70.
初めて同席した朝議。
それはとてつもなく緊張したけれど、兄様は用意された席にただ座り、意見を求められたら言葉にすれば良いからと安心するように何度も声をかけてくれた。
数多の重臣が顔を揃え、国王陛下と王太子殿下に向かい深く頭を垂れるのは圧巻だった。大広間でやる謁見と同じような光景であることに今更ながら、足が竦む。
(……私、ここにいていいのかしら……?)
巨大な長机に座るお歴々が、そんな二人の近くに座る私を一瞥して信じられないという顔で父様たちを見るからドレスの下で足は震えるし、胃は痛いし、俯いてその視線から逃れたい。
おなかが痛いのでって退席したいと思ってしまうけれど、勿論それが許されるわけじゃなくて……。
(ほんと、私この場にいていいのかしら……?)
シグルド兄様が直接迎えに来た時からずっと思い続けてもう何度目になるのか自分でもよくわからない。
だけれどここに来るまでにとにかく俯くな・笑顔でと繰り返されたこともあってなんとか私はテーブルの上に飾られている花に視点を定めて笑みを浮かべるように心がけることができている。
(……とはいえ、これをずっとと言われると頬が引き攣りそう……)
朝議がどれほど時間を要するものなのかは私には判断がつかなかった。
当然、それはその時々の議題によって変わるであろうことくらいは知っている。
国王に今日の議題を拝謁してもらった後、国王立ち合いの必要がなければ父様は退出。
王太子が代行としてその場の長として残る。
この場にいるお歴々も関りがないメンバーは議会がどのように進んだのか後程連絡が行くように手配だけして、退出。
そうして部屋には必要な人間と、書記官たちが残るという仕組みだということは知っている。
宰相はほとんど毎回参加だというけれど、それはまあ仕方のないことなのでしょう。国政に関わることで彼が関与しない場面はほとんどないと言っても過言ではないとのだから。
「それでは本日の議題の前に、なぜ第二王女殿下がこの場におられるのかお聞きしてもよろしゅうございましょうか、陛下」
「必要だと思ったからだ。なに、世にいう社会的な見学のようなものだ。クリスティナとて王族なのだ、そのくらいあってもよかろう。ディアティナとて参加したことがあるのだ」
「ですが、ディアティナ様は未来のカエルム王妃として……」
案の定、私が同席していることに対して疑問が寄せられる。
その声に父様は面白くなさそうに答えた。
場がぴりっとした緊張感をもって、私は溜息を吐き出したい気分だった。
立派な王女として立つべき場所に立つ、この場はそれに対して必要なところなのだろうとは兄様のなさりようで理解はしている。
でも、気持ち的には大変重たい。
「いくらなんでも朝議をそのように軽んじる扱いはどうかと……王女殿下とてこの場は退屈ではありませんかな?」
へらりと笑って声をかけてきた男に対し私が応じるべきなのか目で問えば、父様は面白そうに目を細めて笑っている。兄様も、同じだ。
「……退屈かどうかはわかりませんが、少なくともこの場を乱す振る舞いはしないと誓いましょう。ミィルマ伯爵は確か……医療問題を担当していましたね、先日南部側で起きた流行病のお話が今日は中心でしょうか?」
「……は、王女殿下は、……我々が誰で、それぞれがどのような役目を担っておいでか、ご存知であられますか……?」
彼の問いかけに、ただにっこりと笑って返す。
いや、うん……ろくに誰が誰かも把握してない小娘だと思われているだろうということくらいはわかっていたし、私も議事録を読んではいて名前を知ってはいても顔と一致しない人もたくさんいた。
それを改めて頭に叩き込んだから、正直どこかで間違えないかひやひやものなのだけれど。
私の対応は間違っていなかったらしく、伯爵は目を丸くしてただお辞儀をしてくれただけだった。驚いた様子に、私もほっとした。
「王女殿下のお召し物は新しいもののようでございますな、装いも美しい女性が同席してくださると大変場が華やぎますゆえこちらとしては嬉しい限りでございます」
「まあ、フォルティチュード侯爵、過分なお褒めの言葉をいただき嬉しいですわ。美女と名高い奥方をお持ちの貴方に褒められるならば、私も捨てたものではないのかもしれませんね」
真新しいドレスは私の戦闘服。それを褒められるのは悪い気はしないけれど、純粋な誉め言葉ではないのだろうなとその目線から察する。
私が最近周囲に認められて有頂天になり、酔狂でドレスを作らせたり父様にわがままを言ってこの場に来たとでも思われているんだろう。
考えすぎだと思われても仕方がないけれど、私はこうした悪意の目と言葉を幼い頃から受けて育ったのだから間違えてはいないはずだ。
だからあえて彼の妻についても触れて答えれば、ぎょっとした様子だった。
「……この武骨者までご存知でしたか」
「いやですわ、今までも謁見の間で皆様と私は顔を合わせているでしょう? それに、婚約者でもあるレイジェスからお名前は何度か伺っておりますもの。勇猛果敢な武将であられると」
それはまあ、はったりなんだけれど。
レイジェスはあまり私に周辺の人の話なんかしないし、私が男性の名前を挙げるだけで嫌そうに目を細めるから怖いったらないもの。
それでも、からかい半分に『着せ替え人形のお嬢ちゃん』扱いされたことに対してレイジェスの名前を出してしまったのは軽率だったかしら。
私は内心の不安を隠して、侯爵にも笑みを向ける。
あちらはただ、困った顔をしただけだった。
「王女殿下が巷で『ゼロの姫君』と呼ばれるがゆえにこうした場におられることが必要ということですかな?」
そんなやり取りの中で、静かな声が場を制した。
しん、と鎮まる中で、白髪にモノクルの男性がただじっと私を見据えている。
私は一度だけ呼吸をしてから、改めて笑みを浮かべて見せた。
この場において、たった一つの問いかけで多くの貴族たちを黙らせたこの人が私の同席を認めれば良いのだと私は確信した。
父様と兄様が私を同席させようとするのが身内贔屓だというのなら、そうでない有力者が認めてくれれば済むだけの話。
「そのように受け取っていただければ、嬉しいわ。セレニスム公」
「ならばよろしい。朝議を始めようではないか」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいセレニスム公! 我々すべてが納得したわけでは……!」
「先に王女殿下が仰せであられた流行病、その対策と被害に遭った地域への補助や見舞金、人員の派遣、話し合わねばならぬことが山とある。王女殿下が同席なさった所で困る話は一つとしてないではないか」
この国の宰相を勤め、古くからの家である【アマル】の二つ名を冠する公爵家の当主。
冷徹で情がないとまで言われる人だけれど……私は、知っている。
この人が、私を“魔力がない”というだけで判断をしたことがないということを、知っている。
ただ俯いてばかりで、隠れてばかりの私を残念な生き物として認識していただけだ。
そういう意味ではとても現実主義の男性なのだと思う。
初老と言っても差し支えないのに、この場にいる誰よりも威圧感がある気がする。父様と兄様は別だけれど……というか、二人が威圧的になっては独裁的になってしまうのだから、あえてそうしているのだろうけれど。
「さあ、遅れてしまった分を取り戻さねばならん。よろしいですかな、陛下」
「ああ。今日の議題は参加するとしよう……国民への負担を少しでも減らさねばな」
セレニスム公爵の淡々とした声に、息を呑んだのは誰だったのだろう?
そして父様が私の方に視線を向けてにやりと笑ったのを見て思わず背筋がぞっとしたのだけれど、気のせいだと思いたい。