三章一話《故郷》
他人に、仲間に、友達に、家族に、誰にも言えない過去というものはみんな一つはあるものだと思う。
私もその例にもれず、最悪な過去がある。
頭から離れず、どうしようもなく嘆きたくなって、泣きたくなって、それでも泣けなくて、誰にも言えなくて、愚直に隠し続けてきた過去が。
強大な力は時として周りに多大な恐怖と不安を与えてしまうことになる。
忘れようとしていたのに、全然忘れられず、私にとっての平和はもう戻ってこない。
夢うつつのまま、ただその情景が頭の中を鮮明に駆け回り、逃げることができないのだと示唆する。
「もう、嫌...」
私は心の中でそう思い、そして心の中で泣いた。
もうどうしようもない、このまま死んでしまったほうがいいのだと思えるほどに。
ここで、夢だと気づいた。
意識が徐々に回復していき、感覚が鮮明になって行く。
目を開けると、そこは見知った天井で木造の少し年季の入った我が家だった。
「ん...」
身体中が少し痛み、布団を退けて自分の体をよく見ると、まるで激戦を繰り広げた後のように痣や擦り傷、切り傷がある。
一応治療はされていたが、再生はしていないところを見るに、もう魔力はほとんど残っていないだろう。
「やっと、起きたわね」
聞き慣れた声、透き通り落ち着くような、それでもまだ幼さを残している。
少し、嬉しかった。
あの戦いの後、グリーダが変わらずいてくれていることに。
「グリー...ダ?」
声のする方に振り返って、いつもの安心を取り戻したかった、だが、それをすぐに後悔した。
それは、私の最も恨むべき者、自分を最も残酷な道へと進ませ、そして仕打ちをした者。
「あなた...は?」
表面だけ綺麗な顔立ち、整った礼服。
妖精族に多い透き通るような澄んだ色の髪の頭に知性を感じさせる眼鏡をかけている。
「ジーン!」
ある意味で最も知っている男、そして、最も私が忌み嫌い恨んできた男。
「落ち着いて、私よ」
「何を言っている?!絶対に...殺す」
反射的に短剣を構えようといつも携帯していた腰あたりを手で触れたが、肝心の短剣がそこにはなかった。
「くっ...!」
咄嗟に魔法を使って自分以外の時を遅くして、認識をする前に全速力を持って立ち上がり回し蹴りをした。
「うぅっ...くぅ」
戦闘の傷が痛み、無意識にうなり声が出るが、どうでもいい。
ただ、目の前の敵を全力で吹き飛ばし殺すのみ。
「落ち着きなさい。馬鹿の一つ覚えみたいに、脳死で攻撃するのはどうかと思うわよ?」
目の前の男は余裕な表情で足を受け止めて勢いを横にそらす。
「あなたにそれを言われても何も感じない。絶対に、殺す!」
今ここにいる者は敵だ、殺すべき、屠るべき敵だ。
「関係ない、全部、殺す...」
「もういいわ。来なさい。気がすむまで相手してあげるから」
相手に違和感を覚える、喋り方も仕草も纏っている雰囲気も違う。
そして何より、魔力も違う。
何かに刷り込まれたように目の前のジーンを見て殺意が湧き、何も確信がないまま蹴り飛ばそうとした。
「防音の風魔法を使ったわ。さ、続きを始めましょうか」
それでも、私はその疑問を全て忘れて無我夢中でその晩はジーンに挑み続けた。
「絶対に、殺す」
朝日が昇るまで、何度も、何度も、何度も。
「はぁ...はぁ...」
おかしい、ジーンはこんなに強くなんてなかった、せいぜい貴族の私兵の中では強い程度。
どうして...。
「そろそろ...頃合いね」
ジーンはポツリと呟くと私に手を差し伸べてきた。
私がその手を握るはずがないと、わかっているはずなのに。
だが不思議と、その手には私に対して嫌悪感を微塵も感じられなかった。
「あ...」
気づいたら私はその手を握っていて、目の前のジーンは慈愛に溢れた笑みを見せた。
「よく、頑張ったわね。ナーマ」
なぜか、褒められた。
訳がわからない。
が、その少し冷たい手のひらの中からは確かな温もりを感じられる。
「私は...何を...?」
「どうやら、正気に戻ったようね」
廊下の通路の灯りが点いて、眩しくて一瞬目を薄め、目の前の存在をもう一度認識すると、そこには。
私の...命の恩人の姿が映っていた。
「馬鹿ね...あなた」
「グリーダ」
私の目はもう、涙で濡れていた。
「久しぶりね、あなたが涙を流す姿を見るのは。初めて会った時以来かしら」
「なん...どうして」
今更気づいたが、すでに体の傷は全て元どおりで疲れも消えている。
まるで、何もなかったことにされたように。
「無理矢理治す事も出来たけど、多少苦しくしてしまうから、いっそのこと思う存分暴れてもらったわ。全てぶちまけた方が心は安定するものなのだから」
グリーダは私の手を引いて玄関の方へと向かうと、そのまま外へ歩き出した。
「グリーダ、待って」
「別にいいでしょ?危なくないわよ」
玄関の扉を開くと、薄っすらと暗く、それでも少しの日差しが気持ちよく視界に映り、涼しい風が頬を掠める。
当たり前の早朝の空、平和で温和な風景と心地よい手の温もりに、溜息が漏れた。
「少しは落ち着いたかしらね」
「グリーダは何がしたいの?」
「そうね...強いて言うなら、あなたの治療ね」
馬鹿馬鹿しい、私の治療のためなら一晩中殴られてもいいって言うのか。
「...馬鹿」
「正解、私は馬鹿で愚か者よ」
「否定しないの?」
「まさか、馬鹿じゃなきゃ世界全て掌握してやろうなんて思わないわよ」
気持ち悪いくらいに強くて傲慢で、それでも心は幼くて、寂しそうで、周りが見えなくなることがあるくらいに仲間を大切にしてて。
何もできないばかりかみんなの足を引っ張ってしまった私にさえ怒らないで正気に戻してくれた。
「どうして、私を怒らないの?」
「私は仲間を叱るけど、愛のない怒り方はしないわ。ナーマは悪意があって私たちを傷つけようとした訳じゃない。怒るのならナーマの分まで奴らを叱ってやるわ」
「グリーダらしい」
「らしいも何も私だもの」
グリーダは苦痛を全く表情に出さずに得意げに私に笑う。
「もうすぐ夜が明ける。朝ご飯作らないと」
「ええ、楽しみにしてるわね」
今日もまた、平和な日常が送れる。
いつものように、私は台所へ歩いて行った。
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「さーさー、起きた起きた。早くしないと朝ごはん冷めちゃうわよ」
すごく聞き慣れた声が部屋の外から聞こえて、ドアを開けるといつものようにグリーダが相変わらずそこに立っていた。
ん?グリーダ?
「って、えぇ?!」
「何驚いてるのよ。今更...」
「え、いやだってグリーダ昨日帰ってきてなかったよな?なんでここに?」
「ええ、ちょっと帰れる状態じゃなくてすぐに変えることができなかったのよ。それに関しては心配かけたわね」
「はぁ...」
傷もさっぱり治ってるし、いつもの態度も変わらずだし、心配する必要はなかったか。
「ところで、朝飯って誰が作ってるんだ?ナーマは意識がないはずだろ?」
「いえ?ナーマは起きてるわよ。それに朝ご飯だってあの子が作ってるわ」
「まじかよ、激戦の後でもう朝飯作れるくらいに回復したんだな」
「というか、私が治したわ」
「ああ、なら納得だ」
グリーダの魔法で再生させてやれば傷は粉々にならない限りは大抵治る。
外から魔法で回復させるから本人の魔力を消耗しないし、魔力を直接写してるわけじゃないからいつもの苦痛があるわけでもない。
でも、一晩で意識が回復するのはふつうにすごいことだと思う。
「それで、他のみんなは?もう起きてるのか?」
「ええ、ミリアとマーナはナーマと質問責めもとい話し合いをしているわ。ちょっと困惑気味だったけど放置よ。ジェノとガルムとジークは消耗が激しかったからまだ寝てるわ。ベルナードはもう起きてるけどちょっとまだ疲れてるみたいだからそっとしてあるわ。グランの方も大差ないわね」
「みんな消耗してるな、一部を除いて」
「ミリアはああ見えて強がってるのよ?明るいそぶりをしないとみんなが頑張れないって思いながらずっと私たちを見てるんだから」
「ミリアが?マジか...」
「マジかって思えるほどにみんなにとって浸透している姿だけど、ちょっと無理してる部分はあるわ。素も混じってるけど」
そりゃあ何百年も一緒にいたらわかるのか?いや、グリーダ以外気づいてない様子だからそういうことでもないのか。
「無理してるようには見えないけどな」
「元々明るい性格だもの。みんなを元気づけようとして余計張り切ってるだけだから普通の状態とあまり大差ないわね」
「今の状態ならそう思うのも尚更か。これを知ると休んでてもらってた方が気が楽なんだけどな」
知らなければ何も思わないけど、それで無理されてることを知るとちょっと賛同しかねるな。
「とりあえず朝飯食ってまた集合するか?」
「それはみんながちゃんと元気になるまでいいわ。他世界の罪人ほったらかしなのは放って置けないから何か対策は考えるけど、単独犯行は私たちがいるからあまりないし、かといってすぐに大規模なものが行われることもないでしょう」
「まだまだ問題は山積みだな」
罪人をすぐに追える方法...か。
あ、できるかもしれない。
「後で聞いてみるか」
「何か考えがあるようね。後で聞かせて」
「俺だけじゃどう頑張ってもできないからちょっと頼んでくる」
できるかどうかは正直いって分からないけどやってみる価値はある。
というわけで、さっきミリアがナーマの元にいるということで、リビングのキッチンへやってきた。
「あれ?いない...」
リビングには誰もおらず、シンと静まり返って、朝ご飯の出来立てのスープや卵料理から湯気が出て食欲をそそる匂いが鼻腔をそそる。
「じゃあ部屋か」
聞くだけ聞いて食事にしよう。
「ナーマ、いるか?」
ナーマの部屋をノックしてそう声かける。
聞かなくてもわかる、だってもう激しい質問ぜめをされているのがドア越しからでも聞こえてくる。
カチャッとドアが開き、ナーマが顔を出してこっちを見てきた。
「用事があるなら入って」
言われるがままにドアを開けて中に入ると、さっきの声から分かるとおりにミリアとマーナが部屋の中でベッドに座りながら優雅にくつろいでいた。
「意外と平気そうだな」
「もう体調は平気、記憶は相当曖昧だけど」
まあよかった、普通に意識を取り戻して暴走する気配もない。
「ザインは怒らないんだね〜」
「何を?」
ミリアが笑いながら聞いてきて、一瞬質問の意味がわからなかったがなんとか理解が追いついた。
「あー、結構ボコボコにされたからな」
「あの、ミリアさんから聞いた話だと上半身と下半身が...」
「ああ、斬られたな」
その件は怒る気ないけど、ちょっとあれは本気でやばかった。
死ぬかと思った。
「その、よく生きてられましたね」
「あれは私もびっくりしちゃったよ〜」
「俺だって死んだと思ったよ。昨日も言ったとおり、知らない人の声が聞こえてな。言われたとおりにしたら生き返ったというか...あの時はもはや一周回って痛みとかもなかったな」
「はえ〜、すごいね〜」
「それは...私も悪いと思っている。魔法の影響があったにせよ斬ったのは私だから」
ナーマは下を向いて反省を述べながら俯いてしまって顔が見えない。
ナーマがあの時自分の意志で”俺”を斬ったわけじゃないことくらいは分かる。
「ナーマ、俺が偉そうにいうのもなんだけど、この話はやめないか?」
「...どうして?」
「こんな話ししててもナーマの心に傷をつけるだけだからな。とにかく俺はいまそんなことをするためにここにきたわけじゃないし」
「そうだったね〜、それで用事って?」
「十中八九罪人について...ですよね。私がいま世界眼を万全に使える状態じゃないことによってその対処に追われてるんじゃないですか?」
「マーナ、心が読めたのか」
マジでその通り過ぎて説明する手間が完全になくなった。
「ああ、そうだな。それで方法なんだけど、ミリアに手伝ってもらえればもしかしたら解決できるかもしれない」
「私?」
「ああ、ミリアって確か魔物と視覚共有できたよな?魔物が見てるものが見えるとかなんとか」
「うん、そうだよ〜。それで偵察とかたまにするもん」
「じゃあそれを使えば...」
俺の質問によって光明が見えてきたと思い言葉を続けようとしたが、途中でミリアに待ったをかけられてしまう。
「ごめんね、それできないんだ〜」
「え?どういうことだ?」
「だってほら、それって全ての世界に私の無数の小型魔物を潜伏させて視覚情報を共有して警備するってことでしょ?そんなことしたら私頭が壊れちゃうよ〜」
「ミリアのいうとおり。ザイン、魔物の視覚を共有するということはそれだけ脳内処理が複雑になり負担が大きくなる。それを数万以上の魔物と同時になんてすればミリアの脳どころか体も魔力も持たない」
ナーマもそれは把握しているようで、当たり前のように言う。
「うーん、それがダメならどうすれば...ん?じゃあなんでマーナは世界眼使っても平気なんだ?世界中の情報が同時に強制的に脳内に流れてきてるんだぞ?」
「あの、そのせいで私こんなことになったんですよ?平気なわけないじゃないですか」
「マーナは短時間だけであれば必要な情報だけを瞬時に把握して、魔力と体力を温存していた。倒れる直前に常時発動させ続けてしまった結果今に至る」
ナーマが丁寧に説明してくれたおかげでなんとなく理解ができた。
そりゃあ何時間も常時発動し続ければこんな状態になるのも頷ける。
「焦ってたのか」
「はい、お恥ずかしながら」
焦ってることについて肯定しながら恥ずかしそうに頭を少しかいた。
「それについては理解したけど、解決策はいまのところ無し...か」
どうにか方法を探ろうと心に決めたが、具体的な方法も手がかりさえもない状態で不安しか頭に残らなかった。
ご精読ありがとうございます




