一章二十二話《出発》
結果から言ってしまえば簡単だった。
惨敗だ。
しかしよく考えてみれば、改変魔法使いなのに空中戦を挑むのは自分ながらどうかしていたと思う。
グリーダが飛べないなんてことは絶対にありえないのはわかっていたはずなのに。
ただ、昔よりも成長した自覚はあるし何より魔法の幅も広がった。
「さて、地面に倒れてないで早く立ちなさい。もう人間世界にいくんでしょう?」
「いや、無理無理。魔力切れで立てない」
今、俺の体は外傷も全て回復し、もう全然動けそうな状態だ。
ただ、それはあくまで体だけは。
身体的な問題は全然大丈夫なのだが魔力的な問題が深刻な状態になっている。
魔力を消耗しすぎて体に十分に行き渡っていないのだ。
「しょうがないわね」
グリーダはそう言って倒れている俺の目の前にしゃがみ手を握った。
「っ?!痛ってえ!」
いきなり身体中に激痛が走りそのまま地面から飛び起きた。
身体中に熱湯かけられたように熱く痛い。
「それ、前もやめろって言ったよな?特訓後にいたずらでやるのやめろって...」
「今はしょうがないじゃない。本当に魔力がなくなってるんだもの。魔力は補充しといたほうがいいでしょう?」
「それはそれだけどな...」
兎にも角にももうすぐ人間世界にいくことになるからしばらくはここにいられないか。
ただ、何度も言われていたがあくまで数日から数ヶ月で、マーナがいないから現地での調査をしてこいと言うものだ。
別にビクビクしながらやると言うものでも無い。
もうすでに腹をくくってるし覚悟もできている。
なによりも久しぶりの人間世界でワクワクしている自分がいるのもまた自覚している。
「どうするの?もう出発する?」
グリーダは立ち上がった俺に近づき顔をずいっと近づけて聞いてきた。
「なんか距離近くないか?」
「そうかしら?まあ、別にそんなことどうでもいいけど」
「そうか...」
カチャリ。
金属のようなものが俺の腕にはめられた。
それは腕輪のようなもので多分魔道具だ。
「なんだこれ?」
「それはね、いつもミリアが戦う時につけてるものよ。つけた本人は魔力を制限されるわ。制限される量は戦う時は戦う相手と同じ量に、それ以外なら用途によって制限される量が変わるわ」
「なんて便利な魔道具...」
それ、逆に言えば魔力を制御しなくていいと言っているようなものなのでは?
グリーダの作る魔道具は本当にすごいと思う。
「で、さっきの質問だけどもう出発するの?それとも少し残るかしら?」
「いや、流石にもう行くよ。久しぶりの人間世界だからな。ほどほどに満喫したいし」
「そう、あと、ザインの荷物に追加でお金をある程度入れておいたから金銭面では心配はないと思うわ。無駄遣いしなければ一人で数年暮らしていける程度には入ってるはずだから」
「うん?それ、どんくらいだ?」
「そこまで大したことないわ。せいぜい王族金貨30枚程度よ」
「うん、聞き間違いじゃなかったらそれ小貴族の全財産くらいあるぞ?」
流石に俺でもそれくらいわかる。
もともと俺の家はそこそこのお金の持った平民で父と母がどちらも市場で働いていた。
市場は結構儲かっていたが王族金貨なんて見たこともない。
ちなみにお金の価値は鉄貨→(×10)銅貨→(×10)銀貨→(×10)大銀貨→(×10)金貨→(×10)大金貨→(×10)白金貨→(×100)王族金貨となる。
つまり、王族金貨は鉄貨の一億倍の価値があるということだ。
それが30枚は数年どころではない。
「それ、どんな使い方したら数年で無くなるんだ?」
「そうね、ギャンブルとかで全部負けたら一瞬で無くなるわよ?」
「流石にそんな使い方はしねえよ」
「知ってるわよ。流石に今のは冗談よ。でも、このお金は一応私たちの稼ぎの一部よ」
「どんな魔物狩ったらこんな大金が稼ぎの一部とかそんなことになるんだ...」
「そうね、例えば古龍なんかを倒した時なんかはこれの十倍くらいは貰ってたわね」
「古龍...かぁ」
もう古龍と聞いただけで考えるのをやめた。
ただ、それに関してはお金目的ではなく本当に一つの種族が滅びそうだったから仕方なく討伐に介入したらしい。
みんなの大体の稼ぎは、中級と上級の間くらいの魔物でなおかつ被害が多いのを優先して倒しているらしい。
そしたらいつの間にかこんなにお金が増えてむしろ持て余しているらしい。
しかも、種族ごとに異なるお金をそれぞれ貴族よろしく持て余してるそうな。
みんなは大してお金の使い道とかもないが、魔物は倒し続けているという現状ではお金は必然的に大量に増えていってしまっていた。
「でも、流石に無駄遣いさせるわけにもいかないからこれくらいってわけよ」
「これでも結構無駄遣いできるぞ?だって遠征数ヶ月だよな?!」
もう、みんなの実力以前に財力に関しても驚きを通り越して呆れてしまう。
前に下級貴族くらいしか稼いでいないとかなんとか言っていたが、むしろこれ王族の稼ぎと同じというか一つの国くらいの財力がある。
確か、公爵家の平均年収が王族金貨100枚前後だから...うん、そう考えても相当だね。
「まあ、お話はこれくらいにして早速転移魔法を使うわよ。場所は...そうね、ザインの故郷の帝国あたりなんてどうかしら」
「ああ、そこにしてくれ。そこなら大体の地理はわかる。他と比べてやりやすいしな」
「了解よ。それじゃあ、始めるわよ」
そして、グリーダの魔力が一瞬にして膨大に膨れ上がった。
そして、俺は光に包まれた。
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「はあ...はあ、なんで」
くらい路地裏。
人気のない薄暗い場所で一人の少女が一心不乱に走っていた。
「グギギギギ!カガァ!」
その後ろから薄汚いゴブリンが三匹ほど追いかけていた。
その少女は見た目は十代前半でボロボロの服に黒髪、明らかに何日も寝ていないと思われるほどくっきりとクマが残っていた。
「なんで、街中にゴブリンが...。私じゃ逃げ切れない」
ゴブリンは追いかけている途中で道に落ちていた石を投げつける。
その石は少女の太ももに命中し、痛みで悶え勢い余ってそのまま転倒した。
「ぐぅ...いったぁ」
少女は涙目になりながらもなんとか這いずって進もうとするが流石にゴブリンたちに追いつかれてしまう。
(私、ここで死ぬのかな)
黒髪で忌子と見なされ貶され、暴力こそなかったものの批判的で差別的な視線に苛まれ、貧民街で貧しく暮らしていた少女は自分の人生にはろくなことがなかったなと今までを走馬灯のように思い返していた。
「助...け...」
そして、ゴブリンが錆びついた刃物で斬りかかろうとのしかかり刃物を振り上げたその時だった。
地面から煌びやかな短剣が数十本にも及ぶ数現れて空中で飛び回りゴブリンたちを切り刻んで行く。
少女には刃物は当たらないものの返り血によって真っ赤に染まっていた。
「ふぇ?あ、あれぇ?」
少女は訳もわからず混乱してあたりを見回すがすでに飛び回っていた短剣も消えてゴブリンの残骸と返り血に濡れた自分だけが路地裏に取り残されていた。
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「流石にやり過ぎたか?」
人間界についてグリーダに調査に取り組めと言われていたので魔力探知を起動するやいなや、早速魔物の気配が...って思って家の屋根に登って上から確認したら女の子がいたから各個撃破で小型の剣を生成して切ったのはいいけど。
「あの子、血でびしょびしょだな」
とは言ってもこれくらいしか助ける方法が思いつかなかったからな、返り血くらいは我慢して欲しいんだが。
「でも、服装からして貧民街の子か?」
俺がここ、人間世界にいた頃はふつうに平民で、かもなく不可もなくという生活を送っていた。
ちなみにちゃんと学校とかも通っていたので基本的な知識とかはちゃんとある。
とまあ俺はそんな感じで《十ノ頂》になる前はふつうに暮らしていたのだが、最近は普通の感覚が麻痺しているのかもしれない。
ふと、女の子の方を見てみると、返り血を浴びて一周回ってもはや呆然として口をぽかんと開けて黙りこくっている。
よほど現実味がないのか...。
流石にあんな状態で放置するのはかわいそうだと思ったので屋根から降りて女の子の方に向かって歩いて近づいた。
「だ、誰?」
まあ、そりゃそうなるわな。
魔物に襲われてそれが一瞬で切り刻まれる。
その後に知らない男が現れたらそりゃあそんな反応するわ。
「俺は敵じゃない。別にあんたをどうこうしようってことでもないよ。ただ、血まみれの女の子がいたらほっとけないからな」
「えっ、あ、あの」
あ、混乱し過ぎて舌ったらずになってる。
「とりあえず、その返り血をなんとかするか。ここからだと...あそこか」
帝国内には、いたるところに大衆浴場と呼ばれる大きな風呂の施設がある。
一家に一つ必ず風呂があるわけではないのでそういう家はそこを利用して生活している。
料金は比較的安価だが、大人数が入浴しているので施設側の利益も赤字にはならないらしい。
まあ、今はそんなことはどうでもいいとして...この子をどうするか。
血まみれで街中を歩いていたら確実に変な目で見られる。
「これでいいか」
地面に手を置いて慎重に改変魔法を発動させる。
服の改変、動物性繊維の服は作れないが植物性繊維の服は作れることがわかっているので早速作成に取り掛かる。
本当に、よく考えるとこの魔法戦闘以外でもなんでもありだな。
デザインは...ミリアがきてるような派手なデザインの服はやめよう。
ナーマがきてるあたりのやつがちょうどいいか。
ナーマがいつもきてるのは、色はたくさんあるがそこまで派手ではない長袖の洋服に膝丈よりも長いスカート。
それくらいがちょうどいいか。
そして、いつも使っているのと同じ要領で魔法を行使していく。
慎重に形や性質、肌触りなどを調節していくつかの付与も施してやる。
付与はおまけだ。
とりあえず、下着までは作れないので洋服とスカートを作って女の子の方に振り返った。
「何で...魔法?」
「ああ、そうだな。それと服を...いや、まずはこれだな」
できた洋服とスカートを畳んで女の子に手渡そうとしたが、やっぱり手も汚れていたので俺はある方法を考え実践した。
それは、手についた血を改変魔法によって他の物質に変えて取り除くこと。
微小な埃も全て取り除けるわけではないので万能ではないが、汚れが目立たない程度には取り除ける。
早速手についていた血に改変魔法を施した。
すると、血はみるみるうちに一箇所に集まり地面に落ちて、一つの手のひらサイズの鉄球になった。
「あ、全身に付いた血を取り除いたから。これ、後ろ向いてるから終わったら教えてくれ」
「え?こんな、いただけません...」
「いいから着てくれ。着ないと作ったのにもったいないからな。着替え終わったら教えてくれ」
そう言うと、何か言いたそうだったが頷いて、それを見た俺は後ろを向いた。
そのすぐ後に布の擦れる音が聞こえて、しばらくすると「どうぞ」と言う声が聞こえた。
俺が振り返ると、そこには着替え終わった女の子が立っていた。
「うん、似合ってるな」
「そうでしょうか。ありがとうございます」
女の子は少し恥ずかしそうに頭を下げてその顔は少し赤くなっているのが見えた。
「それじゃあ、それなら街に出ても問題ないな。そろそろ行くぞ」
「え?私もですか?」
「いや、それ以外にあるか?行くぞ」
一度助けたにもかかわらずここでのたれ死んでしまっては目も当てられないので、多少強引だが手を握って歩き出した。
「で?お前の名前は?」
「え?あ、リアナ...です」
「リアナって言うのか。じゃあリアナ、しばらくは俺が面倒を見る」
流石に中途半端に助けて放置はかわいそうだしな、適当に働き手が見つかるまでは面倒を見ることにした。
「一緒に...ですか。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
リアナは理由がわからないらしい。
でも、俺だって自分が貧民で誰か知らない人に助けられて養ってもらえるなんて聞けば何故か理由くらいは聞きたくなる。
「理由、ねえ。中途半端に助けたところでリアナは遅かれ早かれ死ぬ。だったら、働くことができるくらいまで養って働いてもらった方が俺の気分が楽だから...かな」
「それは、そう、かもしれませんね」
リアナは納得した様子で頷いていた。
「では、その厚意に感謝して私はあなたのそばで暮らします。これからよろしくお願いします」
リアナはそっと俺の手を握った。




