二章三十二話
尊厳な空気を醸し出す彩られた祭壇のような場所に禍々しい見た目の玉座に座る多くの装飾を施された仮面の人物。
その圧倒的な存在感を持ちながら一向に動きを見せる気配はなくただ座っているだけだった。
(ザインの言っていた通り、まだなにか隠していたみたい。ザインも詳しくわかっていなかったみたいだけど、確認しておいて正解だったようね)
姿や気配、魔力までも一切悟られないように隠したベルナードが玉座の目の前で確認して正解だったと実感する。
さらにその迫力に少し顔が引きつっていた。
その玉座は普通の大きさで人が座るようなサイズだが、周囲の魔力が吸い寄せられる術式が施されておりなにか儀式的なことをしていると思える。
仮面の中を覗くことができないので顔を見ることができないが恐らくこいつが最重要人物だろうと言うことはベルナードが考えるまもなく分かってしまった。
(この事をみんなに伝えないと)
今来た道を踵を返して走り出そうと振り返った。
相手からは見えていないのに自然と逃げると言う選択肢をとってしまったが、これは反射的に危険を察知したからだ。
五感すべてに集中しても何も異変などなかった。
ただ、獣特有の勘が危険だと囁きかけて無意識に逃げると言う選択をとっていた。
足音をたてず素早く距離をとりフロアから飛び出した。
「はぁ、はぁ、何なの?...あれは」
額から冷や汗が流れ、息を荒げて来た道を振り返った。
何も追ってなど来ておらず静まり返った通路、聴覚を集中させると僅かに戦闘音が聞こえてくる。
「ここまで来ると、尊敬するわ。まさかこんなに強かったなんて」
改めてベルナードは認識を入れ換えた、私たちが油断すれば間違いなく死ぬと。
ベルナードたちは油断していたわけではなかった、ただ想定以上に敵が強くそして想定外なことが起きてしまっている。
(あんな巨大な儀式術式、一体何に使うと言うの?種類的に攻撃の類いではないみたいだけど)
あの仮面の人物が座っていた玉座の周りを囲む魔方陣、それが纏う魔力の量はどう頑張っても一人で補えるものでも、一人ではまともに扱うことすらできないような代物だった。
かなり精巧な作りで明らかに現在普及している技術ではどう頑張っても手の届かない。
(だとしたら、奴らの目的はなに?)
攻撃用の術式ではなくどちらかと言えば反魔法の術式に近い。
そして、それを大規模に製作しなければならない理由。
それらを踏まえてたどり着いた答えは、とても信じられないものでベルナード自信が驚愕してつい言葉に出してしまった。
「鬼神...?」
それは、どの種族にも御伽話として語り継がれている有名な昔話。
内容は簡単で英雄が鬼神と名乗る強大な敵を打ち倒し世界に名を残したと言う。
だがそれは、倒したと言うよりも再起不能にした末に地下深くに魔力体を別々に封印したと言われている。
本当にあったとすれば種族大戦よりも前、グリーダでさえも生まれていない時代の化け物。
そんなものが本当に存在すると仮定すれば辻褄をあわせることができる、だがそれは同時にこれまでとは比較にならないほどの過酷な戦いが訪れると言うことになる。
(まだ確定事項ではないけど、可能性として残しておいた方が良さそうね)
どうすべきか悩んだが、これは一人で決めるわけにはいかない。
「グリーダに知らせておいた方が...つ、繋がらない?!」
小型化された通話用の携帯魔導具でグリーダの同様の魔導具に接続しようとしたが、繋がらない。
本人の魔力が付近になければ発動しない仕組みになっておりグリーダの魔力を登録していた魔導具が繋がらない可能性はいくつか考えられる。
一つは魔導具を落として紛失している場合、そして...。
「まさか...本当に?」
敵が言っていたグリーだが死んだと言う言葉、もし本当ならどうしようもない。
このあとどうなるか想像できない。
「リザリーさんならきっと...」
切羽詰まったこの状況を少しでも解消するために、現時点でもっとも強い味方、«龍皇»のリザリーに助けを求めるためにダメもとで魔導具を拠点の固定設置されている物と接続した。
この魔導具は念じることで任意の魔導具個体と接続することができる。
認知している物となら接続することができる。
小さい水晶のような魔導具が光り、接続に成功した。
「繋がってる...の?」
(心配しなくても繋がってるよ)
水晶から透き通るような綺麗な声が流れてくる。
(こっちに掛けてくるってことは大変なことでしょ?まずは言ってごらん)
リザリーは落ち着いてベルナードに語りかけてベルナードは息を整えて事の経緯を順を追って話出した。
一通り話終えるとリザリーは言葉で相づちをした。
(なるほど、グリーダがそんなことに)
「それに他にも大変なことが...」
(でもなー、言われてもこっちから行ける訳じゃないし...、更に言うと今聞いた話だとグリーダが本当に死んだ可能性事態低いし)
「死んだ可能性が...低い?」
ベルナードは実際にグリーダの魔力が消失したのを感じ取った。
それに、実際今グリーダの魔力を感じることができないでいる。
なのになぜ死んだと言うことが否定できるのだろうか。
「恐らく死んでるわ。魔力も感じられないし実際消失する瞬間を目の当たりにしたもの」
(いっちゃなんだけど、グリーダはあの程度の敵で死ぬような雑魚じゃないはずだよ。それに、死ぬと言うこと事態があの化け物に一番遠いものだから)
「それこそ馬鹿げてる、私だってグリーダとは長い間そばにいたと自負してる。それでも死なないなんていくらなんでも信じられないわ」
(その信じられないことが起きてるの。まず第一にベルナードがグリーダの本気を見たことないでしょ?最近は大きな戦いもなかったし、大抵の代替わりは寿命や子供に世継ぎさせるのがほとんどで戦死なんて全くといっていいほどないでしょ)
「それは...そうね」
リザリーの言葉に言い返すことができずにだまりこんだところでリザリーは突然笑い出した。
(はは、まあいいことなんだよ。平和になって皆が楽しく生活できてるのはね)
「私たちが平和ボケしていると?」
(そんなこと言わない、私もそうだから。けどこれだけはいえる。グリーダは死んでない、魔力が感じられないとしたら無事な線は薄いだろうけど生きてはいる)
「...その言葉は信じるわ。けど、仮に生きていてもこの状況を打破できないなら安心できないわ」
(何かを解除しようとしているような巨大な魔法陣ね。それについての真相はわからないけどロクなことにはならないとおもう)
「対処法も分からないわ。壊すのも危険な気がする」
(うん、やつらがその程度の対策をしていないとは信じられないからね)
しばらくリザリーとベルナードは対処法や対策など諸々を考えて、話をまとめた。
(ベルナード、今は撤退して)
「え...?何をいって、冗談でしょ?」
(冗談でこんなこと言わないよ。大真面目。今のこの状況は不味いね、グリーダが戦闘不能で大半がとても戦える状態じゃない。色々気になることはあるけどこれ以上戦っても負けるリスクが増えるだけ)
「リスクが増えても今潰しておかないと...」
(だから、今はって言ったでしょ?一旦状況を整理したいし戦力も整えたい。敵をなめるのは論外。第一さっき押されぎみなの見てたからね?)
「それは...分かったわ。撤退ね」
(うん、よろしい)
ベルナードは反対しようとしたが反論できずに結局はおとなしく撤退することにした。
<><><>
「ベルナード、戻ったか」
ベルナードはそれから一度も敵に遭遇することなくガルム、グラン、ミリア、ザインと合流した。
「.........っ」
「どうしたんだ?」
ベルナードが言いにくそうに口ごもる姿に疑問を持ったザインはベルナードに事情を聞いた。
「...撤退よ。リザリーさんからの要請」
苦渋の発言をするように吐き出した言葉を聞いて皆は。
「そうか、分かったよ」
「んじゃ帰るか」
「そうしよっか~」
「そうじゃな、帰るとするかのう」
誰も反対せずに撤退することにしたがった。
「反対意見は...無いのね」
ベルナードはその事に若干の不満を抱きながら帰還用の魔導具を取り出して、起動しようと残ったわずかな魔力を流し込み始めた。
「そういえば、ジークとジェノの元に合流しなきゃ」
「その心配はないぜ。ジークとジェノは俺たちが戦い終わったところで先に戻ったみたいだな。いても意味ないってことらしいぜ、短いが連絡が来たんだよ」
ベルナードが合流を優先して魔導具の起動を止めようとしたときにガルムがそういって続けさせる。
「グリーダは、大丈夫じゃないか?あとで帰ってくると思うけど」
「そうだね~。グリーダちゃん強いからね~」
ザインとミリアはグリーダのことを全く心配していなかった。
まだまだこれで終わるはずはないと分かっていながらも、一先ずはこれで一件落着。
...《十ノ頂》の面々はその事に安堵の息を吐き、この序章は幕を閉じた。
<><><>
「全員脱出したみたいね」
全身血だらけで服もボロボロの布切れのようなものを身につけた紅髪の少女は戦った跡で大量のクレーターが出来ている大広間を一人で歩いてベルナードが通っていた奥に続く通路を伝って例の巨大な魔法陣の中心の玉座に腰かける仮面の人物の元へやってきた。
「ジゴクカズラをどうやって入手したかは知らないけど、あなた、この時代の者じゃないわね」
その少女、グリーダの肩から先が真っ黒の刀身に変化して横に一閃する。
だが、仮面を被った人物は何も反応を示さずに切られても時が戻るように再生してまるで、切られる前に戻ったかのように思えるほどの巧妙な魔法だった。
足元に広がる魔法陣も同様に切っても瞬時に再生して、どれだけの損傷かなど関係なく瞬きしたころにはすでに治ってしまっていた。
「あなたが全ての元凶かしら?...何も答えないなら強行手段に出るわよ」
相変わらず何も反応を示さずに、ただ鎮座するだけの姿にグリーダでも不気味さを感じたが排除してしまおうと腕を前に向けた。
「その野望も全て飲み込んであげる」
腕が花弁のように変化して玉座ごと全てを飲み込もうと仮面の人物にグリーダの戒術が迫る。
「...歪......」
その時、微かに女性の声が聞こえた時にはもうそこにグリーダの姿はなかった。
あるのは変わらず鎮座する仮面の人物と壁に広がる血の跡だけ。
そして、この空間を支配するかのように配置された巨大な魔法陣が、静かに光を放っていた。
紅髪の少女、グリーダが認識した頃にはもう自身の体は木っ端微塵に吹き飛び壁に突き刺さり、体の所々から血が流れて地面が赤く染まった。
それでも、魔法陣は地に汚れても輝きを一切失わずに淡々と光っている。
「やっぱり...反転...」
それだけ言うとグリーダは力尽きて瞳が濁った灰色に変わりそれ以上なんの言葉も出てこなくなった。




