一章五話《圧倒的》
「じゃあ、次は僕がやるよ」
そう言って俺の前に出てきたのは満面の笑みを浮かべて楽しそうなジークだった。
その笑顔におれは顔をひきつらせるが、ジークは御構い無しに言葉を続けた。
「大丈夫だよ。ザインくんはグリーダのおかげで僕が”斬っても”死なないから」
ジークは何やら物騒なことを言い出したが、ここは最強の集まりなので今更感はある。
ただ、今はそれよりもジークの言った斬るという単語だ。
刃物のような武器を使うのということはこの言葉によって想像できた。
「それじゃあ、そろそろ始めよっか」
ジークはおもむろに手を空にかざした。
すると、天に一筋の光の筋ができて、どこにつながっているかを視線でたどっていくとそれはジークの手から発せられている光だということがわかった。
その光の中から何かが現れた。
いや、天に続く光の道筋から何かが降りてくる。
その正体はすぐにわかった。
正直に言って滅茶苦茶だ。
おれの身長まであろう大剣がジークに向かって降りてきているのだ。
ゆっくりと降りてくる大剣をジークがそっと掴み引き寄せる。
ジークの髪の蒼色とはイメージが反対の燃えるような赤色の大剣をジークはいとも簡単に持ち上げていた。
他の面々は普段の光景のように至って真顔でことの様子を見守っていた。
ジークはその大剣をおれのいない方向に素振りを始めた。
振った方向の地面は吹き飛び草木が消し飛び、まるでこの世の終わりと錯覚するほどの威力を身をもって体感した。
俺は、この時改めて実感した。
この世界の頂点と戦っているということを。
勝てるなんて思ってはいけない。
そもそも、これは戦闘として成り立ってはいないのだから。
ジークはこれでも明らかに手加減をしている。
さっきのガルムなんてあれは火遊び程度だろう。
俺は冷や汗が止まらない額を一度ぬぐってからジークを真正面から見据えた。
「流石にこれは死ぬんじゃねえか?」
ガルムは心配そうにしているが、ジークは御構い無しに剣を俺に向けた。
数秒の沈黙。
俺の全身に緊張が走り鼓動がはち切れんばかりに鳴り響いている。
だが、現実は非情なことに俺の緊張にさらに追い討ちをかけるかのごとくそれは起こった。
「ハァ、アハハハハハハハハハハハハハハ」
ジークの目が血走り手足の血管が浮き出て紅い筋がいくつも通っている。
そして、...笑っていた。
さっきまでのジークとは別人のようにまるで戦闘を楽しむかのように笑っていた。
俺の本能が訴えている、このままではなす術なく殺されると。
「ちくしょう。こんなに魔力が多いとはな。流石に真正面は絶対に無理だな」
可視化できるほど濃密な魔力を放ち、息苦しいと錯覚するほどの威圧感を醸し出している。
ジークの瞳の周りの色はいつのまにか白から真っ赤に染まり充血し口は釣り上がって笑みを浮かべている。
「くっ...!」
ジークはおもむろに俺に向かって剣を振り下ろしてきた。
その速度はもはや俺に目視できるものではなく、避けられたとしても余波で吹き飛ぶことは確実だった。
とっさに俺はダイヤモンドの障壁を張った。
ダイヤモンドに変換する魔力量は途方もなく多いのだが、今は出し惜しみしている場合じゃない。
だが、ダイヤモンドの分厚い壁でさえまるで布が風で吹き飛ぶかのように薙ぎ払われ蹂躙された。
その衝撃が俺の体の隅々まで連鎖的に回り骨が砕ける音が身体中を駆け回った。
口から血を吐き膝をついだが、ジークはそれだけでやめるなんて生ぬるいことは絶対にしないことは俺でもわかった。
瞬時に立ち上がり同じくダイヤの壁を展開した。
今度は厚さが倍になるように作った壁だ。
そう簡単には砕かれることはないだろう。
そう、思っていた。
ジークは、さっきの力の倍の力で又してもダイヤの壁を砕き俺を吹き飛ばした。
「ガッ、うっ、オェ」
又しても吐血して骨が砕ける。
俺がどれだけ強固な壁を作ってもそれをジークはないもののように扱い容易に砕く。
世界でのトップの実力が、どれ程のものなのかは嫌という程身にしみる。
圧倒的実力さなのは見ればわかる。
「はあ、そこまでよ」
ベルナードが終了の合図をした。
「はあ、まだ魔法を使いこなせていないみたいね。魔力の練り方もまだまだ隙が多すぎる。さっきジークが本気を出していたらあなたは今頃ここにいなかったでしょうね」
ベルナードの容赦ない言葉が疲弊しきった俺の体に深く突き刺さっていた。
「そここまで、はあ...言わなくても、ぜぇ...よくないですか?」
「そこまで言わないといけないほどにあなたの魔力の使い方が雑でずさんなのよ」
ベルナードの立て続けの指摘によって俺の心がどんどん傷ついていく。
「僕は君の力に余裕や隙は全然あると思うよ。だから、その隙と余裕を埋めるための努力をしていかないとダメかな」
いつの間にか普通の状態に戻ったジークは俺にさらなる指摘を加えた。
「魔力の隙と余裕?」
「そう、魔力によって魔法を打つけど一旦込めた魔力が魔法を打つために必要な量よりも超過してるから、魔力がその分無駄になってるんだよ。それに魔力を込める速度が遅い。あれじゃあ人間界でもトップは取れないよ」
ジークが丁寧に説明してくれているが、俺にはイマイチよくわからない。
「あの、それとジークさんのあれって魔法ですか?どんな効果が?」
「うん、僕の魔法じゃないんだけどね。この剣の効果で開放すると裏人格が出てくるんだ。怖い思いさせて悪かったね。それと、僕のことはジークでいいよ。そんな呼び方性に合わないからね、ちょっと恥ずかしい」
ジークは少し恥ずかしそうにそう言った。
「わかった、ジークさ...ジーク」
「はいはい、話はそれくらいにしてくれるかしら?次の人が待ってるわよ。まあ、正直ここからは明日にすることもできるけど」
「あー、はい、あと1戦くらいやります。それからは明日でお願いします」
「了解よ。じゃあ次は...、ミリアでいいかしらね。ミリア、お願いね」
「はーい、りょうかーい」
ミリアは軽い口調でベルナードに呼ばれて俺の目の前に来た。
軽い準備運動をしてズボンのポケットから何かを取り出してそれを腕につけた。
「? 何ですか、それ」
「んー?これはね、私の魔法を使うのに必要なの。というか、ストッパーみたいなものだから気にしなくていいよ」
ミリアは自分で腕につけたものを俺に見せる。
それは、腕輪のようなもので赤と黒を基調にしたデザインだった。
ただ、普通の腕輪ではないと確信した。
その腕輪は、ミリアの動きに合わせるように鼓動していたのだった。
「すごいですね、その腕輪」
「そうでしょ、これグリーダちゃんに作ってもらったんだけど最初はあまり進んでつける気にはならなかったなー」
ミリアはにっこりと微笑んでいるが、その腕輪を見ると一転してその笑みが俺に恐怖を植え付ける。
ミリアは実際に普通に笑っているのだろうけど、俺にはあの腕輪が目について禍々しく思えてしまう。
どうしてだろう、金髪の女の子があんな腕輪を装着すると余計に恐怖感がましてしまう。
「それじゃあ、ほい」
ミリアの軽い掛け声とともに現れたのは、軽い掛け声とは裏腹に禍々しいオーラをまとった化け物だった。
それは、地面に魔法陣のようなものが出来てそこから這い出てくるようにして出てきたのだ。
見た目は、真っ黒な皮膚が球体をかたちどりその中心には誰もを視線で射殺すような巨大な目玉があった。
「頑張ってね、ジャイアントゲイザー」
ミリアの掛け声とともにその目玉は怨嗟のような叫びをあげた。