二章十話
「ねえナーマ、あなた少し弱くなった?」
「そんなことはない。元々大多数が苦手なだけ。敵が私の苦手な戦い方を押し付けてきた結果」
ベルナードとナーマは椅子に腰掛けて、ベルナードはナーマに少しからかいながら話を進めた。
「そうね、見てて思ったけど一体一体に対して威力が過剰すぎて半分以上原型とどめていなかったもの、手加減できてる?」
「手加減自体はできる。魔物たちの力がどれだけのものかわからないから本気で切り刻んだ。疲れるけどそれが手っ取り早い」
ナーマは澄まし顔でティーカップを持ち上げて口に運んだ。
先程まで戦っていたなど微塵も思えない雰囲気で紅茶を楽しむ二人。
だが、一瞬たりとも警戒を解かずにかつ表に出さず次なる刺客を待っていた。
これは、第一波に過ぎないものだと言う事をわかっていたからだ。
また第二第三の敵が襲ってくることを承知でこのようにお茶を楽しんでいるのだ、どこで見られているかわからない以上無警戒のふりをしておびき寄せる方が都合がいい。
「マーナは部屋であれから眠っちゃったわね。しばらく起きないと思うから夕飯は部屋にでも置いておきなさい。マーナなら勝手に食べるでしょう」
「ん、そうする。お粥作って部屋の中に置いておく」
現時刻は既に昼過ぎで、ベルナードはナーマに昼飯を作ってもらっていた。
「それで?話は戻るけど、奴らの目的は世界眼で確定でいいのかしら?」
「そのはず。それ以外に私たちに向かって行くメリットがない。それと、グリーダの持つ魔道具あたりももしかしたらありえるかもしれない」
「グリーダの魔道具...ね。それなら奴らが本気になるのも無理はないかも」
ベルナードとナーマはそれぞれの推論を話し合い始めて、しばらく経過した。
「つまり、敵の大まかな目的は支配か破滅か。そのどちらでも私達は邪魔で世界眼に関しては私達の手中にあれば計画はまず無理。だからまず世界眼を狙った。そう考えるのが妥当かしらね」
「現在考えられるのはそこまで。敵の計画はどうでもいいけど、マーナを傷つけようとした。もう許さない」
ナーマが軽く歯を噛み締めて、表情を歪ませるのをベルナードが横目で見ながら、敵の目的を推測し考えにふけっていた。
(奴らが本気で世界眼を狙うとしても、ここまで堂々とするなんて明らかに異常。それとも他に目的が...?それでも手がかりがないと確信ある情報が...)
「......ルナード、ベルナード!」
「え?ああ、ごめんなさい。少し考え事してたわ」
「考え事は後にして。それと、ザインが前にグリーダに渡していた謎の手紙。あれがなんなのかなんとなくわかった気がする」
二次降神。
その二つの文だけ書かれた紙をザインは見つけてグリーダに見せた。
それをグリーダが解析して出発前にナーマに渡していた。
「これはすごく大切なものだから、ここに残るなら渡しておく。グリーダはそう言っていた」
「この紙切れにそこまでの重要性はなさそうだけど、グリーダが言うなら間違いなさそうね。で?何がわかったの?その紙に書いてあることから察すると神話関係の都市伝説とか?」
「そんなとこ、だけどそこじゃない。この紙に魔法がかけられてて、誰かに転送されてザインの部屋に置かれた。つまり、設置したのが誰かという話になる」
「なるほどね。でも、誰が送ったなんて特定するには世界眼でもないと厳しいと思うけど」
「そう、それに、今私達の置かれている状況が戦争の前段階だと仮定すれば自ずと答えは見えてくる」
「...私達の関係者」
「それしかない。だとすると、候補として上がるのはリングル...かしらね」
かつて《十ノ頂》を辞退した男、約二百年前にも遡るが、魔法の負担と数々の戦闘による負傷によって《十ノ頂》から降りた者がいた。
その者は、神族でありながら他種族の血を引く特殊な種で、周りから蔑まれていた。
辞退した後は、ガルムがその座を受け継ぎ炎帝として名を馳せた。
だが、そのことについてベルナードが口にした瞬間、少しだがナーマの表情がぶすっとしたものになった。
久しぶりに表情がここまで変わるのをベルナードが少し微笑ましく見ていた。
「あいつ、嫌い」
「まあ、気持ちはわかるわ...。でも、近いうちに接触はありそうよ。でも良かったじゃない。あくまで味方よ」
「あいつの場合敵の方がいい。味方だと殺せない」
「殺しちゃダメよ。あと、ナーマの先輩なんだからあいつ呼ばわりも駄目よ」
ナーマが露骨に嫌う元《十ノ頂》《槍皇》、リングルという名前の男で良くも悪くも八方美人な男だった。
ナーマが毛嫌いする理由はそこにある。
事あるごとにマーナにアプローチを仕掛けてくるリングルに対して怒り心頭のナーマ、その事情を知っているベルナードはできればその男と関わることはしたくなかった。
「あの腐れ野郎。殺す」
「ナーマ、嫌いなのは十分わかったから落ち着いて。紅茶もっと飲む?」
「マーナを誘惑して、殺したい。...紅茶頂戴」
ナーマは手が力みすぎてティーカップがプルプルと震え出すほど怒りをあらわにし、ベルナードはそれを華麗にスルーして紅茶を注ぐ。
「それで?いつ会いに行くの?」
「いや、私たちからは会いに行く気はないわ。私も嫌だし...。そうねぇ、リングルなら自分から来るんじゃないかしら?」
「...ッチ!」
ナーマが露骨に嫌な顔をして舌打ちし、紅茶をごくごくと飲んだ。
ここまで感情が表に出たナーマは何十年ぶりだろうかとベルナードは思い返したが、今はそんなことは無駄だと悟った。
「頭の悪い敵。何で元《十ノ頂》まで敵に回すのかしら...。一周回って尊敬するわ」
「馬鹿の極みならそれでもいい。警戒するに越したことはない。故に私も本気で戦う」
「はいはい、本気でやるのはいいけど妹の二の舞にはならないでね。頼むから」
ベルナードは一言そういうと紅茶セットをしまってリビングの出口に歩いて行った。
「ベルナード、どこ行くの?」
「マーナの容態をね。まだ寝てるだろうけど、魔力その他に異常がないかよ。別に用心に用心を重ねただけ」
「なら、私も行く」
ナーマも席を立ってベルナードの後についていった。
「別にいいのに...。行きたいならそれでもいいけど。マーナを起こさないようにね」
「分かってる。隠蔽魔法で隠れる?」
「起こさないようにするにはそれが手っ取り早いわね。そうするわ」
ベルナードは自身とナーマの周りに魔力を纏わせて姿と音を消した。
ついでに魔力も感知できないようにしてマーナの部屋に向かって行った。
「...まだ寝てる。異常な部分はない」
「そうね、わたしにも異常な点は見当たらないわ。敵がマーナを拉致しようとした時に何か仕掛けたと思ったんだけど」
ベルナードの予想は外れて少しがっかりしてマーナの部屋を後にした。
「それじゃ、私はもう妖精世界に行くわ。あっちでも一応調査しておかないといけないことはいくつかあるし」
「そう、夕飯食べていくのかと思った。後で一緒に作ろうと思ってた」
夕日に照らされている草原の上でベルナードは水晶の魔道具を地面に置いて周りに魔法陣を作った。
帰還用の魔道具と違い、手間のかかるこの魔道具はマーカーのある場所に転移することができる便利な魔道具だった。
帰還用の魔道具はマーカーが持ち運びできないので拠点の地下に設置してある。
「また今度ね、遠征からみんな帰ったらご馳走してちょうだい。楽しみにしてるわ」
「とっておきの作る。まってて」
ナーマはいつのまにか表情がほころんでて穏やかな笑みを作っていた。




