74.
私がいやだと言えば、それは受け入れられるだろう。カディナの鉄拳制裁がモノを言う雰囲気ではあるけれど、私の発言は即ち王家に結びついているのだから。
忠誠を誓う王家の人間がするなということを、その場で最も高位な者が望んだことを拒否してまで行動するほど身分社会というのは簡単ではない。
(だけど、それで良いのかしら)
私としては北部と南部で軍として対抗意識があるとか、部隊ごとにそういう確執があるというのは前もって耳にしてはいたからそこに目を丸くするようなことはないのだけれど……。
でもここで「いやだ」と言えばラニーは残念姫君に守られる残念な騎士だなんて嗤われてしまうかもしれない。
私が自分の騎士なら大丈夫だと送り出せない弱虫だと思われるのは構わないが、ラニーがそんな風に言われることがあるのはいやだ。
かといって、軍人同士の体面だかなんだか知らないけれど、嬉々としてラニーを送り出すのも違う。
だってラニー自身がやってやろうって空気じゃないもの。
「……」
カディナが私を見ている。
王女としての判断で、どんな言葉を発するのかを見定められいるんだなと思う。
(これに正解ってあるのかしら)
ふと首を傾げてから、手元を見て思う。
私がカディナの方を見れば、彼女はずっと私を見ていたらしくぱちりと視線が合った。
「聞いても良いかしらカディナ」
「なんなりと」
「……北部出身だからラニーと手合わせをしてみたい。そう申し出た人物は?」
私の問いに、にやりとカディナが笑う。
彼女が緩く手を上げて、私から視線を外さずに鍛錬場の方を指さす。
その先に鍛錬場の端に立つ日焼けした男たちの姿を認めて私は彼らが南方を守る部隊なのだとすぐにわかった。
部隊は常時詰めているのではなく、二部隊制で国境守護と第二防衛ラインにあたる場を交代して過ごしていて、年に二度ほどはそれぞれの部隊が王城に来て軍部棟で各々教育や異動願いなどこまごまとした情報交換も含め行われるのだということを聞いた。
「北部の地竜乗り、魔狼の群れ百頭を退け村人と仲間を守った英傑がいると耳にした彼らが是非にと」
「……そりゃちょっと誇張表現がすぎるっていうか、面倒だなあ」
ラニーがカディナの言葉にぼそりと呟いた。
面倒だと思うならば、断るべきだろう。私はそう思ってカディナをまっすぐに見たけれどそれよりも早くあちらの人たちが歩み寄っていた。
誰よりも早く、レイジェスが私を庇うようにしてくれたからハッとして気づいたのだけれど、ラニーも腰の剣に手をかけている。
それなのに、階下から聞こえた声はどこか楽し気で奇妙だった。
「その武勇を買われ王女殿下の護衛になり、すっかり牙が抜け落ちたと聞いて残念に思った。それがただの噂に過ぎないと是非教えていただきたくてな。……王女殿下も己の護衛武官が強者であるならば、喜ばれるだろう?」
一団のうちの一人、筋骨隆々とした男性が堂々と私たちの方を睨み上げるようにして口の端を釣り上げる。
決して好意的な態度とは言えないそれに、私は苦笑した。
わかりやすい。
それに尽きる。
「……処するか」
「いいえ、レイジェス。どうか私に任せて?」
レイジェスが冷たく、囁くように私に聞いた。
きっとそうして欲しいと願えば彼はあっという間にこの男性をどうにかしてしまうんだろうけれど、それじゃ意味がない。
この男性にとって、私は忠誠を尽くすべき相手ではないとはっきり見ているからだ。
だから、『残念姫君』に仕えるようになったラニーは軍人として刃の欠けた存在だと見せつけたいのかもしれないし私を貶しめたいのかもしれない。
もっと単純に、北部の人間に勝ったとしたいだけかもしれない。
まあ要するに、思慮が足りないってやつで、それをカディナが許すのは私がどう出るのかを見るんだろう。
何もしなくても彼は罰せられるのだろうし、私が罰すると言えばまたそれに従うに違いない。
でも、ただ王女として敬えというのが正しいのだろうか?
それは違うんだろうとわかっている。
彼だけが悪いわけじゃない。
そこをまず、はき違えてはいけない。
「名も名乗らず私の前で先んじて発言をする、それを軍部では許すのですね? カディナ」
「……」
おや、とカディナが私の言葉に驚いたようだった。
きっと私がどうして良いのかわからずおろおろすると思っていたのでしょうね! カディナの中ではまだまだ私はあの頃の小さなオヒメサマなのだろうから。
でも、今の私は……それが、許されない。
いつまでも守られているだけの子供では嫌だったけれど、その頃に戻りたいと最近は思ってしまうから困ったものだなあなんてどこかで思う。
それを追いやるように私は一度目を伏せて、私よりも低い位置で驚いたように私を見上げる男をただ、見た。何の感情も込めずに。
こうするのが、一番だとわかっているからだ。
「国に忠義を誓う戦士たち、騎士たち、その存在は王家の剣であり盾でしょう。ですが主従の関係を忘れ、礼儀を忘れたものが私の前に出て誰も止めないとは何事ですか」
「お許しを、王女殿下」
私の声にカディナが応じる。
先程までの驚きもすっかりと消えて礼儀正しい姿そのものだ。
別になにか罰したいわけではなく、ここで私がおろおろしたりなあなあで済ませては今後に弊害が起こるだろうし、私は王女なのだからその立場を示しているだけだけれどね。
「……名を名乗りなさい」
「おれ、……自分は、南方部隊所属、イーノに、ございます」
「イーノ」
私を見上げるイーノは、茫然とした表情で私を見上げていた。
(彼は、『残念姫君』を見る人なんだ)
彼が悪いわけじゃない。いいえ、やっていることは悪いけれど。
あとでカディナとはきちんと話をしなければ。
「イーノ。確かに貴方たち現場の人間から見て、私という魔力のない王女は軽い存在かもしれません」
「そ、そんなことは」
「いいえ、貴方の振る舞いはそういうことです。ターミナルの騎士は、軽んじた相手であれば王族相手でもそのように振る舞うのだと貴方が今、体現したのです」
私の言葉に、イーノが震える。
今、とんでもないことをしてしまったのだと漠然と理解が追い付いているのだと思う。
だから私は、そこで微笑みを浮かべた。
王族は、笑うのだ。
ドレスを身にまとい、穏やかに笑みを浮かべ、私という存在を武装する。
「私個人をどう思おうと、それは個人の勝手です。ですがイーノ、ターミナルの騎士よ」
「は、は……」
「ターミナルを思うのであれば、どうするべきかわかりますね?」
私の言葉に、イーノは思い出したように膝をつき、頭を下げる。
それを見て私は言葉を続ける。
「イーノ、私の護衛騎士は、強いですよ? 貴方は私に、己の強さを見せることができるのかしら」
申し訳ない気持ちを込めてラニーを見れば、彼女は笑っていた。
ぞっとするくらい、きれいに、笑っていた。
「ターミナルの、騎士として……!」
「ではわたしは、クリスティナ様の騎士として恥ずかしいところは見せれませんね」
ラニーが前に出る。
面倒だと言っていたのに、本当に悪いと思うのに。
彼女は私の前に出ると、膝をついて騎士としての礼をとって、笑った。
「クリスティナ様のお傍にいるのは、わたしじゃなきゃだめだってとこをちょっと見せてきてやりますよ!」
「……ラニー」
「まあ流石に魔狼百頭はどうだか忘れちゃいましたし、あれはアニーがいたからですけど……御心配には及びません」
ラニーが、立ち上がる。
そして階下のイーノを見て、笑みを見せた。
「クリスティナ様を煩わせたんだから、ちょっとはお仕置きしたって許されますかねえ?」
……ラニーってあんなに怖かったかしら……?
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