68.
お父様が使った手法は、まず手紙で今回の事を確認する、というものだった。
手紙で『国王が娘のためにデザイナーを招いた結果が嘲るような真似をするとは何事か』と詰問する書状を書いたら即座にデスクイダー本人が現れて、優雅にお父様と私に礼をとった辺りこうなる事はきっと予測していたんだろう。当たり前だけど。
それとも“残念姫君”ならば泣き寝入りして何も言わないと思っていたんだろうか。お父様と同席している私を見て、少しだけ目を瞠ったようだった。
「よく来たデスクイダー」
「書状を拝見いたしました。我が工房の弟子が王女殿下に対し大変なご無礼を働いたと知り慌てて参上した次第にございます」
「仔細は把握しているか」
「書状によりますれば我が工房の魔力を映す糸にて作り上げたケープコートを持ってきたとの事で誤りないでしょうか、陛下」
「うむ」
「で、あれば弁明を述べる事をお許しいただきたく」
デスクイダーはすらりとした男性で、……確か記録によれば、彼は貴族の三男でその能力を生かし縫製の道に進み、今の技術を編み出して地位を自力で得た人物。
柔和な雰囲気と穏やかなその笑顔をそのまま受け取るには強かな人物。
「我が弟子の末席に名を連ねておりましたアルガンシアでございますが、知人の推挙という事で弟子に迎えた者でございます。大変勤勉で、態度もまじめで学ぼうとする意欲にも満ちた青年にございましたがいかんせん魔力は弱く我が工房の技術を学ぶ事はなりませんでした」
魔力を込めた糸を同じように魔力を持った布に縫い付けたりとそうしたものはやはり縫う時にも魔力が必要だと聞いた事がある。
それは異なる魔力の物を繋ぎ合わせるために必要だというし、時にはより暴走を鎮める役目も果たす。そうして作り出されたものはとても強固な衣服になるし、伝説では鎧にも匹敵する程のものが作られたとか。
「ゆえに我が工房では彼を解雇し、新たなる道を見つけよと告げてあったのでございます。その折に今回の件があり、我が工房としては弟子の進退を問題視しておりましたゆえ辞退申し上げるつもりがいつの間にか書状が失せ、気がつけばケープコートも紛失し、それらに手間取ったが結果このようにご迷惑を……」
「ほう、ではその方は今回の件、かの若者が己一人で判断し行動したと申すのだな?」
「はい、さようにございます」
「かの者が持ってきたこのケープコートの作成者は別人であると」
「はい、さようにございます。……失礼ながら王女殿下は魔力がないと皆が知る事実。そのお方は、魔力によって輝きをもたらす衣服を必要とはなさらないでしょう?」
デスクイダーの言葉に、私はぐっと見えないようにこぶしを握る。ああ、なんて傲慢で残酷な男だろう!
だけれど言い返す事も出来ない。だって私の魔力がないのは本当だから。
(悔しい)
私に魔力があったなら、こんなにも軽んじられる事はなかっただろうに。
思わず俯きそうになった私は、はっとした。
薄く笑みを浮かべたお父様が、私の方に視線を向けていたからだ。
さあどうするんだと言うかのような視線に、私は急に自分が恥ずかしくなった。
(……アルガンシアに解雇宣告をしたと言った。魔力が低く、あの技術は学んでいないと言った。……ケープコートは盗まれたものだと言った)
欲しかった言葉は、すべてお父様が引き出してくれた。
そうだ、私の目的は何だった? デスクイダーを見下す事じゃない、アルガンシアがヴィンスの下で学べる環境を整える事。
そして憂いを断ち切る事。
ここまでお膳立てされて、私がとるべき行動は。
俯きかけた顔を上げる。
数段上にある椅子に座るお父様と、その横に立つ私。
下に立つデスクイダーのにやける顔を見て、どうして私は俯いた?
ああ、本当に自分が情けない。
「デスクイダー。お前は誰に口をきいているのですか」
「……は?」
「私の下で働く技術者を求め、その技術者がそれを示すために用意したものがたとえ魔力を要するものであろうと、私がそれだけで良し悪しを決めるとお前は言うのですか」
「い、いえ、そのような」
「このような無礼者とは思いませんでした。王室御用達という事を随分とはき違えているのではありませんか」
「……そのような、こと、は……」
私が淡々と言葉を続け真っ直ぐに彼を見れば、デスクイダーは反論されると思っていなかったのかたじろいだ。
そうよ、私はただ泣いていただけの子供じゃなくなったのよ。
前までだったなら、それもあったかもしれないけれど。
魔力がないから着られなくて残念でしたねって嘲るその言葉、私個人に向けてならばゆるしたでしょう。
「デスクイダー、私が誰かわかっていますか」
「クリスティナ、第二、王女殿下、です」
「そうです。お前は、いつから王女を前に魔力がないから必要ないと嘲るほどに偉くなったのですか」
「……申し訳、ございません……!」
デスクイダーが、深く頭を下げた。
王女としての私に敬意を。
ただそれだけだ、求められた事はそれだけだった。
(お父様は慢心したこの男の心を折る事もついでで行いたかったのかしら)
その考えはまるでわからないけれど、私の言葉にお父様はとても満足そうだった。
ぱんっと手を打ったお父様が、にっこりと笑みを浮かべる。
「まあそこまでにしてやれクリスティナ。普段は表に出ないがなかなかに我が娘は苛烈だろう、デスクイダー」
「……は」
「月はただ穏やかに浮かんでいるだけではないという事だ。忘れてくれるな、これは私の娘だからな」
「……」
「さて、今回の件はあまり声を大にしても誰も得をせんな」
考えるふりをしたお父様が、デスクイダーが顔をあげないのを良い事ににやりと笑った。
なんとも人が悪そうなその笑みに、私はなんとはなしに叔父様が私とお父様が似ていると言っていたのを思い出して、私もこんな悪い笑みを浮かべる事があったんだろうかなんて思った。
……ないよね?
「幸いクリスティナは専属デザイナーとなる人材に出会えたから問題はないが、お前の元弟子がどうのという事は外聞が悪い」
「申し開きもございません……」
「ケープコートに関してはこうして現物が戻ったし、盗んだかどうかの証拠はない。誰かがアルガンシアに餞として与えた可能性もあるしな」
「……」
「とはいえ、己の作品でないものを持ってきたというのはあまり褒められた行為ではない。ゆえに私の知人の元で厳しく躾けてもらう事としよう。デスクイダー工房を解雇された、特に何も学んでいない若者だ、他の人間の下についても文句はあるまい?」
「……勿論でございます」
お父様が、デスクイダーから引き出した言葉を重ねて確認をする。
国王が証人だなんてこれ以上ない味方だと思うし、少しばかりデスクイダーが哀れに思える程だった。
「クリスティナもそれで良いな?」
「お父様がそのように仰せになられるのでしたら、私に異論はございません」
「そうか、デスクイダーもご苦労だった。下がって良いぞ」
「……それでは、御前を失礼いたします……」
入って来た時の堂々とした姿ではないデスクイダーの顔色は、すっかり青くなってしまっていた。魔力を持つものが優位に立つこの国の、悪い面をまた見てしまった気がする。
「お前の課題が見つかったか?」
「えっ」
「好きにやるがいい。そう簡単に国家が転覆するわけでもなし、お前が国益にならん事をするとは思っていない」
「……はい」
お父様は、私に何を期待しているのだろう。
私は、何をするべきなのか。
いいえ、多分……私という魔力なしの人間を通して、魔力の弱さから不遇の扱いを受けている人々に何ができるのかを見つけ出せ、というところなんだろうか?
やらなくてもいいし、やってもいい。
多分、そんな感じなんだろう。
(でも、『ゼロの姫君』なら)
きっと、それを見過ごす事はないんだろう。
残念姫君とは違うのだから。