二章五話
「ん〜。見ーつけた」
マーナの寝室、そこにいるのは黒い暗殺者の様な格好の女だった。
その女はマーナのベッドに近づき様子を伺っていた。
現在眠っている様で、動く気配はない。
「さて、回収回収」
女は用心に用心を重ね、魔法で身体の自由を奪うために光の輪のようなもので手足を拘束した。
マーナはそれでも起きることはなく、抵抗することなく女に担ぎ上げられた。
「それじゃ、退散〜」
女は意気揚々とマーナを持ち上げて部屋を後にした。
部屋の中に漂う魔力を気にもとめずに。
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「これ、ほっとけばナーマ激おこね」
ベルナードは拠点に戻ってこれたはいいが、ナーマは外で魔物と絶賛大乱闘をしていてマーナは睡眠中。
特にナーマの方には介入する必要はないと思ったが転移しておいてよかったと思った点が一つだけあった。
「敵の目的がはっきりした。世界眼...そりゃあ考えれば当然ね」
ベルナードは目的を察知すると急いでマーナの寝室に向かった。
部屋に向かう途中にいくつもの罠を張り巡らせて。
「最悪、この拠点爆破...なんてありえるわ。これは」
ベルナードにしか見えない魔法陣がいくつも拠点の中に配置されていてまるで拠点そのものがダンジョンの様な罠の数だった。
「まあ、後でなんとかすれば何も問題はないか。それじゃあ、始めますか」
黒い格好の拘束されたマーナを抱えた女が部屋を出て、廊下を悠々と歩いていた。
マーナは気を失っていて軽度の睡魔の魔法がかけられていた。
「ん〜楽勝楽勝」
女は初めから、全ての罠の存在に気づいていてあえて気づかないふりをしていた。
ベルナードの存在にも気づいていて油断をさせるために全て気付かぬ無能を見せつけていた。
だが、撤退する前に後ろに振り向きベルナードに挑発するように言った。
「何か、言い残すことは?」
隠蔽魔法を解いたベルナードは女にゆっくりと近づいていく。
ベルナードが一歩歩を進める度に女は一歩後ずさる。
ベルナードが出口側にいるので逃げようにもそれは難しいだろう。
「へぇー。私には本気出すの?」
「まあ、それはあなたの実力次第ね」
ベルナードは先ほどの戦いと同じように白い髪に狼の耳と尻尾。
獣系族本来の姿になったベルナードは魔力を放出し、臨戦態勢に入った。
室内に魔力が充満し、空気が重くまるで重力が何倍にも膨れ上がったようだった。
純粋な魔力をその身に纏い、まるで消えたかのような速さで駆け抜けるその姿は、まさに閃光そのもの。
「けど、私には届かないね」
ベルナードの拳撃は空振り周りを衝撃波で揺るがした。
「ふふふ、あなたの魔法は全て調べたからね。私にはあなたがどんな戦い方をするのかも全力がどの程度なのかもわかってるよ。あなたは私を倒せな...」
「だから、なんなの?」
攻撃を外し、煽るような言い方をされても、ベルナードはいたって真顔だった。
「よ、余裕だね〜。さっきの攻撃がなぜ外れたのかもわからないだろうに」
女はさっさと終わらせようとマーナを抱えて出口に立っているベルナードの方に走り出した。
「どうせ攻撃が当たらない。なんて、バカなことを考えるのはやめなさい」
「グハッ!?な、なんで...」
女は何もないところで殴られた感覚になりそして吹き飛んだ。
「あなたの魔法、最初見たときから気づいていたわ。光の屈折。私に間違った位置を認識させ攻撃を誘導する」
ベルナードは解説しながら女の方に近寄りすぐそばで立ち止まった。
「けど、効果が発揮されるのは一人だけ」
「そ、そこまで知ってたのか。でも、あなただけしかこの場には...まさか」
女は何か思い至ったように驚き絶望をあらわにした。
「あなた達の作戦は失敗ね。そうね、ここで種明かしをしましょうか」
そう言ってベルナードは何もないところに手を添えて魔力を流す。
ガラスが割れるような音とともにベルナードの隠蔽魔法が解除される。
「ベルナード、流石にずるい気がする」
「いいのよ。殺し合いにずるいも何もない。ルール無用で相手を殺せればそれでいいの」
何もないところからナーマが現れてマーナをおぶりベルナードの横に立った。
「はは、あいつは死んだか」
「死んでない。私が殺し損ねた」
「なんだぁ〜。じゃあ私は捨て駒...尻尾切りにでもされたんだね」
女はだらんと力なく横たわり抵抗なくナーマとベルナードの方をじっと見ていた。
「殺すなら殺してよ」
女はいっそ拷問されるくらいならここで死ぬことを望んだのだろう、ベルナードに殺せと言った。
「安心しなさい。あなたには殺すのも拷問もしない。ただ...」
「な、何よ」
「あなたには、私たちに今後手を出すなって上に報告しておきなさい」
「は...、はぁ?」
女はあっけにとられてベルナードの言葉を頭の中で何度も繰り返していた。
「それって、そっちになんの得が...」
「無駄な犠牲が減る。それだけで私たちには十分な利益になる」
ベルナードは疑問に率直に答え女はさらに驚き目を見開いていた。
「もし、言わなかったらどうなるの?」
「その時は、あなたの仲間がこっちに攻めてきて私たちが皆殺しにするまでよ。あなたが言わないならあなたの上司かなんかが必ず次の刺客をこっちに送り込む。そうなればさらなる被害は避けられないわね」
ベルナードは、言わなければ全てが終わると遠回しに言っていることを女は察して立ち上がった。
「へ、へぇ。そうなんだ。あくまでも正当防衛を取る...か。そっちはいくら法を破ろうともさして影響はないのにね」
女は皮肉っぽくベルナードを罵倒するが当の本人は全くきにする様子はなくむしろほんの少し笑みを浮かべていた。
「そう。それじゃあ、仮に私たちが法を定めなかった場合、全ての世界が無法地帯となって全て滅ぶ...そんな結末を迎えるのが必然。そうは考えなかったの?」
「ぐ、それは...」
ベルナードは相手を論破する勢いで正論を立て並べ、全く動じない。
「まあ、こんな話正直どうでもいいんだけど。そっちの方に少し手こずってたみたいだから」
「ベルナード、魔法の解除終わった」
ベルナードが自身の真後ろに振り向き、女もそこに視線を移すと、意識を戻し拘束が解けたマーナとその横にナーマが立っていた。
「今回は撤退...私は情けをかけられた訳か。完敗だよ。上にも報告しとく。《十ノ頂》には気をつけろって」
「それでいいわ。用が済んだなら帰りなさい」
ベルナードがそう言うと、女はそそくさと帰路に着いた。
「あ、そうそう、最後に名前を聞いて置こうかしら」
「...それを聞いてなんになるの?敗者の名前なんて」
女は暫く考えた後、口を開いた。
「カルン」
女は去って行った。
「罪人を殺すのではなく抑制する。昔はグリーダによく言われたわね」
昔、グリーダは罪人に対してあるべき姿をベルナードによく教えていた。
『殺すべきは罪人ではなく罪そのもの』
ベルナードは、その言葉をきっかけに罪人を減らすために活動するようになった。
それはやがて、組織的な罪人集団に対する強力な抑止力になっていた。
今回のような方法で暴れることがなくなった組織も多い。
「世界を管理すると言うのは殺すだけじゃないものね」
ベルナードは、一つのペンダントを握りしめて真剣な顔でそう言った。




