二章二十二話
迷宮のある場所で、膨大なエネルギーの塊が高速で移動していた。
それは巻き込んだすべてのものを燃やし尽くして灰と化し、勢いが衰える気配もなく無差別に巻き込みながら進んでいる。
「ナーマの奴、勝手にどっか行きやがって...どこほっつき歩いてんだあの馬鹿は!」
迷宮に入り早々にナーマは一人でどこかに行ってしまい、ガルムがそれを探すというのが現状で一々敵を相手にするのが面倒だからという理由で、常に炎を身にまとっていた。
「全員の詳しい位置がわからねえ。魔力感知が阻害されてやがるのか...?とにかく早めに手を打たねえと何が起こるかわかったもんじゃあ...」
そこまでガルムが言ったところで、体に衝撃が走った。
何かに足を掴まれてバランスを崩して腹を抉られるような感覚と共に迷宮の壁に激突した。
「いけませんなぁ。そこまで急がれては我々も抵抗せざるを得ませんよ」
細々とした声色を聞いて壁から離れたガルムが目をやるとそこには痩せた弱々しい男が立っていた。
「申し遅れました、私は反逆者の一人、アレクと申します」
アレクと名乗った男は礼儀正しくお辞儀をすると、ガルムの方を見て笑った。
「ッチ、不意打ちもらったがこれ以上うまくいくと思うなよ?テメェ、殺すぞ?」
「何を仰いますか?我々は既に殺すことを前提とした戦いをしているのですよ。そのような威圧に意味などありませんよ」
アレクはやはり落ち着いてガルムに対して警戒を強めていた。
お互いがいつ攻めるか沈黙が流れる。
訳もなく、ガルムが問答無用とばかりに巨大な火炎を無造作に投げた。
約直径5mはあるかと思える熱の塊がアレクに迫る。
「やはり、規格外ですな」
膨大な熱量と魔力を含む火球は、アレク共々炸裂しあたり一面を焦土と化した。
「面倒だな。どうなってやがるんだ?」
ガルムの目の前で炸裂したことによって出た煙が収まると、そこにはドーム状に根が張り巡らされていた。
「耐熱性に極端に優れた植物ですよ。いくら炎と言えどもこの植物を燃やすのは至難の業。それは《十ノ頂》であっても然り」
「燃えない植物だぁ?そんなのある訳ねえだろ。少なくとも”燃えにくい”だけだろ?」
ガルムは腰の剣に手を置いていつでも抜き放てる姿勢で植物を見やった。
「威勢は上々ですか。ですが、威勢や気合いでどうにかなるものでもありませんよ」
「やってみなくちゃわからねぇだろ?なあ」
ガルムはにっと口角を上げて凶暴な笑みを作り体からフツフツと炎が溢れた。
「イフリート、10だ」
(10ね。おっけー、けどここら一帯吹き飛ぶよ?大丈夫?)
肩から小さな炎が現れたと思いきやそこから可愛らしい赤い髪の女の子が出てきた。
「ほう...話には聞いていましたが実際に観ると圧巻ですね。ですが...それが最上位精霊ですか?失笑ですよ」
「はっ!勝手に笑っとけ!」
ガルムは剣を抜き放つと即座に魔力を圧縮して前に向けた。
フレアフォートレスに対して使った時よりも弱いが、それでもここら一帯は吹き飛んで更地に変えるくらいの力はあった。
「オラァ!《詠唱破棄》劣化レーヴァ...」
「いいんですか?ここがどこかも知らずに」
「あぁ?」
アレクは自身に死が近づいていると知りながら笑っていて、不思議に思ったガルムは魔法の発動を中断した。
「ここは広大な地下空間。もちろん上には沢山の人々が生活しています。あなたが今やろうとしていたのは、私共々一般人を大量に巻き込む大殺戮ですよ?」
「汚ねえことしやがって。とことんまでイライラさせやがる」
「そうでもしなければ勝ち目など無いに等しいですからね。時間は稼げるだけ稼いだ方がよろしいですから」
「時間稼ぎかよ。じゃあテメエを無視してここを通った方が良いって言ってるようなもんだぜ?」
「それができれば...の話ですがね」
ガルムはレーヴァテインのために圧縮した魔力を後ろに出力して爆発的な推進力を生み出した。
隕石のような勢いを持ち全身に万物を焦がす炎を見に纏い、アレクの生み出した植物に突撃した。
「ですから炎は効かないと...っ?!まさか」
「”炎”が効かないだけだろうが!そんなんぶん殴れば解決なんだよ!」
爆発的な推進力によって強化された打撃はドーム状の植物に直撃して難なく貫通して障害物に成り得なかった。
「次会うときはまとめて殲滅してやるからな。今は時間がねえから命拾いしたな」
「...ふ、まあいいでしょう。種は撒きました。あとは芽吹くだけです」
アレクは意味深に笑いながら走り去ったガルムの方向を見ていた。
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「早く...しないと」
ナーマはさっきガルムと合流しようと話したにもかかわらず焦って飛び出したのには理由があった。
それは、マーナが襲撃される可能性が高いと感じたからだ。
マーナだけでなく、グリーダの魔導具や強力な呪いの呪詛であるものなどがたくさんあるため、それらを一部でも奪われれば大変なことになりかねない。
「あんな野郎に守りは任せられない」
しかし、それ以上に心配なのはそれを危惧したグリーダが守護を任せた相手だ。
ナーマが個人的に嫌いな相手、リングル。
マーナを口説こうといつも行動するその姿はナーマにとって敵に他ならなかった。
「グリーダに再転移してもらって帰還しないと...危ない(いろんな意味で)」
というわけでナーマが急いで行動していた。
いくら元《十ノ頂》であっても後遺症の残る傷を負ったリングルは、現役の頃に比べてはるかに力は落ちているので、大勢で攻められたらおそらく勝ち目は薄いだろう。
ナーマはそこも考慮に一応入れていた。
ナーマは迷宮内の伏兵の真横を突っ切ったりしていたが、16倍速で神速魔法を常時発動しながら走っているのでまず間違いなく常人は追いつくことすら無理だろう。
「どうやってこんな兵士を集めて...いや、今はそんなことはいい。とにかく早くしないと」
ナーマは周りの魔力を感知することによって、迷宮の中心部に向かって進んでいる。
目印は、グリーダの魔力とその付近にある謎の膨大な魔力。
否、魔力とも言い難い不吉なエネルギー体のような魔力に近しい何かだ。
「完全停止は温存しておかないと不味い。この速度が戦闘に支障をきたさない最高速度。間に合って」
ナーマは迷路に沿っていくのを諦め、壁を切り裂いて真っ直ぐ最短で向かって行った。
「...っ?!危ない!!!」
「え?」
ナーマが壁を切り裂き進んだ先に、明らかに場違いな少女が立っていた。
その見た目は毒々しい紫色の髪に白い地味なワンピースを着た小さなテディベアを抱きかかえた人形のような白い肌の女の子だ。
(不味い...このままだと当たる)
ナーマは勢いを横にそらして倒れこむようにして少女を避けてその勢いで受け身を取りながら身軽に立ち上がった。
「あなたは誰?」
「...エルナ、それが私の名」
ナーマは、他世界に行く際に使う偽名を目の前の少女に名乗った。
「うん、嘘だよね」
「どうしてそう思う?」
「だって...私は全部知ってるから」
少女の周りに突如として現れた瘴気のような魔力が粘性を帯びてるかのようにネットリとナーマに近づいてくる。
「クッ?!」
ナーマは高速で少女に近づくと手に持った剣を躊躇なく振り下ろした。
「何かされる前に終わらせる!」
「無理だよ...だってね」
ナーマにネットリと絡みつく魔力が振り下ろそうとした剣に反応するように硬質化した。
「ねえ、一般人かと思った女の子にやられる気分はどう?...親切りのナーマ?」
「何故...それを?」
ナーマの全身に巻きついた魔力はナーマを締め上げるように力を強める。
「多分もうわかってると思うけど、私たちはね、あなたたちのことを何もかも知ってるの。どんな魔法を使うか、どれだけ強いか、どんな魔法が相性いいか、そして...どんな過去を持っているのか」
「私たちに不利な相手を押し付けるため...」
「うん、みんなそうだけどそうじゃなきゃ勝てないからね。私に関してはただここの見張りをしてただけだけど...丁度よくここに突っ走ってきたから相手したの」
「あなたから見たら私は間抜けな出る杭...」
「そう、あなたは間抜けで愚かな強敵、さっきまではね」
目の前の女の子は、懐から淡い紫色の液体のついたナイフを取り出した。
「しばらく眠ってもらうからね。恨まないでね」
「何を...するつもり?」
体の自由を奪われたナーマの首筋にナイフをスッと当てて、赤い線が一筋入った。




