二章二十四話
地面に降り立ったリングルは、周りを見渡し他に敵がいないかを探し、ホッと一息ついた。
「敵襲にはもう少し時間があるかな。さて、マーナは大丈夫か見てくるか」
リングルは意気揚々とマーナの部屋に向かって歩き出した。
「やあ、調子はどうかな?」
「あ、そうですね。体は大丈夫です。特に辛いこともないですよ」
「それは良かった。ここに向かってきている敵も全部俺が倒しちゃうから、安心して寝ていていいんだ」
「...あの、聞いてもらっていいですか?」
「ん?言ってごらん」
ベットに寝ているマーナの近くに腰掛けて穏やかな表情でリングルはマーナに話しかける。
だが、当のマーナの方は神妙でどこか悲しげな表情のままだった。
「夢を...見るんです。全てが荒廃した世界で、みんなが居なくなって一人寂しく少女が絶望している景色を」
マーナはうちに秘めた想いを語り出した。
それは、何かにすがるような思いで、誰かに助けを求めるような心で。
「私、思うんです。これがもし本当なら、全て終わった後の結末は、きっと...」
「その心配はないさ。大丈夫だ」
マーナはその言葉に何を思ったのか、リングルの方をみて目を見開いた。
「その...証拠がぁ...どこに...あるんです...か?」
マーナの瞳に涙があふれ、いくつもの傷痕を作るように顔を伝った。
リングルはただ、淡々と言葉を口にした。
「未来を、そのまま受け入れるのは現実逃避と同じさ。それこそ、その未来に絶望することこそが終わりだよ。俺が言う大丈夫は、それが起こらない絶対の保証があるからじゃない、その未来を変えることのできる要素を俺は知っているからだ」
マーナは、リングルの言葉にただ静かに頷いただけだった。
理解はした、納得もしている。
ただ、何にも確信が持てない現状は圧倒的な不安要素となりマーナの心は恐怖に染まった。
マーナの夢、その惨状は、死体の山の上で静かに涙を流す少女、グリーダ。
それをみて一番怖かったのは、自分が死ぬことではなかった。
グリーダが独りになること、否、グリーダが独りになった惨状を見てもし自分だったらと考えてしまっていた。
明かりが灯り、薄暗い部屋に二人、数秒の沈黙で重い空気。
「戦いは常にそう言うものさ。死ぬ覚悟も殺す覚悟もない者は生き残れない」
「分かっています。私はいつ死んでもおかしくないって。でも、誰かに死んでほしくないんです。独りになりたくないんです」
独りぼっちを想像するマーナの心は、死よりも孤独を恐れてしまう。
マーナにとって、独り寂しく生きるくらいなら死んだ方がマシだと、心の弱さゆえの考え方だった。
「マーナの言い分はわかった。だが、それを言ってどうにかなる問題でもない。それは君が一番自覚しているだろう?」
「でも、この言葉に価値がないとも思いません。伝えるだけでも考える要素にはなりますから」
「ふっ、そうだね。けど、俺たちが全員死ぬのはまずありえない。向こうには最強がいる。こっちに主戦力を投入してくるとは到底思えないからこちら側もそこまで危険なわけじゃない」
「でも、敵の狙いは私です。何か策を練ってくる可能性はあります」
「だろうね、それも俺たちに効率よく刺さる策を...いや、もう始まっている」
リングルは無造作に槍を背中から抜きはなち扉の向こうに構えた。
「もし、今敵が来たとしたら、それも数万の。俺じゃあ流石に捌き切れない」
「じゃあ...」
マーナの言葉を遮るようにリングルは続けた。
「だから、こちらの戦力も増やせばいい。十人で足りなければ百人。百人で足りなければ千人」
「そんな人材存在しないですよ」
「少なくとも、数万人に”匹敵”する人材ならいるさ。グリーダの人脈ならいくらでもね」
「それって...」
マーナにも思い当たる節はある。
それは、マーナにとって最も身近で親しい者たちであり...同僚や先輩にあたる者たち。
「正直、今回の件はあいつがいれば問題にはならないさ。ただ、心配なのは向こう側であいつらがうまくやれてるかどうかだが...そこは任せるしかない」
「リングルさん...そろそろですよ」
マーナのその言葉にリングルは少し戸惑った。
別に、敵が来たことに対して動揺したのではないし、戦力的にも不味いことはない。
「治っていたのか?その眼は」
「いえ、周辺しか見ることはできません。他の世界の景色は見れません」
「そうか...、気をつけてな。ここに忍び込んでくるかもしれない。一応数百に及ぶ罠が張り巡らされているが過信はするな、逃走経路はあるんだろう?」
「はい、数分は私だけでもしのげます」
「わかった」
リングルはマーナの部屋を出ると、外に向かって駆け出した。
「遅いよ。第二波終わったよ」
リングルが外に出た頃には、外には死体の山、その側に金髪の女の子が立っていた。
「悪いな。マーナと話し込んでたんだ。で?あとどれくらい敵戦力が湧いてくるかわかるか?」
「わかんない。でも、少なくともこの数倍は残ってるかもね。それに、ゴリアテなんかの魔導兵器も投入されるかも。負ける要素はないけど、油断してると怪我するよ?」
リザリーは腕に装着した巨大なナックルの動作確認をするように手を軽く動かしてよそ見をしながらリングルに行った。
「自力で転移魔法無しでここにくるのはもう慣れたのか?相当な化け物だな」
「龍族の身体能力ならこの程度造作もない。世界を隔てる《神盾》も飛び越えれば済むしね」
「はは、相変わらずの余裕だ。化け物に勝てるのは化け物しかいないって昔言われてたくらいのことはある」
「結構昔、一回だけ戦った事があるよ。すごいいろんな魔法を使ってどれだけ傷ついても冷静さを欠片も失わない。けど、本当に恐ろしいのは魔法に関する知識量と不死性...そして適応性」
「一度使われた魔法に自身の魔力が適応してその魔法を使えるようになる...本当に意味のわからん能力だよ」
グリーダの魔法、ザインには隠しているがザイン本人ももう薄々気づいているだろう。
転移魔法、グリーダは当たり前のように使えるが、その魔法は超高等な魔法であり才能に左右される魔法である。
種族対戦時に、敵に強制転移によって海の底に沈められた時に転移魔法に適応し、覚えた魔法で、他にも数々の魔法を使うことができた。
「完全なる不死性...それも相当なモノだよな。あいつを化け物たらしめる証明だ」
「だから、私は勝てないって前にも言ったと思うけど、要はそう言うこと。負ける気はしないけど勝てない。模擬戦なら勝てるけど殺し合いなら永遠と勝負はつかない」
リザリーの言葉は、逆に言えば不死を相手にしても負けないと言っているのだ。
リングルは、《十ノ頂》の中にも実力差というものは確かに存在すると痛感した。
「まあ、私はもう《十ノ頂》じゃなくてただの主婦だからね。娘に《十ノ頂》は譲渡したよ」
「龍皇をね。なかなかに狂った恋だ」
「異種族に恋ができるのも、《十ノ頂》の特権だよ」
リザリーの言葉に少しビックリしたが、少し笑うとハアとため息をつき。
「それもそうか」
と言って軽く笑った。
「と、綺麗に締まったところで追加きたから戦闘続行かな。行くよー」
「はは、締まらないね」
二人は大規模転移魔法によって送られてくる敵襲を前に己の信じる武器とともに、前に進み出た。




