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83.

 朝議の帰りに、庭を眺める。

 それが最近、少し楽しい。


 今まで幼い頃は、人の多い場所にある庭園は、私にとって怖い場所だったから。

 それでもやはり人目に付く場所にあるそれは、色とりどりの花が植えられていてとても美しい。私にとって、憧れに近い場所だった。


 勿論、大人になるにつれて人がいても表向き何を言われても平気だというふりをすることはできるようになっていたから、何度か眺めに来ていたのだけれど……。

 それでも口さがないことを言う人に出会えば、庭園を楽しむ気持ちよりも惨めな気持ちが勝って、いつも足早に去っていた。


(それが、つい最近まであったなんて変な感じ)


 勿論、今でも『残念姫君』って呼ぶ人がいる。

 それでも前よりはずっと減っているし、私自身それを……傷つかないわけじゃないけれど、前ほど気にせずにいられるようになれたと思う。

 それは側にいてくれるサーラであったり、キャーラであったり……グロリアやラニーのおかげ。


 そしてヴィンスとアルガンシアが仕立ててくれるドレスのおかげでもあると思っている。

 私のために仕立てられたドレスを身にまとい、人の前に立つ。

 お世辞だけではない「お似合いです」の言葉にどれほど心が救われることだろう。


 彼らは、私のために誂えてくれた。私に似合う、私のためのドレス!


「今年も花々が見事に咲いたわね」


 私がそう呟けば、後ろでキャーラが「そ、そそ、そうですね」といつものように少しだけどもって答えた。彼女も私と同じで、人の多いところは苦手だから少しだけ周囲が気になるようだった。

 ラニーはあんまり気にならないのか、ニコニコしていた。

 ちらちらと行き交う人々に視線を向けるキャーラに、少し申し訳ない気持ちになって気持ちを切り替えようと彼女の方を向く。


「そろそろ行きましょうか。ごめんなさいね、この後も予定が詰まっているんだったのに」


「い、いえ……! く、クリスティナ様は! 頑張っておいでなので、あの、あの、……息抜きしたいと、お、思っても、悪いことなんて、ございません……」


「ありがとう」


 むしろこうやって頑張る私を支えてくれて、やる気を出させてくれているのだから彼女たちの方が息抜きしたいんじゃないのかなあって心配になるのだけれど。

 それを聞いてみても彼女たちは何も言ってくれないから、今度何か押しつけがましくない程度に感謝の気持ちを込めてお給金を少しアップできたらいいなって思っているんだけど……これの相談先ってお父さまかしら、それとも兄様?


 そんな風に考えながら歩き出したところで、後ろから声がかかった。


「……キャーラ?」


 私にとっては見知らぬ男性の声で、それほど大きくなくて。

 まるで確かめるかのような小さな声だったけれど、確かにそれはキャーラの名前を呼んだ。


 そしてキャーラが、その声に顔を青くしたのも、見た。


「やはりキャーラか! なぜお前がこのような場所に……ここは文官たちが仕事をするような場所で貴様のような侍女に身をやつしたような者が……」


 嘲るような、怒りの声。

 それはキャーラを貶しめるものだと頭が理解した途端、私の感情がカッとなる。

 向きを変えるようにして、その声の主を見る。


「黙りなさい」


「な、に?」


「どこの誰かは知らないけれど、私の侍女に向かい無礼な」


 声の主である茶色の髪を持った男性を、私は知らない。

 けれど、その服装から下級武官であることは察することができたし、恐らく彼はキャーラたちが以前言っていた、仲の悪い兄というやつなのだろう。


 だけど、そう。

 兄妹の間で何があるのかまでは口が出せないにしろ、『私の』侍女を貶すことは許さない。私は彼女たちに守られているけれど、私は主としてできることをするのだ。


(そうよ、『残念姫君』に仕えることになった彼女たちが白い目で見られても、絶対に『王女』として守るのだと決めたの)


 万が一、彼女の兄ではなくて知人だった時のことも考えて、とりあえずは『王女付きの侍女』に対して無礼だという態度だけは崩さない。

 あちらもキャーラにだけ気を取られていたのか、ぽかんとした顔を見せていたけれどすぐに苦々しい顔を見せた。


「……これはこれは、王女殿下がこちらにおいでとは気づかず失礼をいたしました」


「誰に向かって発言する許可を得て口を開いているのです?」


「……!」


 平伏しろとは言わない。

 だけど、嘲ることは許さない。


 私は、王女なのだから。毅然とした態度で臨み、私の侍女が、騎士が、恥ずかしくないように振舞うのだと決めているんだから。


「キャーラ、この者は?」


「あ、ああ、兄上、です。レオーネン子爵家の長子、です……」


「そう。顔は覚えました。キャーラに免じその非礼は許しましょう、次はありません」


 心臓が、バクバクする。

 ああ、言ってしまった。声は震えなかっただろうか。顔色が悪くて見ていられないなんてことはないだろうか?


 キャーラからしたら、久しぶりに会う兄との間を邪魔したと思ったりしていないだろうか。

 やってから後悔するなと自分でも思うけれど、あの時……彼から聞こえた声は。

 私を嘲笑う人たちと同じ、見下す感情を隠しもしないものだと、思ったから。


 自分を重ねてカッとしたのだろうか。だとしたら私はなんて勝手な人間だろうか。


「クリスティナ様」


 さっと身を翻した私に、ついてくるキャーラの声が聞こえて体が震えそうになった。

 でも、彼女が小さな声で「ありがとうございます」って嬉しそうに言ってくれたから、ほっとする。


「行きましょう」


「はい!」


 キャーラの声が、朗らかになった。

 それだけで心がぐぅんと軽くなって、私も笑みを浮かべた。


 ああ、なんて現金なのかしら。

 そう思った瞬間だった。


「ちっ……『残念姫君』がちょっと婚約したからって、その姫君付きになったからっていい気になりやがって……!」


 その悪意に満ちた声が聞こえた瞬間、悲鳴が聞こえた。

 それはラニーが動いたからで、あまりの早業で、同時にキャーラが私を庇うようにしてスカートの中に隠し持っていた小銃を取り出して構えた瞬間でもあった。


 抜き身の剣を床に叩きつけた男の首筋に添えたラニーの顔は、いつもの明るい笑顔なんて勿論なくて、冷たいくらいだ。

 私を前に銃を構えるキャーラだって、きっとそう。


 周囲の軍人たちも、文官たちも、何事だと大きな騒ぎになる中で、ラニーが口を開いた。


「いくらクリスティナ様が寛容な御方であろうと、その首一つで謝罪が足りると思わないことですよ」


「なっ、がっ、は、離せ! お、俺は貴族だぞ! このような振る舞いが……」


「クリスティナ様は王族ですよ。アンタの口の利き方が、許されるとでも? クリスティナ様の騎士であるわたしが許すとでも?」


 大切な主が許したから、仲間(キャーラ)に対する態度も見逃してあげたのに。

 そう呟くように言ったラニーが、剣をしまって蹴り転がす。


「いやぁ、クリスティナ様がお優しいからって調子に乗られてついついカッとしてしまいました。申し訳ございません」


 にぱっといつもの笑みを浮かべたラニーに、私は目を何度か瞬かせる。

 でも、ああ、私が何かを言わなくては。

 持ち上げた手の指先が、震えていて私はぎゅっとそれを握りこんでからまだ私の前で銃を構えるキャーラの肩に手を置いた。


「……暴言に対して少々きつすぎるお灸になったようだけれど、もうこれ以上はできないでしょう。ラニー、貴女もやりすぎてはいけないわ」


「いやあ、ついつい。申し訳ございません」


「次は気を付けてね。誰か、衛兵にあの者を連れて行かせなさい」


「は、はい!」


 手の震えは、キャーラに伝わってしまったみたいだった。

 銃をしまった彼女が、私の手をじっと見る。

 そして、眼鏡がずり下がるのも気にならない様子で、キャーラが私をじっと見た。


「キャーラもありがとう」


「……う、う、撃ちます、か」


「えっ」


 唐突に問われたことに、私は言葉を失ってから首を横に振る。

 この子、時々過激だよね!? 今のラニーだってかなり過激だったけど。


「あ、あたし、たち、の実家の人間だから、って、クリスティナ様の方が、大事……です!」


「……私もキャーラとラニーが大事よ。勿論、サーラやグロリアも」


 だから撃たなくていい。

 そう言外に告げれば、キャーラは不満そうだったけれど納得してくれたようだった。


 でも、これは一悶着あるかしら。


 部屋に戻ってから顛末を聞いたサーラが思いっきり眉間に皺を寄せて、その日の午後にはレオーネン子爵家から二人に対して呼び出しがあって不安になった私に二人は笑顔で「ぶちのめしてきます」って言って帰っていったから。


「……休暇を与えたのは良いけれど、あれは良かったのかしら……」


「あの二人でしたら大丈夫でございましょう。レオーネン子爵家程度でしたら別に国政に影響があるわけでもございませんし」


「グロリア? そういうことではないのよ?」


 ……時々思うの。

 私の周りの人は、ちょっと過激じゃないかなって。

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