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73.

 それから数日後、私はレイジェスに手を引かれるようにして軍部棟に足を踏み入れていた。別に手を繋ぎたいとかそんなことを言ったわけではなくて、単純に足元が危ないからと案じられただけで……決してどんくさいわけでもない。


 軍部棟への視察へはレイジェスと、グロリアと、ラニーが同行してくれる。

 足を踏み入れた時に軽鎧に身を包んだ女性が微笑んでいて私は思わず彼女に駆け寄った。


「カディナ!」


「クリスティナ王女殿下、お久しゅうございます。なかなかにご挨拶に伺えず、大変失礼いたしました」


「いいえ、元気そうで何よりだわ! マールヴァールの葬儀後、隠居したと耳にしていたから……」


「はい、天涯孤独の身でございますので将軍がおられぬのであればと軍を退いたのち、諸国漫遊でもしようと思い立ったのでございます」


「まあ……」


「ところが騎士団の教官を務めてほしいととある筋に泣きつかれて今に至りまして」


「まあ……?」


 パッと見、にこやかな老婦人だけれど確かに私がよく知るカディナだ。

 ちょっとばかり口が悪くて、男の人たちを遠慮なしに殴り倒して、テキパキ仕事をしていた彼女がそのまま齢を重ねてそこにいることに思わず私は笑ってしまう。

 それは決して彼女を馬鹿にするとか、そんなつもりではなくて……ただなんて言うんだろう。


 そう、懐かしかったのかもしれない。

 幼い頃、マールヴァールがまだ元気で。落ち込む私がマールヴァールの足にしがみついても、彼女は決してそれを止めなかったその頃を思い出す。


(思い返せば、私はあんなにも大事にされていたのよね)


 気が付かなかっただけで。

 そう思うと己の幼さが恥ずかしい。当たり前なのかもしれないけれど、そしてそれを恥じることができるからこそ大人になったのだという証なのかもしれないのだけれど。


「クリスティナ王女殿下もすっかり淑女となられて、わたしも嬉しゅうございます」


「ありがとう、カディナ」


「……まあ、ついている侍女がまた珍しい女だというのも驚きですがねえ」


 くすくすと笑うカディナの視線がグロリアに向いているのを見て、そういえばグロリアもカディナのことを知っているようだった……と思い出す。

 グロリアは元々騎士なのだから女性騎士同士、面識や交流があってもおかしくはないのだけれど。


「剛腕なんて呼ばれていた割にはすっかり今やお仕着せの似合うおばあちゃんになったじゃないの、グロリア」


「クリスティナ様、このカディナは二つ名を『苛烈』などとつけられた女でございますのであまり感化されぬようお気を付けくださいませ」


「え、そうなの?」


 私の記憶にあるカディナはとてもにこやかに秘書官を務めていたものだから、苛烈という言葉が結びつかなくて首を傾げると彼女が笑った。


「まあわたしも若い頃にはそれなりにやんちゃでしたからねえ。グロリアには遠く及びませんが」


「え?」


「そのような事実はございません。さ、いつまでクリスティナ様をここに立たせているのです? 先に進もうではありませんか」


「はいはい、それじゃあ行きましょうか」


「え、ええ」


「ファール親衛隊長、きちんと王女殿下のエスコートを頼みましたよ」


「……承知している」


 レイジェスにとっても幼少期を知っているカディナはちょっとだけやりづらそうで、どこか素が混じるその言葉に私はまた笑ってしまいそうになってなんとか堪えた。

 だってここできっと笑ってしまったら、レイジェスに後で何を言われるかわかったものじゃない。


 幼い頃にはマールヴァールに連れられて何度か足を運んだこともある軍部棟は、やはり当たり前だけれどそこまで内部に変化はなかった。建物自体が建て替えられたわけではないし、当然と言えば当然なのだけれど……私の記憶も曖昧だし。

 

 訓練をしている騎士たちが、私たちの姿を認めて一斉に姿勢を正す。

 それをカディナが手で指示を出し、訓練に戻す。


 訓練着とはいえ鎧と剣を手に打ち合いをするその様子は、緊張感漂うものだ。

 金属同士がぶつかり合う重い音は私にとってあの反乱の日を思い出させて、より緊張してしまう。


(頼ったら、叱られてしまうだろうか)


 前だったら、そんなことすら思わなかったのに。

 今『怖い』という感情から少しでも逃げたくて、レイジェスに縋りたいと思ってしまった。


 それでも、嫌われていると思っていた時には決してそんなことは思わなかったと言い切れる。けれど、今は? 私の婚約者で、想い合っていると互いに心を通わせた今ならば、それは許されるだろうか。

 それとも王女としてはみっともないと思われるだろうか。


 私は少しだけ手を動かして、レイジェスのマントを、小さく引いた。


「どうした」


 小声で問われて。赤い目が私を見下ろしていることにほっとした。

 その視線の中に、嫌悪や苛立ちは見つからなかったから。


「……ごめんなさい、少しだけ、あの日を……思い出してしまって」


「……そうか。少し下がるか?」


「いえ。『ゼロ姫』が軍部棟を視察するのが大切なのでしょう? それなのに私が後ろに下がってしまったらマイナスイメージだわ」


 頭ではわかっている。

 けれど、あの日の恐怖が消えたわけではない。


 消えたわけではないから、それから守ってくれる人が必要だった。


(あの日、私を助けてくれたレイジェスが、そばにいる)


 だから、大丈夫。

 深呼吸を一つ。


 改めて、訓練場を見て剣を合わせる兵士たちを見る。


 重い音、号令、そういったものにどくどくと心臓は恐怖を訴えるかのように早鐘を打ったけれど先程よりは心が落ち着いているのを感じた。

 反対側を向けば、冷静なグロリアと私を心配そうに見ているラニーの姿がある。


(そうよ、私は一人じゃない)


 そしてここにいるのは、ターミナルの騎士たちなのだ。

 あの日反乱を起こしたのもそうだろうと言われればそうなのだけれど、そうじゃない。私もあの時王女としてあそこにいたけれど、今日の私も王女としてここに立っているけれど。


 私はもう、『ゼロの姫君』として今ここに立っているのだから。


「ここにいるのは王城内に詰めている兵士たちのごく一部ですが、後程南部を担当している部隊もご紹介させていただければと思います」


 カディナが全体をさして私に流れるような説明をしてくれる。

 軍部棟についての基本情報は知っているだろうからと前置いた上で話をしてくれるのは、私を軽んじているのではなくきちんと『知っている』相手に対する敬意とわかる態度だった。


 訓練場、会議場、閲兵式を行う広間。

 私はカディナに案内され、説明される。


 見覚えがあったりなかったり、武器庫は中には入らず説明だけで終わったけれど一国の姫君に万が一傷でもつけたらいけないという配慮だとわかっているので覗くだけ。


「そういえば、後程紹介すると申し上げました南部部隊の者たちが、王女殿下の護衛騎士が北部出身と聞いて是非手合わせをと願い出ておりましたがいかがなさいますか?」


「……えっ?」


 軍部は反乱の後、大きく粛清が行われたものの今ではすっかり落ち着いて、むしろ規律を重んじるべきだと内部から声が上がって今はやる気に満ちている……と説明をされて嬉しくなったところでカディナが唐突にそう言った。

 

「ら、ラニーと、手合わせ……?」


「勿論、王女殿下が否やと仰せでしたらこちらでなんとでも言い包めますが」


 言い包めると言いながらぐっと握り拳を作るカディナにそれは鉄拳で黙らせるって意味なのかと問いたかったけれど、私は思わずラニーを見てしまった。

 そしてラニーも困ったように、私を見て目を瞬かせるのだった。

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