三章三話《正規騎士隊》
ガルムとザインは森の中を俊敏に駆け抜け、小さな魔物は無視して目的地までノンストップで走り続ける。
「なんかおかしいよな、こんな魔物って多かったか?」
「さあな、異常繁殖はよく聞く話だ。グレーターボアじゃなくても変異種なんかが同種をまとめて増やしてるなんて話もあるくらいだからな」
「でも今回はその線は薄そうだな。それならもう見つけられてもおかしくないし」
走りながら現状を推察し話し合う二人を阻むことのできる魔物はおらず、相次ぐことさえ敵わない。
数キロ先の木々を越えた先で襲われている者の姿を視認できた頃にはそれはもう悲惨な状態だった。
「おい、あれ...」
「ああ、早く助けるぞ」
もう既に何人か倒れていて血によって地面が赤く染まり、それに貪り喰らうグレーターボアが数匹いる。
だが、そんなことはあるもう一体の魔物を前にすれば最早どうでもいいとさえ思える。
「あれ...親玉か?」
「ああ、ザイン。お前さっきグレーターボアじゃねえって言ったよな?...それは間違いだ。さっき木の上から見ただけで大きさがわかりにくかっただろうが今ならわかるだろ?」
「ああ、強化変異種ってやつか」
その魔物は普通のグレーターボアの五倍以上の体躯に恐ろしいほど巨大で鋭い牙が口元から突き抜けてむき出しになっており、倒れている者達を屠ったであろう血が付着している。
前後の脚は筋肉で膨張してはち切れんばかりに血管が浮き出ている。
目は瞳の周りも黒く、それでも充血していると思えるほど赤く筋が走っていた。
「おい、生き残った奴を退避させろ。戦うのはそれからだ」
「ああ、あの魔物、大きさだけならミリアの使役してる黒天とタメ張れるぞ」
まだ相当な距離があるにもかかわらず、ザイン達二人を確実にその目が捉えている。
二人の実力がわかるのか、生き残った者達に目もくれず姿勢を低く睨みつけてドスの効いた唸り声で威嚇した。
「グルルゥゥゥゥゥゥァアアアア!」
「うるせえな、お前に構ってる暇はねえんだよ。あとで相手してやるから大人しくしてろ」
ガルムはその巨大な魔物を通り過ぎて、倒れている者達と辛うじて戦っていた数人の鎧をまとった妖精族の眼の前で立ち止まった。
「おい」
「な...何者だ」
まだ意識のある者のうちの一人の女性が警戒しながらガルムに問いかける。
「身の上話は後だ。今すぐお前らは帰れ」
「なっ...?!この者達を置いて帰れと?」
「こいつらはもう助からねえ。グレーターボアにすでに食い散らかされてんじゃねえか。そもそもこいつらの侵入を許してる時点でお前にそれを言う権利はねえよ」
ガルムは言いながら無造作に炎の球体を作り出しグレーターボアにむかって投げつけた。
当たり前のことではあるが、その火力の前に次の瞬間には大きな体は白い灰となっていた。
「それは確かに正しいが...。いま全員で移動したとしても間に合わない。奴は早すぎる」
「ごちゃごちゃ言うな。早く走れよ」
ガルムはその女性の肩を軽く叩いてほかの後ろに控えている妖精族達に目配せをして後ろを振り返った。
「のんきに話してたらこいつ怒りやがったからな。お前らにはもう用はねえみてえだ」
「一人で挑むつもりか?無謀にもほどがある」
「お嬢、この者がこう言っているのです。早々に撤退いたしましょう」
「ですが...ここにこの者たちを置いていったとしてもさらに群がるだけだ!」
「お前らのことを追ってこないだけまだマシだ。こいつの相手もしなきゃいけねえからな。早く行けよ」
もう構ってられねえと内心で吐き捨てながら今まで戦っていた全員を大きな魔物から見えないように炎の壁で隔離した。
「ガグルルルルゥゥゥゥ...」
「これであいつらも逃げるだろ、おいザイン。こいつを一撃で殺すような魔法はここじゃ使えねえからお前も手伝え」
「わかってる。今準備してるからちょっと待ってくれ」
ザインは安全のために自身の周りをドーム状にオリハルコンの障壁を張り巡らせて、中が見えないが何か魔法を使っていることは実際見なくてもガルムは感じ取れる。
「なるほどな。そんじゃこっちも準備するか」
(魔法、手伝う?)
「引っ込んでろ」
(そ、残念)
可愛らしい赤い髪の小さな女の子がガルムの方に腰掛けながら姿を現したがガルムの返答を聞いてすぐに姿を消してしまった。
「わかっててやったんだろうが...」
森の中、ありえないほどの熱波を発する存在を前に唸るも踏み出そうにも踏み出せないグレーターボアの親玉は、膠着した状態に次第に苛立ちを見せ始めている。
先ほどまで話していた間もずっと睨みつけてきているのみだった。
その姿を見て、ガルムはあざ笑う。
「こいよ、豚野郎」
言葉が通じるか否かは誰も知る由などないのだが、その言葉を聞いた瞬間元からむき出しの牙をさらに見せつけ充血した瞳を一層開き構うものなどないと思考を放棄してガルムに向かって突進した。
魔法が使えなければいくらガルムでもその巨体を止めるすべはない。
強力な魔法も引火など周りの被害を考えればそうそう使えるようなものではなく、むしろ森の中では絶対に使っては行けない。
だが、今はガルム一人で狩りをしているわけではない。
「協力ってのは、こう言うことを言うんだな」
突如地面が崩落、大きな音を立ててガルムに向かってくる数体のグレーターボアが地面に吸い込まれるようにして沈んでいく。
「舞台は整えたぞ。ガルム」
グレーターボアの親玉を飲み込んだのは巨大な大穴で、それはガルムも一緒に飲み込んで深い闇へと誘った。
「サンキュー、ザイン。こっからは俺の仕事だ」
地面の中、大穴はガルムと魔物を飲み込むとすぐさま塞がれ、ドーム状にミスリルでコーティングされた戦場と化した。
内部にはガルムとグレーターボアの親玉だけが取り残され、ガルムの指先から離れた灯火が頭上に昇り辺りを照らした。
「ここならお前も使えるけどな。今回は俺だけでやる」
(そっか、頑張って)
姿は見えないが、イフリートの声がガルムの耳に響く。
その応援の声はすごく小さいが、ガルムにとっては大きな安心感を覚えるものだ。
「ただデカイだけで俺に勝てると思うなよ?今から丸焼きにしてやるよ」
落ちた衝撃で悲鳴を上げたグレーターボアの親玉は、激昂してガルムに襲いかかる。
「突撃しか脳がねえのか?ま、ただ弱いやつよりは随分マシだがな」
突撃を炎の推進力を利用して上へ回避し、爆炎を頭上に噴射して急降下する。
突進が空振ったグレーターボアは壁に激突して大きな音を立てて止まり、それでも傷一つつかずにガルムを匂いで嗅ぎ分けて場所を捉えた。
が、遅すぎた。
「特攻ってのは...こうやるんだよ!」
空中で足を振りかぶり全身に炎を纏った状態でグレーターボアとの距離を一瞬にして詰める。
デタラメな熱量のかかと落としを脳天に受け、追い討ちとばかりにさらに炎が吹き出して瞬く間に燃え上がってしまう。
今まで炎や高熱を感じたことのないグレーターボアはその衝撃に断末魔をあげて騒ぎ立て、やがて倒れ伏した。
巻き添えを受けた他のグレーターボアも丸焦げになってそのまま生き絶えた。
「変異種のくせに随分と弱いじゃねえか。通常種の五倍くらいか?普通なら数十倍は強いぞ」
ガルムは普段から魔物を狩っているためにそれらの知識は豊富で、変異種とも多数戦い勝利を収めてきている。
そして今回もまたその例外にもれず勝利したのだが、変異種であるにもかかわらず強さに違和感を覚えてしまっていた。
「魔物の群れの長で変異種なのにもかかわらずなんだこの弱さ。ゴブリンの変異種のブラックゴブリンの方がまだ数倍強いぞ」
ブラックゴブリン、それはゴブリンをまとめ上げる長であることが多く、そいつを早期に倒さなければ群れは際限無く力を強め続け、所詮ゴブリンだと舐めてかかれば間違いなく命はないだろう。
ブラックゴブリンのさらなる強みはその再生力だ、死んだと思い放置したら本当は生きていて気づけば完全に元どおり...なんてことも事例としてはあったほどだ。
それでも種族として弱小のため変異種と言えども慎重に対処すれば駆除できないこともない。
一応、人為的に変異種を作り出す魔法は存在する。
ただしその魔法は現在使用は禁止されていて、魔法の詳細もグリーダが秘匿している。
使うメリットも戦時中でなければほとんどないようなものなので使おうとするのは余程の馬鹿か陰謀者のような敵だけだ。
「ガルム、そろそろ終わったか?」
「ああ、終わった。あらかた掃除したしもういいだろ。帰るぞ」
ザインは魔法を再度使って地面を元に戻してガルムも地上に上がってきた。
周りにはグレーターボアの死骸がいくつも転がり、いつさらなる魔物が来るかわからない状態で、放置は危険と一目でわかる。
「あ...そういえば、ヤバそうで駆けつけたけど俺たちが元いた場所って...」
「そういえば大量に倒してたな。群がってる可能性もあるか」
ガルムとザインが急いで元来た道を走り、また戻ってきた。
わずか数分で戻ってきた頃には、すでに死体が食い荒らされていて元気一杯のグレーターボアが大量にやってきていた。
「おかわりが早すぎるんだよな。こいつらも殺すか?まーた時間がかかりそうだな」
「こいつらどんだけいるんだよ。ここら辺のは狩り尽くしたんじゃなかったのか?」
「ああ、それは間違いねえよ。俺も流石におかしいと思うぜ」
「だよな」
(さっきからなんなんだ?...本当にただ以上繁殖しただけなのか?さっきの変異種といいこの数といいどう考えても普通じゃねえ)
常識を覆すほどの数のグレーターボアにまるで使い捨てのような弱さの変異種、だが、ガルムが疑問に思ったことがもう一つあった。
「なんで、さっきのやつら以外魔物狩りがいないんだ?」
「そういえばそんな気配なかったな」
偶然全くいないなんてことは普通あり得ない、魔物を殺すことを生業にしている以上生きていくために必要な数殺さなければならないため、いつもはここら辺は魔物狩りが競争して狩っているところだ。
「食われたか?グレーターボアに」
「可能性はあるか。数の暴力で全員仲良く腹の中って事だな」
想定としては最悪に近く、魔物狩りが減ればそれだけ町や国が魔物の被害が深刻化する危険が圧倒的に高まってしまう。
ガルムとザインが現在討伐している魔物も、再び数を増やされれば意味もない。
「ザイン、こいつら全部片付けたら一度街に行くぞ、状況を把握しなきゃならないかもしれねえ」
「賛成だ、けど数が多い。周りに魔物狩りがいないなら派手にやってもいいんじゃないか?」
「そうだな...森が完全に消えない程度にはいいか。よし、やるぞ。ザインは今回も森が燃え移らないようにしとくだけでいいからな。面倒だからまとめてぶっ飛ばす」
「了解、任せた」
魔物の数はさっきの数倍以上、最早普段この森に生息している魔物の総数よりも多いのではないかと思えるほどの量だ。
だが、周りをある程度気にしなくてもいいとなれば討伐の難度はかなり低くなる。
ガルムは大規模な炎を使い殲滅、ザインは木々に燃え移らないように改変魔法で地面を範囲隆起させるだけで、グレーターボアは次々と炎に包まれて死んでゆく。
だった数秒で目の前の魔物の群れはほぼ全滅、残ったのは比較的遠くでザインが隆起させた地面の向こう側で炎の影響を受けていない魔物だけだった。
「残骸も燃やしたしな。隅まで食うような魔物じゃねえ、そのうちどっか行くだろ」
「どうだろうな、まだ増える可能性も捨てきれない。異常にに繁殖したってことは人為的な可能性で俺たちにも関係していることかもしれないしな」
「いや、その可能性は低いだろ。俺たちが戦ってたやつらはまあ強かったがゴリアテの件も含めて民を危険に晒すようなことはあまりしなかった。てことは倒し損ねたやつが無為に魔物を増やして街に危害を加えるようなこともしねえし、こんな思考停止みてえな魔物を増やすとかいう作戦も立てねえよ」
「それもそうだな、とすると考えられるのは自然的な要因だな」
「こればっかりはどうにも言えねえな。ただ、無視できる問題じゃねえのは確かだ。情報集めのために街に行くぞ。実際どれだけの被害にあってるか確認も含めてな」
さっきの反省をふまえて死体は全て完全に灰にして食べられる状態じゃなくしてから街に向かい始めた。




