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78.

「……あの、カイマール殿下……」


「なんだ、月の女神よ」


「あの、その呼び方は……いえ、それよりもあの、距離が」


「良いではないか。きちんとそなたの婚約者殿もこうして同席しているのだからな」


 あれから、一か月。

 なぜか私とレイジェスが一緒にいる時を狙ったかのようにカイマール殿下がちょくちょく顔を覗かせて、今ではアニーに会いに来る時間はこうして顔を合わせるのが当たり前になってしまった。


(なんでいつまでもこの人、王城に留まるのかしら)


 相変わらず私のことを『月の女神』と呼んで甘ったるいまなざしを向けてくるカイマール殿下に、どぎまぎしないわけじゃないけれど……それ以上にレイジェスが不機嫌そうで、そんなレイジェスを見るのが実は楽しくてカイマール殿下は私にちょっかいをかけているんじゃないのかって思う。

 もしかしたらレイジェスの母親がキャンペス出身なのではという噂がまことしやかに流れていて、まあ出どころはカイマール殿下らしいけれど。


「それでも婚約者のいる女性と距離を詰めるのはいかがかと思いますが、殿下」


「なに、もし貴殿がおれの親戚だというならいずれ月の女神もおれの親戚になるのだろう? それならば親交を深めておくにこしたことはあるまいて」


「……私はキャンペスの者ではなくターミナルの国民であり、母のこともなにも覚えておりませんので」


「はは、そう冷たくするな!」


 ばんばんとレイジェスの背中を叩くようにしてにんまり笑うカイマール殿下に、正直なところ私とレイジェスは翻弄されているっていうか……まあレイジェスのいないところで私を茶会に誘ったりする様子がまるでないことから『カイマール』という個人が『ターミナルの王女』とお近づきになろうとしているわけではない……と幸いなことに周囲は思ってくれているようだった。

 前に叔父様が仰っておられたように、何度か私は他国の王族と婚姻を結ぶべきだという声が上がっていたから……。


(あるいは兄様に、他国のご令嬢を側室として召されるべきだという声まで上がったものね)


 国内の有力貴族、公爵家だと血が近すぎるということで選ばれたご令嬢がすでに兄様の婚約者として発表されている。

 それは国内の結束を強めるためのものだから取りやめて他国の王女を迎えるべきだという意見にはつながらなくて、それでも他国との『血の盟約』としての婚姻関係は持つべきだという意見は消えることもない。


 ディアティナ姉様がカエルムの王太子妃になるのだからそれでいいじゃないかというお父様の意見に賛成する貴族もいれば反対する貴族もいるし、どちらの意見にも何も言わない貴族もいるし……一枚岩じゃないのだから当たり前なのだけれど、なかなか難しいのよね。


 ディミトリエ皇子は時々会えば挨拶をしてくれて、世間話くらいはする。

 でもそれだけで、私としてはもっと何か言ってくるかと思っていただけに警戒しすぎたかと恥ずかしくもなったくらいだ。


 ……だって、このひと月努力の結果、朝議で私は発言権を得るくらいになっていた。

 勿論、私の発言が重要度を占めるなんてことはない。

 なんせ『ターミナルの頭脳』だなんて大それた二つ名で呼ばれることもあるけれど実際の私はそうじゃないわけで……努力で補うにしたって限度はある。


(相変わらずやることは山積み)


 それでも地道に城下の教会や医療施設へ慰問に赴くことで、魔力のない姫君が堂々としている姿というのが民衆にもすっかり浸透してくれた。

 声をかけてくれる人も増えたし、中には魔力が弱かったりなかったりする人が私に対して希望を見出している様子も窺えて、プレッシャーと同時に嬉しく思う。


 ヴァッカスがちょくちょく……というわけでもないけれど、魔石市場を歩いた結果、アニーの治療に光明もさしているし少なくとも前よりももっと進んでいけているのは間違いない。


(……レイジェスも、前よりは……)


 前よりは、私のことを厳しく言わなくなったように思う。

 多分心掛けてくれているのだろうけれど。


 みっともないとか鈍くさいとか言われなくなったなあなんて零してしまったらキャーラとサーラがその日レイジェスを追い出そうと躍起になったこともあったっけ。

 グロリアも止めなかった辺り、怒ってくれていたのかもしれない。


 流石にレイジェスもばつが悪いのか何度も謝罪の言葉をくれたし、私を思ってくれてのことだしと私も気にしていないことはみんなに話したからもう大丈夫かしら?


「ああ、今日も月が赤いのね」


 ふと気が付いた夜空には、赤い月が浮かんでいた。

 このところ、夜になっても眠れなくてついつい夜更かしをして窓の外を眺めるのが習慣になってしまった。


 当然、それが良いこととは思えないのだけれど……。


「赤い月は、魔力が強くなる……」


 ぽつりと、零す声は自分の物じゃないみたい。


 私にはないもの。

 まるで、レイジェスの目のような色のそれ。


 ばかげた伝承に過ぎない赤い月の魔力、それはかつてマギーアにいたという伝説の魔女によるもの。


(……『赤い月にアタシは願う、この身に強き魔力を宿し国を守る力とさせよ』……)


 有名な伝説の一説。

 マギーアという国は、小さな国の集合体だった時代に統一するために力を求めた女性が赤い月に願い、叶えられ……そして統一を果たしたのちに、強すぎた存在として闇に葬られた女性の物語。

 彼女は強く強く国を思い民を想い、そして裏切られたのだ。……恋した人に。


 そこからマギーアは緑を失い砂漠で生きていくことになったのだ……という悲しい物語。


(でももし、それが本当なら)


 私が願ったら、私も魔力を宿すことはできるだろうか?

 月の女神だなんてカイマール殿下が繰り返し私を呼ぶのは、この髪色が普段の月の銀色に似ているからだとわかっている。それ以上でもそれ以下でもない。


 月をじっと見上げて、願ってみる。

 かすか(・・・)でも良いから、私にも魔力を与えてほしい、だなんて。


 ふと手を伸ばした魔法ランプに手を伸ばして、起動のためのスイッチに触れて集中する。何度となく、昔から行ってきた『魔力制御』の教えを守って、集中して、指先に……熱が灯るようなイメージで……。


 けれど、私の身の内で沸き立つようなエネルギーなんて、やっぱりなくて。


(……ばかみたい)


 魔力がないのは、変えられない事実なのに。

 そう思わず自嘲の笑みを浮かべてしまって、私は月に背を向けた。


 赤い月、原初の魔女、裏切り……すべてはただの物語。

 憧れたのは、私の実力不足を補う『魔力』というただそれを求めただけの話。


 ……そしてそれは、私の弱さ。


(こんなんじゃ、だめだわ)


 魔力があれば、もっと私は……なんて思うこと自体だめだ。

 ないものはしょうがない、そう割り切ったくせにちょっと壁にぶつかるとすぐにそうやって他に縋ろうとするのは良くないこと。


「……寝なくちゃ」


 私は、王女だとようやく周りが認めてくれた今を維持しなければならない。

 残念姫君と表立って呼ばれなくなったからと言って、もっと進まなければいけない。


 ……それでも。

 それでも焦って、道を踏み外してもいけないのだ。


(私が目指すのは、赤い月の魔女じゃなくて……故国を捨ててでも愛に生きて人々に笑顔を与えたフィライラだわ)


 初代国王の妻として、マギーアの姫だったというフィライラ。

 マギーア建国の立役者であったのに疎まれてしまった赤い月の魔女。


 私が指針とするならば、当然祖先でもあるフィライラだ。


 力を求めることが悪いとは言わないし、それをどう使っていくかなんだと思う。

 けれど私には残念ながら、求めた所で得られる力がないのが現状だから余計に焦るんだろうなあ。


 はあ、と零れたため息が思いのほか大きく部屋の中に響いて、自分を余計に落ち込ませるのだった。

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