通してきた。
どうやら一瞬の方向転換はできないみたいでホッと息をなでおろしたのも束の間、こちらに向き直ると勢いを付けた回し蹴り。
「ちぃっ!」
またも後ろに回避する以外の選択肢がなく仕方なく後ろに下がるも追撃とばかりにそのまま一回転してからストレートを叩き込んでくる。
「動きがデタラメすぎんだよ!」
「反撃しないといつまでたってもおわんないよ〜?」
激しい連撃を加えながらミリアは煽るような口調でいう。
俺だってそれはわかっているが、頭でわかっていても勝算のある方法が思いつかない。
何か、何か方法は...。
いや、そもそも勝機を見出そうとしている時点で間違っているのかもしれないが、それでも負けを認めるのは違うと思う。
「ふぅ、やっぱ強いな。魔物使役して戦うくせになんで本人が一番強いんだ?普通そういう奴は魔物に頼ってるイメージ強いんだが」
「え?当たり前じゃん。私の魔物たちは私が捕獲したのがほとんどなんだよ〜?私が弱かったら使役できるわけないじゃ〜ん」
ミリアは可笑しなことを聞いたように笑う。
魔物と正面から戦う力があるからこそ使役することができる、薄々わかってはいたけど俺の知っている限り黒天やリントヴェルはもはや別物だ。
強さの位が違いすぎる。
あまりに信じ難いが今目の前で対峙して少し、実力のほどを理解できたような気がする。
「...ま、諦めるのはボコボコに負けてからだな。っし!続けるぞ!」
「うん!やろっか!」
快く返事をしたミリアはそれはもういい笑顔でさらに身体に纏う魔力の密度を上げる。
魔力の圧だけで体が萎縮してしまいそうになり、深く深呼吸をしてこちらも負けじと自分の頰を軽く叩き喝を入れる。
「せい!やあ!」
蹴りや殴打、先ほどと戦い方は全く変わっていないが威力と速さが比べるまでもなく圧倒的だ。
とてもではないが、この速さにまともな対応ができる気がしない。
なら対応する方法は一つ、奇襲をするしかない。
奇襲といっても俺の存在をミリアが認識しているから隠密からの不意打ちではなく意表を突いた一撃。
「あれ〜?ザイン結構速くなったね〜。私嬉しいよ〜」
「そりゃどうも。みんなとこんなことやってたら嫌でもそうなるけどな」
ミリアの隙を伺いながら奇襲ができるタイミングを見計らう。
しかし、笑顔の底には余裕が一欠片もなくこのままでは絶対にそんなことは出来ないと悟った。
ミリアの攻撃は円形オリハルコンで作られさらに硬質化を複数付与した金属盾をいくつも使って攻撃をいなしている。
それでもギリギリで押し切られるのは時間の問題、空中にある盾を叩き割られることはないが一撃で遠くの方まで吹き飛ばされてしまう。
ガンガンと打撃音を発しながら次々と障害物を跳ね除けるミリアの拳が着実に俺の元まで迫ってきている。
「くっ...そ!」
一撃が重いだけでなく、機敏かつ不規則的な動きでさらに対応が難しい上にミリアの方は未だに余裕を持っているように見える。
ゆっくり考える余裕などない俺は、ある一つの方法に賭けることにした。
(これ、滅茶苦茶キツイだろうな...というかもしかしたら本当に死ぬぞ)
と、内心思いながらも改変魔法を起動する。
「ふっ!セイッ!」
ミリアの拳が俺の腹部に直撃し、体内の空気が弾けるように俺の口から飛び出した。
「カ...ァア」
そのまま俺は遥か後方に吹き飛ばされ、ミリアのことも見えないくらいの距離が開いた。
服の内側はオリハルコンのコーティングを行い衝撃吸収の付与を何重にも行なったが、想像以上の激痛に立ち上がったあとすぐによろめいてしまった。
「あぁ...くっそ、下手したらそのまま意識飛んでたな。ゲホッグホッ...ただ、まだ可能性ができただけマシか」
ミリアの姿は見えないし、魔力を探ると未だに相当な距離が空いていることがわかる。
ミリアが本気でこちらに来たとしても数秒の猶予はある。
だが、ミリアの方はゆっくりとこちらの方向に確かに歩いてきてはいるが速くはなく、どちらかというと様子を見ている。
多分、俺が魔法を使うタイミングを警戒しているのは深く考えなくてもよくわかる。
「だークソ!もうこうなったらやるしかねえ。別に勝てるとも思ってねえよこんな化け物!だったら全部見せてからボコボコにされてやるよ!」
もはや諦めの境地に入り、勢いよく口から次々と言葉が飛び出る。
「スゥーッ...。っし!やるか!」
俺は改変魔法を起動し、地面をオリハルコンに変換、硬質化と形質変形を行い形作っていく。
巨大な本体から蜘蛛のような脚が十本地面に深く突き刺さり、金属が陽の光を浴びて光沢を帯びる。
中心には砲台がそびえ、正面を見据えて照準を定めている。
「やれば結構いけるもんだな。ま、これなら少しは...っと、来たな」
彼方から爆発音が響き、巨大な魔力がこちらに向かって凄まじい速度で迫ってきている。
無論、それがなんなのかは一択、すなわちミリアに他ならぬわけで。
轟音を立てて飛び込んでくる力の塊を受け止めるべく立ちはだかる巨体を誇るザインの作った要塞が立ちはだかる。
「だ〜か〜ら〜、そんなの無駄だって何度も言ってるでしょ〜?」
ミリアは変わらず笑顔のままその巨体に拳をぶつけ、砲身が吹き飛び本体はひしゃげ、脚が軋みぐしゃぐしゃに壊されてしまった。
「ってあれ?ザインは〜?...ってうひゃう?!」
ミリアはその要塞の中に俺がいないことを疑問に思ったその時、巨大な魔力の爆発によって上空に持ち上げられた。
ただ、その爆風に殺傷力は全くなく、上に飛ばされただけで全くの無傷だ。
「ん〜?下にザインいないな〜。上から見てもどこにも...」
その時、ミリアも自由落下によって地面に降り、さらに疑問が強まったところでさらなる追い討ちが迫る。
地面から改変魔法で作られた刃が数本飛び出した。
普段のミリアならそのくらい簡単に避けられるはずだったが、今回の場合そうはいかず横腹と太ももに刃が命中した。
避けられなかったことによる衝撃と痛みによって若干表情が崩れ、ギリっと歯を噛み締める。
「うぐっ、ザイン...すごいね〜。ちょっと見直したかも」
そこからさらに四方八方からの攻撃に対してミリアは防戦一方だった。
さっきまでの余裕はあまりなく、身体能力の高さで無理やり避けているような状態だ。
今、俺が決められるのはこのタイミング以外ない、絶好のチャンスだった。
俺は改変魔法を有効活用する方法の一つとして以前から考えていたある魔法を試した。
それは、圧縮した物体を気体として解き放つという方法。
つまり、煙幕だ。
普段であれば煙幕を張ったところで、魔力がある限り居場所も魔法を使おうとしているかまで全て相手に筒抜けになってしまうが、今行なっているこの魔力探知の抜け道を使った今なら有効打になる。
真っ黒な煙に包まれたミリアに対してさらに続く飛び道具の応酬に流石のミリアも額に汗がにじむ。
ミリアはたしかに余裕が消えてはいたが、未だに完全には表情は笑顔のままだ。
そして俺は、最後の仕上げと決行に移った。
俺は手にナイフを持ち、”上空”からミリアのいる煙の中に飛び込んだ。
今の状態はミリアからは俺の場所は分からず、俺からはミリアの場所は手に取るようにわかる。
翼を生成した改変魔法を解除してただの土に戻ったものを再構築しナイフを作り出し硬質化と鋭利化を付与。
地面衝突と同時に靴に衝撃吸収を付与しそのまま着地してミリアとの距離は約15m程度。
その程度の距離で着地したのだから当然、ミリアは着地した音が聞こえていて俺の方に、飛んでくる凶器などお構いなしに突っ走ってくる。
(流石にここまで賭けたんだ。勝てなくていいから三日間意識消失とかやめてくれよ)
煙幕の中でミリアは音を頼りに俺のいる方向を予測して殴る。
しかし、流石の俺も同じところに留まり続けるほど馬鹿じゃないからあたりはしない。
位置取り的には俺はミリアの斜め後ろで目と鼻の先だった。
このまま近づけば足音で確実に場所がバレて今度こそ殴られるのがオチなのはよくわかっているから残っていた飛び道具を俺がいない方向から複数射出して僅かでも時間を稼ぐ。
俺は残ったわずかの魔力を身体強化に回しコンマ一瞬の内に懐に潜り込もうと踏み出した。
その音に反応したミリアも後ろに振り返り拳を突き出そうと手を握りしめる。
だが、その時には俺のナイフがミリアの首元に触れていた。
「んな?!ふえ...」
ナイフが首元に触れてまもなく俺の魔力と煙幕が晴れ、ミリアの体は陽の光に照らされ、まるで暗闇から解放されたようだった。
「私...負けちゃったか」
はあとため息を吐きミリアは仰向けに草原に横たわる。
「まあ、ミリアがこの戦い方を見たことないから勝てたってのも大きいと思うけどな」
あ、やべ、俺ももう限界だ。
俺は魔力をほぼ使い果たし、ミリアと同じようにばたりと草原に横たわった。
「ミリア、俺...ちょっと...寝る」
「ん?あ〜、オッケ〜、じゃあ起きたら戻ってきてね」
魔力を消耗しすぎたのと緊張が一気に解けたせいで脱力感と疲労感が一気に押し寄せ、瞼が重くなってきてそのまま身を任せて意識を手放した。
疲れすぎて草原の中一人で眠り、気がついた時には空が暗くなっている。
「あ、いけね、早く帰んないとナーマに怒られるな。もう夕飯食ってるかもな」
まだ眠気のある中でゆっくりと立ち上がり軽く伸びをして我が家の方向へ歩き出す。
今日、俺は初めての勝利を飾った。
ご精読ありがとうございます




