二章四話
「ごめんね、お姉ちゃん...。私のせいでみんなも調査に行くことになって」
「マーナは悪くない...と思う。いつも負担をかけていた私たちの方に非がある」
マーナの寝室で、ナーマはマーナの面倒を見るために残り、頭を撫でながら優しい表情で慰めていた。
マーナはある程度落ち着いてきていてまだまともには魔法は使えないが発熱などは少しづつつ良くなってきていた。
「お姉ちゃん...。私、みんなの役に立ててるのかな。いつも私は戦えなくてさ、みんなはそれでもいいっていうけど、私」
「マーナ!そんなこと言っちゃダメ。マーナはちゃんと役に立ってる。みんな信用してる...。それは私が保証する」
「え?え?お姉ちゃん?!」
ナーマは思わずマーナのことを抱きしめていた。
「昔から変わってない。こんなこと、みんなの前じゃできないから。今くらいはこうさせて」
「っ?!はぁ、もう、これじゃあどっちがお姉ちゃんか分からないよ」
ナーマはマーナの背中をポンポンと叩いて頭を撫でていた。
この二人が寝室にいる間に、この世界に大量の魔物が襲いかかっていることなどマーナはは知りもしなかった。
マーナが寝息をたてて眠ってしまったのを確認すると、ナーマは外に出て広がりゆく草原を眺めていた。
「絶対に...守る!」
ナーマは外に出る際に持ち出したふた振りの短剣を逆手に握り、目の前にそびえ立つ魔物の塊を見据えていた。
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魔物たちを率いて聖域に突入し、圧倒的な物量で進軍している張本人は、魔物の中心部におり、《十ノ頂》の拠点を見て愚痴をこぼしていた。
「なんだ、こんな拠点私の魔物を使うまでもないじゃないか。なんで私なんかをこんなところに...ブツブツ」
細身で悪人面をした男は巨大な翼竜の背にまたがり結界を発動して自身の安全は確保していた。
「情報によれば現在待機者2名。内一名は戦闘不可能...か。世界眼が目的とはいえ簡単すぎませんかね」
男は情報が記載されている資料を読み返して今回の任務は簡単だと思い他の魔物の進軍速度を上げてさっさと終わらせるように命令した。
「ふふ、これで私の地位は鰻登りですねぇ」
男はいやらしい笑みを浮かべて草原に嵐のような勢いでナーマに迫っていた。
だが、そのことは魔物たちも、その男本人も気づかずに《十ノ頂》の拠点を目指していただけだった。
「消えて」
「は?何を...」
男の首は吹き飛んでいた。
一瞬にして現れたナーマに首を蹴り飛ばされたのだ。
グリーダとの契約魔法は《十ノ頂》全員が受けているもので、その契約魔法には身体能力を向上させる効果がある。
吸血族の最強との契約によって生み出された身体能力に神速魔法。
ナーマを止められたものなど今までグリーダくらいしかいなかった。
だが、その強さをもってしても、最初に男を倒したのは悪手だった。
魔物たちを制御するものがなくなり理屈なしに暴れまわる。
先程までは統率の取れていたそれらは今ではバラバラに、統率など無いに等しい状況だった。
そして、ナーマを無視して拠点まで走り出す魔物もいればナーマを直接狙うものもいた。
「...マーナは守る」
拠点に走り出した魔物を優先的に切り刻み自身を直接狙う魔物は捌きながら泳がせる。
しばらくすると、魔物たちも本能でナーマを先に倒さなければいけないと悟ったようで拠点に直接走っていく魔物はいなくなった。
それから先、何体倒したのだろうか。
いくら神速といえども万にも及ぶ物量には流石に辛いものがある。
「ミリアの魔物以下。大丈夫...勝てる」
ミリアの魔物と比較すると数も質も全く及ばないがそれでも大群であることには変わりがない。
だが、毎秒何体も倒し続け確実に数は減っていた。
「でも...これだけで私たちに挑むとは思えない。何か...ある?」
疲弊しきった体を動かしながら思考を巡らせ、起こりうる可能性を想定していた。
事実、ナーマは手数には不利だが現状渡り合うことができている。
疲労はたまっているがそれでも押されている雰囲気はない。
つまり、戦力的にこれだけで攻めてくるのは余程頭の悪い奴か何かまだ隠し球が残っているという二択が思い当たった。
もし後者ならば、これ以上の消耗は避けたいところだが、まだ魔物はたくさん残っていた。
自分だけ逃げるのは簡単だが、そうすればマーナは確実に無事じゃ済まないだろう。
「一気に終わらせる」
ナーマがそう言うと、短剣が光り出し足元に時計の様な模様の真っ白な魔法陣が浮かび上がった。
そして、短剣で自身の指を少し切って血を一滴垂らすと、魔法陣の色が白から青くなり、魔法陣から地面を侵食していく様にどんどん景色から色彩が消えて行った。
そして、全てが止まった。
「消耗はしたくない。全て終わらす」
ナーマは走り全ての魔物の喉元を切り裂き頭を蹴り飛ばし、止まった魔物を蹂躙して行った。
その姿は、まるで舞い姫の様な可憐でたくましい風貌だった。
だが、魔物を八割方倒したところで魔法陣にヒビが入りパリンとガラスが砕けたかの様な音を立てて割れた。
周りの色彩が戻り魔物のほとんどが血しぶきを上げて倒れ伏した。
「はぁ...はぁ...。あと、少し」
ナーマは短剣を握り直して息を整えて、残りの魔物を見据える。
魔物は目に見えて減っているが、まだ数十匹は残っていた。
残りの体力を考えて全滅させることができるかできないか程度だ。
ナーマは残りの敵の数を確認して、ある魔道具を起動した。
「簡易召喚術式起動」
手に持っていたキューブを投げると目の前で弾け、一瞬にして魔法陣が展開される。
「ミリアに貰った魔道具...。お守りだったけど、ここで使う」
ナーマが使ったのはミリアが所有している魔物を簡易的に瞬時に呼び出すことができる。
ただ、呼び出していられる時間は限られているのでミリアには本当にきつい時に使うことをよく勧められていた。
「これ以上の消耗は避けたい」
魔法陣から召喚されたのは影を纏い腕は途中から鋭い刃の様な形状をした人型の魔物だった。
『ミリアの友が危機に瀕していると伺って参りました。命を』
「...シャドウリッパー。このあと何があるかわからない。消耗するのは不味いからお願い」
『御意』
シャドウリッパーと呼ばれた影をまとった魔物は敵の影に乗り移り背後から鋭い刃で体を引き裂いていた。
俊敏な動きでどんどん敵を切り倒しそこら中に魔物の死体が転がっていた。
「これで...最後」
ナーマが巨大な牛の魔物の首を切り落として、周りには魔物がいなくなった。
「シャドウリッパー、帰還の許可」
『御意』
シャドウリッパーはナーマの影の中に潜り込みそのまま姿を消した。
「いやはや、お見事ですねぇ。遠目から見ていて壮観でしたよ」
「な、なんで生きてる?確実に殺したはず」
いつのまにか背後に立っていたのは、最初に殺したはずの魔物を率いていた男だった。
「いやぁかんたんですよ。ドッペルゲンガーという魔物を使って囮にしていたんです。まさか、あなたが気づかないなんて思いませんでしたが」
「...まだ戦うつもり?もう戦力は残っていない。あなたは八方塞がり。逃げようとしても私の方が速い」
「おやぁ、なんとも威勢がいいことで。ですが、そろそろお暇させていただきますね。上は時間にはうるさいですからね」
「させない」
ナーマは神速魔法を発動し、距離を一気に詰めると喉元を切り裂いた。
「なっ?!こ、これは」
その男は蜃気楼の様に短剣が透けて空振りナーマはその勢いのまま一回転して態勢を立て直した。
「あ、そうそう、うちの仲間があなたの妹さんを狙ってるので気をつけて」
「何を...言って」
そう言って男は姿を消した。
「マーナが危ない!」
ナーマはマーナの寝室へ走り出した。




