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71.

(……疲れた……)


 朝議を終えた私は、そっと廊下で溜息を吐き出す。


 私が参加するということについて納得できない人がいる中で進められた朝議は、国内のあれこれと情報が飛び交う国の内情そのもの。

 それは報告書という形でファイリングされているものを目にしてきた私には、追いつくのが精いっぱいという現実に直面せざるを得なくて……。


(私はあんなところで意見を言えるようになるのかしら?)


「王女殿下、お待ちを」


「……えっ?」


 声をかけられて振り返る。

 そこには鎧姿の男性が一人いて、私は目を瞬かせた。


「……ヴァルス将軍、どうかなさいましたか」


 そうだ、アルス・カルマナ・ヴァルス。

 勇猛の名を頂くヴァルス家の当主で、現在この国の将軍を務める男性で、……レイジェスとはあまり仲が良くないらしい。

 なんでもマールヴァール将軍に心酔していた人らしく、レイジェスが可愛がられていたのが羨ましかったのかなんなのか、とにかくそういう感じらしいことを前にグロリアが教えてくれた。


「軍部棟への視察の件で、お時間を頂けますか」


「今ですか?」


「申し訳ございませんが、先の疫病の件で軍も出動が決まっておりますので」


「ええ、それは先程の朝議で議題に……では、将軍が赴かれるのですか? それもこれからすぐに?」


「はい」


 誇らしげに胸を張った彼に、私は笑みを浮かべる。

 こうして己の職務に誇りを持って臨める人とはなんと眩しい存在だろう。


「多くの民の力に、きっとなってくれることとはわかっていますが……どうぞ将軍もお気をつけて。私は祈ることしかできない身ですけれど」


「いいえ。マールヴァール様が大切に想われていた王女殿下であらせられます。剣を振るうしか能のないこの身は、ただ御身をお守りする剣となるだけです」


「ありがとう、将軍」


「それで、本題ですが」


 そうだった。なにか用事があって声をかけてくれたらしい彼に、私は言葉を続けようとするのを手で制してグロリアに声をかけた。


「長くなるようでしたらどこか部屋を用意させましょうか」


「いえ、すぐに終わります。……後日軍部棟へ視察に参られる件ですが」


「ああ、その件ですか」


 レイジェスに言われていたけれど、日程的にまだ行けていない軍部棟。

 勿論武器を持った人間や稽古をしている場でもあるのだから、ほいほい行って良い場所ではないので正式に王女が視察するということでラニーの他にも軍部から護衛がつくという話だった。


 私はレイジェスが護衛兼案内で一緒に来てくれるものだとばかり思っていたのだけれど違うのだろうか?


「お恥ずかしい話ではございますが……親衛隊と、一部の軍部とで足並みが揃っておりません」


「え?」


「ゆえ、王女殿下にはご不快な思いをさせることがあるやもしれないのです。自分がいれば、そのようなことは一切起こさせないつもりではあったのですが……生憎とこのような事態に」


「……当日は、どなたが私の護衛に?」


 私の問いかけに、将軍が眉間に皺を寄せた。

 それから言葉にするのも嫌だといわんばかりの表情のまま、地を這うような低い声で答えた。


「レイジェス・アルバ・ファールが……決してその役目だけは、譲れないと言い張りまして……」


「まあ」


 いや、想像できていたけれど。

 後ろでラニーが笑いを堪える気配がしたけれど、幸い将軍には気が付かれていないようだった。


「他にも将軍職に就いている人間は何人かおりますが、あの男と共に歩けてどちらにも公平である人間ということで騎士団の教官を勤めております人物を案内役に推挙してあります」


「……ということは、もしかしてカディナ……?」


 かつてマールヴァールの秘書官も兼ねていた、女性騎士。

 兄様もレイジェスも頭があがらないって言っていたけれど、私も何度も言葉を交わした優しい人!


 思わず「嬉しい」と零した私の後ろでグロリアが「あの女、まだ生きていたのね」なんて呟いたのは聞こえなかったことにしよう。


「やはりご存知でしたか。はい、あの方が引き受けてくださいましたので。……ただ、当日は地方の軍が一部こちらに来ておりますので無礼を働く者がいないとは限りません。どうぞお気をつけて、あの男にすべて押し付けてくださればよいので」


「え、ええ」


 レイジェスとは本当に馬が合わないんだなあ……。

 けれど、わざわざこうやって忠告しに来てくれたこの人は、ただただマールヴァールに心酔していたのかもしれない。


「わざわざありがとう、将軍」


「いえ、自分はこの国の騎士ですので。……それでは貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」


「あなたたち騎士団に、神々の守護があらんことを」


 騎士の礼をとって去っていく将軍の姿が遠くになってから、ほっと息を吐き出すと私の後ろでラニーが感心したような声を上げた。


「いやあー、ほんと律義なお人でしたねえ」


「嫌われていなくて良かったわ、軍部が全部味方だなんて流石に思ってはいないけれど、将軍クラスの人員に嫌われていてはその下はもっと……なんて思ってしまうもの」


「まあなんにせよ、当日はわたしがちゃんとお守りしますよ!」


「ええ、頼りにしているわ。……グロリア、この後の予定は何だったかしら」


 私の問いかけに、グロリアがいつもの表情のままひとつ頷いた。

 秘書官のような事までお願いしてしまって申し訳ないけれど、ついついグロリアが頼りになるものだから……ちゃんとお仕事になったら、秘書官をつけてもらうようお願いするべきかしら。


「本日はこの後、午後まで予定はございません。昼餉をファール親衛隊長とお召し上がりになった後にヴィンスが仕上がったドレスの最終調整をしたいとの事ですので彼のアトリエに足をお運びいただけますよう」


「わかったわ。じゃあ少し休憩したらアニーに会いに行っても良いかしら」


「問題ないかと思いますが、ラニーどうですか?」


「アニーは喜びますよ」


 にっこり笑ったラニーの様子から、アニーは王城での生活でものんびり過ごせているらしい事がわかって私もほっとする。

 あれこれ気を使ってもらってはいても、私たち人間よりも動物や竜たちは環境の変化に敏感だから……いくら人に慣れていても辛かったら、可哀想だもの。


「レイジェスに今日将軍に会った話はした方がいいわよね……」


 私に対する感情よりも、内部で対立している感だとしたら厄介だもの。

 あからさまな喧嘩や、暴力沙汰はないと思うけれど……地方の騎士団も戻ってきているという事だから、なにかおかしな話に発展しないように気を付けなくては。


 そう思って零した言葉に、ラニーが大げさなほどに首を縦に振った。


「そりゃもう。そこを隠したらあの嫉妬魔人はなにを後で言ってくるかわかったもんじゃありませんよ」


「嫉妬魔人?」


「ラニー、言葉遣いに気をつけなさい。まあ大体同意しますが」


「……二人とも、将軍は私に忠告してくれただけなのはわかっているでしょう?」


「それとこれとは別ですよ、ファール隊長は誰が声かけたって気に食わないと思いますよ」


 きっぱりと言われて、私は何とも言えない顔をしていたに違いない。

 ラニーが、面白そうに笑ったのだから、きっと。

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