二章三十話
「もういいや、どうせ負けるなら...みーんな道連れにしちゃう」
抱えていたテディベアの隠しポケットから一本の注射器を取り出した。
「前に戦ったあの化け物の二の舞になる気か?正気の沙汰じゃないな。やめろと言っても聞かないだろ。けど後悔するぞ」
ザインが止めても無駄だと分かっているためか止めはしなかったが、このあとの惨状が目に浮かび手に汗が滲んだ。
クノエはその注射器を首もとに打ち込み、突然に濁流のように押し寄せる魔力に苦しむように手で首元を押さえて表情はあっという間に苦悶の表情へ変わる。
「あ...あぅ...あ...あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
苦しみに耐えられず唸り声が響くが、途中からそれは叫びに変わりからだが豹変していく。
粘液のようだった魔力は色が黒から青くなり毒々しい色となり、髪が急激に伸びて地面まで付くほどの長髪になった。
生き物のように蠢く魔力体はその化け物に絡み付いて武器のように手に集まり、全身を鎧のようにコーティングした。
「やりやがったな、お前...」
その忌まわしきも美しい姿は無意識に危険だと悟らせるには十分すぎるほどで、ザインはもちろんガルムや他のこの場にいる全員が冷や汗を流す。
「魔力を無理矢理高めて器が適応できなければ化け物と化して暴走する。そんなものを使ってでも俺たちを止めようとするのが理解できないな」
「全くじゃな。これは議論の余地もなくなにか隠しておるのじゃろう」
「みんなで倒そうよ~。そしたら解決だしね」
4対1だというのに勝てると言い切れないその圧倒的な魔力を肌で感じても、ザイン、グラン、ガルム、ミリアは弱音ひとつ吐かずに相対した。
「殺...す、全部、全部」
もはや別人のように成れ果てたナーマもよろめく体を起こして威嚇するようにザインたちを睨み付けて今にも襲いかかろうとしていた。
「馬鹿か、その体じゃザインにも勝てねえよ。大人しくしてろ」
「殺す、こ...カハァ」
「暴れるならあとでにしてくれ。もうそんな姿見たくないんだ」
ザインは殺してしまわないように後頭部に遠隔で魔法で作った鉄球をぶつけると、改変魔法で形状を変化させて周りの地面から十字架を作り拘束、磔にした。
「わあ、意外とえげつないね~」
「ふむ、押さえるのでじゅうぶんじゃろ」
ザインたちはナーマの意識を刈り取って動きを封じたことによって、これで目の前の化け物に集中することができた。
「あの魔力をどうするかだな。触ればろくなことにならねえだろ」
「ガルムの炎だ燃やせないのか?」
「出来なくはないが、お前らまで燃えちまう。あれを燃やし尽くすだけの炎を圧縮するだけの魔力は残ってねえよ。仮にできたとしても一撃で殺しきれるとは思わないな」
「前のやつもすごい再生能力だったからな」
以前戦った化け物も同じ薬で暴走していて、グリーダが切ってもすぐに回復して最終的に無理矢理戒術で喰ったがそれでもまだ殺しきれていない。
グリーダの魔力で封じ込めて危険な状態ではないが、再生力に関しては尋常ではないことは確かだ。
「あれと同等、もっと上かもしれない」
「グラン、最悪逃げることも視野に入れてくれ」
「分かっておる、確実に勝てる相手ではなさそうじゃな」
グラン、ガルム、ザインが気を引き締めていざ戦おうとしたときにミリアは手を後ろに組んでいた。
「ミリア?黙ってボーッとしてんじゃねえよ。行くぞ」
「うん、そうだね~」
化け物と化した少女は、魔物のように獰猛な瞳、全てを破壊しようとする威圧的な魔力を纏っており、言葉が通じないことなど一目でわかる。
前のカーレアの時は辛うじて話すことができていたが今回はそれすらも不可能だろう。
不定形の魔力体を刃物を元にした様々な武器に変化させて生き物のように動き、その見た目からは考えられないような速度で追尾する。
よく集中すれば避けられなくもないが、それでもその物量は少しづつではあるが隙を作るのには十分な数で、段々と押されていってしまう。
「この魔力で作られてるやつ、改変できないのか?」
ザインの魔法で改変し主導権を握ることもできず、炎や熱にも耐性を持っている上に、粘性の魔力なゆえにグランの風も相性がいいとは言えなかった。
「イフリート、一か八かもう一度撃つぞ」
(いいけど、もう魔力が少ないよ)
イフリートはガルムの肩にのって魔法を器用に使って触手のような魔力を弾いてガルムを支援し、魔力を共有しているからか身体中が燃えていた。
「ガルム、本当にやるのか?」
「当たり前だ、このままじゃ最悪負ける」
決意を決めたガルムの腕に魔力が高密度で集まっていき、荒ぶる魔力を押さえ込みながら黄金の剣を握りしめ、周りの地面が燃え盛り熱がザインとミリアとグランのもとまで届いた。
(制御は任せて)
イフリートが炎の一部に触れて念じると大部分が大人しくなり腕に纏わりつく。
「«魔術コード0001、魔術出力85%、圧縮倍率4倍。形状直線型»。オラァ!!!吹っ飛べ!」
形容しがたい熱量を持つ黄金の塊が斬撃となり、熱に対して非常に高い耐性をもつ粘体をいとも容易く切り裂き本体の体に深々と”傷”を負わせた。
「グゥウ、ギュウアアアアア!」
痛みに化け物は悶え苦しみ、焼ききれた部分を本能的に必死に押さえる。
「再生...してやがる。どんな化け物だよ」
「追撃を受けないように全身を魔力で包んで守ってやがる。こいつ化け物のクセに頭が回ってんのか」
「ガルム、ザイン、退いておれ」
グランの声を聞いて横に飛び退いた二人をかすめて、暴風とも似た弾丸が打ち出された。
その威力は風圧だけで二、三人は殺してしまえそうなものでかなりの魔力が込められている。
その魔力を感じ取ってか、化け物は魔力を硬質化させて自分の周りを固めてドームのような形状の障壁を形成した。
その障壁とグランの魔法が拮抗して金属音のような嫌な音がこの場にいる全員の耳を刺激する。
「これで...終われ!!!」
さらに追い討ちと言わんばかりにザインが即座に膨大な魔力で普通なら干渉できないはずの魔力体に改変魔法を起動して無理矢理障壁をこじ開けた。
こじ開けられた穴はそこまで大きくなかったが、拮抗した状況を打開するには十分すぎる効果を発揮して暴風が穴を広げるようにしてねじ込まれて遂には貫通した。
爆発したような破壊音を上げながら暴風を撒き散らす渦がその体を壊さんと本体に向かって無慈悲に進んでいき、地面を抉り破滅へのカウントダウンを示していた。
「終わりだ、今度こそ」
「ザイン、決めてこい!」
「ああ、美味しいとこもらうからな」
覚悟を決めた顔つきで一歩前に出たザインはそのまま化け物に向かって走り出した。
渾身の魔法を放っても死なないのなら、もうこの方法しかないとザインは思った。
「«石化»!」
ザインの片腕から灰色の光が溢れ、どんどん膨らみ数秒で人一人飲み込めるほどの大きさとなった。
体を再生することに魔力を割いていて障壁を展開するのが遅れて、勘で危険を察知して後ろに飛び退いた。
だが、後ろに飛び退いても避けることなどできない。
光はザインの手からレーザーのように放たれて触れた全てを石へと変えて突き進み問答無用で向かってくる光線に慌てた化け物は横にそれようと足を踏み込んだ。
「隙だらけなんだよ!オラァ!」
残りカスのような魔力を込めて最後の一撃を放ち、逃がさないように足を焼ききる。
「ぬん!」
グランも逃げられないよう風の防壁を作り出し閉じ込めた。
足はすぐさま回復し、風の包囲を突破することに成功はしたが、もう遅かった。
「ガ、アアアアアアアアァァァァァ!!!」
光線に触れた場所から順に石に変わり、再生も欠損ではないので機能しない。
少しでも石化を遅らせるためにもがくが意味をなすはずもなく全身を例えようのない痛みが襲う。
「纏ってた魔力が邪魔だったからな、吹っ飛ばしてもらったんだよ」
「ったく、無茶しやがって」
「どちらかと言えばガルムの方が無茶してたと思うぞ」
ザインと皆が作戦を共有できたいたのは特別な方法を使ったわけではない。
事前に不死やそれに近い者を相手にする場合の対処法は知っていたのだ。
これはグリーダの種族大戦時の知識で、体組織そのものを変える魔法は傷つけるわけではないから再生出来なくなる、もしくは最低でも数段遅くなると。
「あとは、ベルナード次第か」
「ベルちゃんなら平気だと思うよ~。強いしね」
「そうじゃな、いまわしらがすべきことは終えた。あとは信じるのみじゃ」




