二章二十五話
「存外、敵の数はどうでもいいかな。問題はどんな手でどんな敵を送ってくるか。正直に言うと正面戦闘を陽動にマーナを影から掠め取る可能性が高いね」
「それは面倒なことで。まあ、それも戦略としては正しいのかもしれないな」
転移魔法が起動し、リングルとリザリーの目の前に砂煙を巻き上げて大軍が押し寄せる。
まるで、津波のようなそれは、圧倒的物量を示唆していた。
「要は肝心なのはマーナをさらわれないようにすること。なるほど、これは意外に難しそうだ」
「考え事よりも、戦闘に集中してね?負けることはないかもだけど倒し損ねるとそれだけで相当不利になるから」
リザリーが前を見やると、全身鎧を身につけて馬のような速度で走ってくる数千を超える兵士に、先頭には明らかに宿っている魔力が違う和装の刀を携えた女性が走っていた。
「リザリー、雑兵は任せた。殲滅は得意だろ?」
「うん、それじゃあ、あの先頭のは譲ってあげる。頑張ってね」
二人は目配せして前に踏み出した。
「っ?!くっ...」
一瞬で先頭の女性に肉薄にしたリングルは躊躇なく手に持つ槍を突き出した。
だが、さすがの反応速度で抜刀すると槍に切っ先を合わせて拮抗した。
「なかなか強いね。ここにくるのはどんな馬鹿かと思ったら馬鹿力の方か」
「貴様は何者だ?私と武を交えるなど言語道断。斬り伏せてくれよう」
拮抗していたお互いの力が一変し、女性の力が一層強くなった。
槍は突き飛ばされその衝撃でリングルの腕も後方に弾かれ体制のバランスも崩れる。
「隙あり!」
「どっちがだ?」
後方に弾かれた衝撃を利用し後ろに一回転して刀の峰を蹴り上げた。
「やはり、《十ノ頂》は伊達ではないか。勝ち目としては薄いな」
「相手が俺でよかったな。多分相方の方だったら今頃あんたは死んでるさ」
「貴様より強いものがそんなにもいるはずがない。虚言もいい加減にしろ!」
「じゃあ、後ろを見てみな」
「一体貴様は何を言って...」
(後ろを振り向かせてその隙に勝負を決めるつもりか。だが、貴様らが持つような簡易転移魔導具は我々も持っている。後ろに回り込むなどたやすいことだ)
女はリングルを警戒しながら後ろを一瞥した。
「な?!」
そこに広がっていたのは地獄だった。
兵は拳一つで粉砕され、体は爆散し、血が飛び散り、臓物があふれていた。
集中して動きに注視して見るも、ブレてよく見えないほどの速さで数千の兵が肉塊とかしていた。
「逃げるなら今だけど?どうするんだ?」
リングルが爽やかな笑みを浮かべて問いかけるも、女の頭の中は既に真っ白だった。
「化け物が...。井の中の蛙の気持ちがわかった気分だ」
「それじゃあ、撤退するか?」
女は深呼吸してリングルに再度向き直り真っ直ぐな視線をリングルに向けた。
「せめて、一矢報いる」
「へえ、やってみな」
そして、再び互いの武器がぶつかった。
「水斬流《神鳴り》」
「《突貫》」
閃光の如き斬撃と、全てを貫く荒々しい突撃がぶつかり、火花を散らした
互いの技と技のぶつかり合い、だが、あまりにも力の差がありすぎた。
それは、技量の差ではなく、ぶつかり合う”武器”そのもの。
女の方の武器は、《突貫》を受けたことにより薄い刃はいとも容易く折られてしまった。
「どうやら、一矢も報いられなかったみたいだな」
心臓に風穴の空いた名も知らぬ物言わぬ屍を見下ろしながら、リングルは呟いた。
「勝ち目がないとわかっていながらこんな勝負を挑むってことは、これが最後じゃないんだろうね」
リングルは少し憂鬱になりながらも兵を蹴散らして地獄絵図を作るリザリーのもとに歩いた。
「これでざっと二千ってところかな。こんな戦力を裏で集めるの結構しんどいと思うけどどうやったんだろう」
リザリーは死体の兵がつけていた装備から紋章や特徴的な見た目の部分を探してどこの出身かを調べていた。
「うわー、これはやってるね。いろんな種族が混同してるよ。妖精族に堕天族に神族...人間族はいないか。まあ戦闘力が高いのが少ないから仕方ないか」
鎧や兜を外して種族を確認、そしてそこらへんに放置して次の敵襲を待った。
しばらくすると、リザリーが一応の為に持っておいた通話用の小型水晶型の魔導具が光を帯びた。
『やっと繋がったわね。ねえ、リザリー。そっちの状態は?』
「あっ、グリーダ?んとね、そこそこきてるよ、敵。でも、あんまり強いのはいないかな。そっちの方が戦力投入されてると思うよ」
『やっぱりそうよね。それで、マーナの状態は?』
「そっちは魔力探知でいつでも追えるから大丈夫だよ。敵の目的は世界眼を必要としてるから即殺すことはないと思うから居場所を追えるならそこまで危険にはならないと思う」
『...本当はあなたたちを頼るつもりはなかったんだけど、背に腹は変えられないわ。きちんと働いてもらうわよ』
「うん、そのつもり。後輩どもの尻拭いくらいなら覚悟はできてたからね」
『ならいいわ。あなたたちなら確実に守れる。リングルの方にも伝えておいて』
「りょーかい。任せて、ボス」
『...その呼び方はやめなさい。虫唾が走る』
「はは、ま、頑張ってね」
『そっちも、お互いにね』
通話用魔導具の光が消えて、ふうとリザリーが一息つくと拠点の方に目を向けた。
「事前にベルナードが張った罠がうまく機能してるといいけど」
それは、万が一にマーナに危機が迫った時用に数百に及ぶ罠が設置されていた。
もちろん、部外者にしか発動せず、リングルとリザリーには発動されない。
マーナ本人にも巻き添えを食わないように細心の注意をした設計になっており、拠点外にも迎撃用の起動型魔法陣が隠蔽されておりいつでも発動できる。
「私たちが本気でやらなきゃ敵に申し訳ないからね。残念ながら全力で潰すよ」
リザリーの瞳が感情の昂りに合わせて黄金の灯火のように煌めいた。
「ああ、懐かしいなー。馬鹿の一つ覚えでここまでのし上がってきた思い出が湧き上がってくるよ。もう百年以上前だからだいぶ訛ってるだろうけど」
過去の思い出、世界で最も頭の悪い魔力の使い方だとグリーダに呆れられたリザリーは、いっそこのまま自分の戦い方を極めてやろうと努力に努力を重ね続けた結果、編み出した固有の戦闘方法。
“荒狂イ”、その凶暴な戦闘スタイルから命名されたリザリーの技術そのもの。
「第三ラウンド、開始だね」
高密度の魔力を察知して上を向くと、巨大な青く眩しいくらいに光る魔力の塊が飛んできていた。
「龍脈強化《I》」
体の隅々、全てに均等に行き渡らせた魔力で一切魔力の無駄のない身体強化を行い、うっすらと光を纏い迫りくる隕石のような魔力の塊に拳を正面に構えた。
「はあっ!!!」
小細工抜きで、軽い跳躍で数m跳躍すると素の力で煌々と輝く暴力の化身のような魔力の塊を文字通り殴り飛ばした。
それは、一瞬にして爆発四散して弾けるとバラバラに地面に落ちると同時に破裂した。
「一体、こんなデカブツどこにしまってたのか...、ううん、そんなことはどうでもいいか」
リザリーが見上げた先には、七つに別れた首にそれぞれ違う色の魔力を帯びた巨大なドラゴンだった。
「トリニティ•ヘッドか、こんな馬鹿げた龍を送りつけてくるあたりもう出し惜しみをするつもりはないみたいだな」
「そっか、なら安心。これ以上のは来ないよね」
リングルがリザリーのすぐそばで足を止めて二人で巨大な龍と対峙した。
「リングル、これ、私がもらうね」
「...はあ、勝手にしてくれ。万に一つも負けることはないだろうが無理はするなよ」
リングルは一歩後ろに下がり、観戦する気満々で戦いの行方を見守った。
リザリーはトントンとかかとで地面を軽く叩いて翼が広がるように足から魔力が展開された。
「《飛翔撃》」
魔力による風圧と、身体強化による脚力が相乗効果を生み出して圧倒的な跳躍力を生み出す魔法、もといゴリ押しは、トリニティ•ヘッドとの距離を埋めるには十分だった。
「グァァァ、グルルルルル」
トリニティ•ヘッドは威嚇と言わんばかりにそれぞれの首から火、水、風、土、光、闇、無属性の魔法が飛び出した。
七色の咆哮がリザリーに向かって直撃必至な角度で飛来して襲いかかった。
「《龍爪》!」
それを迎え撃つは、長さ数十mにも及ぶ巨大な魔力の刃。
両手のそれぞれの指に刃を纏い七色の魔法と交差するようにぶつかり合った。
バシュッと音が鳴り響きそれと同時に魔法の刃は割れてしまい、リザリーに魔法が直撃した。
「あちゃー、力負けしたの久しぶりだな。やっぱり訛っちゃったのかな?」
肩をぐるぐる回して空にそびえる龍を見上げてため息ひとつ。
龍の方は魔法を高出力で使って再発動のために魔力を高めていた。
「スゥー、ハァー、龍脈強化《II》」
リザリーが大きく地面に踏み込むと、ことごとく地面は陥没してクレーターができた。
「いっくよー!そー...れ!」
《飛翔撃•疾》
魔力を纏い、風圧で地面がさらに陥没して地割れができ、リザリーは魔力の推進力を伴って特攻した。
「ガァァァァァアアアアアアアア!」
リザリーが狙うは首の根元一点。
七本の首が集約している場所。
「そろそろその首...邪魔なの」
その言葉を空中に置き去りにして可視できる範囲を超えた速度で接近した。
バキン、と音が鳴りトリニティ•ヘッドの首元の装飾品が砕け散った。
「もう、無理しなくていいんだよ」
リザリーは優しく、穏やかな瞳を持つ巨大な七頭龍を抱きしめた。
「感謝する。我を救ってくれて」
「いいのいいの。よかった、まだまだあなたも餓鬼なんだからそんなかしこまらなくていいの」
巨大な龍に対しても抱擁力を発揮するリザリーは優しくトリニティ•ヘッドの体を撫でた。
「その姿、もういいから。でかいままだと何かと不便でしょ?」
「...やはり気づいていたか。我が龍族だということを」
「当たり前。どれだけ生きてると思ってるの?もう1600年はくだらないよ」
その瞬間、トリニティ•ヘッドの体が発行しだし、龍の姿から金髪の男の子に姿を変えた。
「あなたは一体、何者ですか?」
「ふふ、その姿になると口調変わるの面白いね。私はリザリー。ただのしがない《龍皇》だよ」
その瞬間、トリニティ•ヘッドの視線が純度100%の尊敬に変わった。




