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85.

「……静かねえ」


「あの二人は多弁な方ではありませんが、やはりいないと寂しいものです」


 ヴァッカスも昼間、研究のためにいつものように私と話している時もちょっとだけ慣れないと笑っていた。

 彼もいつもと少しだけ違う空間に寂しそうにしていたし、ラニーもそう。

 お昼を一緒にするレイジェスも、今日は任務で朝からいなかったから……。


(そうね、寂しかったわ)


 今まで静かで私一人だった部屋が当たり前だったのに、いつの間にかそれがこうして大人数で過ごすことに慣れる日がくるだなんて。

 自分自身で望んだことだけれど、こうして近くに人がいないことを寂しいと思うようになるのは、良いことなのかしら。

 独りが良いこととは思わないけれど……依存にならないように気をつけなければ。


「……それでも、不思議なものね」


「何か仰いましたか?」


「いいえ、なんでもないわグロリア。今日は一日お疲れ様……すべてのことを任せてしまって申し訳なかったわ」


 夜になってラニーも、アニーの所へと行った。

 私は夜着に着替えるのを手伝ってくれるグロリアを労う。

 いいえ、本当に感謝しているのよ?


 だって、秘書業務も侍女業務も、今日はすべてグロリアがこなしてくれたんだもの。

 勿論、私の傍を離れられない以上細かな部分は他の侍女たちを使ったのだとは思うけれど、とても大変だったんじゃないかしら?


 だけど、私の言葉にグロリアは笑みを見せてくれた。


「なんということもございません。わたくしはクリスティナ様の手となり足となる者にございます」


「ありがとう。今日はゆっくり休んでちょうだい」


「お優しいお言葉に感謝いたします」


「明日は朝議もないし、少し遅めに起きても大丈夫だったわよね?」


「はい、問題ございません」


「それじゃあ、グロリアも明日はゆっくりしてちょうだいね」


「かしこまりました。それではクリスティナ様、お休みなさいませ」


「ええ、貴女も」


 一礼して去って行くグロリアを見送ってから私は寝台に座る。

 夜用に明かりは小さく灯されていたけれど、それもすぐに消えていくのだろう。

 魔力がない私にはどうせ灯せないのだから、さっさと寝てしまうのがいいのだろうけれど。


「それにしても見事な満月……」


 その明かりに負けないほどの明るさで室内を照らす、大満月。


 赤の、大満月。

 真っ赤で、今にも落ちてきそうなほどに大きくなったそれはため息が出る程美しい。

 たとえそれがただの言い伝えに過ぎなくても、確かにあれほど見事なものであるなら魔力がそこに宿っているのだと信じてしまうのは仕方ない話だと思う。


 ふと手を伸ばし、魔力を集中し浮かび上がらせる術式を唱える。

 それはごくごく初歩的なもので、己の魔力が一体何に適したものであるのかを知るためのもので、幼児ですらできるもの。

 

 伸ばした手の、自分のその指先から本来は蛍の光のように浮かび上がるはずの魔力は……やっぱり出ない。ないものはないのだから、当たり前なのだと私は自分のしていることが滑稽で笑ってしまった。


「それにしても、明るいわ」


 寝台と窓は距離があるのだからそこまで眩しいわけではないけれど、低出力のランプと同じくらい明るいものだから窓の近くで見たらもっと明るいのだろうかと私は近づいた。

 つい最近、赤い月を手にしたくて手を伸ばし、子供のようだと自分で呆れたのにまた同じことをしている自分がおかしくて、笑ってしまいそうだ。

 それでも昔よりも月は、嫌いじゃない。

 この静かな空気の中で、しんしんと光を落とすばかりのその大きな存在は、太陽ほどまぶしすぎず暑すぎず、人々が寝静まったこの時間に最も輝くのだと思えば……他人のようには思えなかった。


「本当に大きい」


 いつもの大満月よりも、随分と大きな気がする?

 特に何か問題があるとか、そんな話は耳にしていないからただの気のせいだとは思うけれど。


「手を伸ばしたら、届いてしまいそう」


 勿論、そんなことはあり得ないとわかっているのにそれくらいに大きいものだから私は思わず窓のカギを開けて、そっと開けてみた。

 夜特有の空気が部屋の中に流れてくるのは、酷く心地が良い。


 甘いにおいがするのは、花の香りだろうか?

 私の部屋に香りがするほど、どこか近くで咲いていただろうか。


(……違う、おかしい)


 頭の奥で、冷静な自分が警鐘を鳴らす。

 だけど、身体は言うことを聞かない。


 甘い香りに酔わされて、赤い月の輝きに目を奪われるばかり。


 私の目の前に、影が落ちる。

 赤い月を背景に、人影を私はただ茫然として見上げるだけで動けない。


(ああ、ああ、どうして?)


 頭の中ではどうにかしなくてはと思うのに、警護の人間はなにをしているのだろうとか、侵入者がこんなところまでって思うのに。


「クリスティナ姫、お迎えに上がりました」


 静かな影が、私にそう言う。

 男が伸ばした手が、私の顔の前に差し出されてほのかに輝いた。


(ああ、そうか、魔法を使われているのか)


 どこか間抜けな感想を抱く私に、男が小さく舌打ちをした。


「魔力なしだと効きが悪いとは聞いていたが、これほどまでとは……!」


(どういうこと?)


 それでも朦朧としてくる意識に、身体はまるで自由が利かない。

 力が抜けていく私を、男が横抱きにした。


 顔は隠しているけれど、私はこの声の主を知っている。

 どうして、どうして、そう思う。

 けれど、その中でやっぱりなとも思うのだ。


(でも、どうして)


 こんなことをして、なんになるというのかと怒鳴りたい。

 怒鳴りたいのに、自分の身体がぴくりともいうことを聞かない。


(レイジェス)


 気を付けると約束したのに。

 グロリアも、きっと気づいて後悔するに違いない。


 私が迂闊だったのだと、伝えることもできない。


 ぼんやりとする意識の中で、思うのはただあの人のことばかり。


(レイジェス)


 助けて、とか。

 怖い、とか。


 そんな言葉は一つも出ない。


 ただ、ごめんねって思うだけだ。

 迂闊な上に、魔力がないから対抗もできないだなんて。


 もし私が魔力持ちの、姉様みたいにすごい人だったなら、こんな魔法にかかったりなんてしないだろうに。


(レイジェス)


 愛しい人のことを思うだけで、私は何もできない。

 赤い月に照らされて、私はただ、連れ去られるままに――意識を失ったのだった。

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現代恋愛、高校生男児のちょっと不思議な恋模様。
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