66.
アルガンシア以外の視線が、私に真っ直ぐ向けられる。
彼らは、私の言葉を待っている。
誰が、選ばれたのか。
王女の専属デザイナー、その立場になるのは誰なのか。
「……それでも一つ、私には心残りがあるのです」
私は、少しだけ躊躇ってしまった。
多分これは、触れなくて良い部分だと思う。そう、この場において彼らは作品を持ってきた。それが事実として残るのだから。
だけれど。
「アルガンシア、私はあなたの作品を目にすることができずに、判断を下さねばなりませんか」
あれはアルガンシアの作品ではない。そう思ったから出た言葉。
私は、ずっと目線を合わせてくれない彼にそれを告げてしまった。告げるべきではなかっただろうかと言葉にしてから思うけれど、聞かずにはいられなかった。
白いケープコートは、間違いなくデスクイダーの技術を使った品だと思う。魔力を感知する糸を縫い込むのはデスクイダーの専売特許で他の技術者が使う事は許されず、彼の近しい弟子だけがそれを継承できる……と聞いた気がする。
確か新聞でも特集が組まれていたくらい、注目を浴びていたはずで、私はその記事を眺めながら遠い世界の話のように思っていた。
私の言葉に、アルガンシアは体を震わせたけれどやっぱり俯いたままで答えは、ない。
「……では改めて、問います」
私は一度目を閉じて、深呼吸をした。
ああ、私はこんな風に人を選ぶ立場になりたかったわけではない。逃げ出したい。
だけれどそれは、『王女』としてはダメなのだ。
私がなりたいのは立派な王女だ、このような場面にも怯むようではいけない。
「この場に残った貴方がたは、第二王女クリスティナの専属デザイナーになりたいのですか」
私の問いは、そんなに大きな声を出したつもりはないけれど随分大きく聞こえた。
緊張しすぎて、自分がそう感じただけかもしれない。
だけれど、その動揺を表に出してはいけない。
「みなさんが、私の噂を耳にしているであろう事は私も理解しています。魔力のない王女、社交的ではない、シグルド王子とディアティナ王女の影に隠れている娘……他にもいろいろありますね。有名なところで『残念姫君』かしら」
指折り数えてみるけれど、ああ、結構あるものだなあと自分でもびっくりだ。
今でこそ良い言葉も増えてきた気がするけれど、多くの人が知るのはマイナスイメージの方だという事を私は忘れない。
だって、それだからこそ立派な王女になろう、レイジェスの隣に立つのにそのままではいけないんだって思ったのだから。
(もし私がディアティナ姉様みたいに、初めから立派な王女だったなら)
それはそれで、幸せだったと思う。
だけれど、小さな幸せに胸が暖かくなる、あの気持ちはわからなかったかもしれない。
辛い事も多いし、まだ俯いてしまう事も多い私だけれど今は幸せなのだと胸を張って言える。
「今でこそ『ゼロの姫君』などと呼んでくれる人々も増えたと知っていますが、私の魔力がないという事実を良く思わぬ人もいる事でしょう。それでも私の元に仕えても良いと思いますか?」
卑怯な質問だとわかっていても、私は言葉を重ねた。
最初の問いで去っていったデザイナーたちは、声が掛かった事に対して義理を果たした。
咎めないという言質にきっと胸を撫で下ろし、数多の貴族たちに似合う服を作るのだろう。
じゃあ、ここに残った彼らは?
「わたくしは正直なところ、どなたでも構いません。わたくしのパトロンとなって先進的なドレスを求めてくださるなら、それに越した事はありませんもの。王女殿下のドレスとなれば、数多の場にてお披露目されると思えばこそ立候補したのですわ!」
(立候補だったんだ)
お父様が声をかけたとばかり思ったけれど、そういう人だけじゃなかったんだ。
サシーは毅然と私を見つめているから、私はにっこりと笑った。
「貴女のデザインはとても興味深いけれど、華やかさを持つそのドレスはきっと未婚の女性にこそ似合うものと思います。私は婚約者を持つ身ですから、華やぎよりも淑女としての色を強く求める事でしょう」
「……わかりましたわ。このような機会を与えていただきまして、ありがとうございます王女殿下。どうぞ華やいだドレスをお求めの際にはわたくしの事を思い出してくださいませ! 特に花嫁衣裳の時には是非に!!」
やんわりとした断り文句に不満の色を浮かべる事もなく、さらに売り込みまでしてくるサシーに思わず心から笑みが出た。
「ええ、サシー・フラジール。貴女のドレスでどれだけのレディが恋を見つけられるのか今から楽しみでなりません。私の結婚式の時か、それとも姉の結婚式の時かはわかりませんが声をかけさせてもらうと約束しましょう」
「ありがたき幸せですわ、それではみなさまごきげんよう!」
颯爽と赤いドレスを翻して、サシーが一番に退席する。
彼女は悪い人ではなかった、ちょっと素直に言葉が出すぎてしまうのはどうかなって思うけれど。
ラニーが残念そうにしていたから、私は彼女をちょいちょいと招き寄せる。
「そんなに残念なら、ラニーのドレスを発注しましょうか?」
「うええ!?」
「きっと貴女に似合う、素敵なドレスを作ってくれると思うわよ?」
「い、いやあ。あたしはああいうひらひらしたのは見てるだけで十分だしクジャクの羽とかはちょっと」
ぱたぱたと手を左右に振るラニーに笑っていると、すっと手が上がるのが見えた。
「王女殿下にお会いしたく、本日のお声がかりに参加させていただきましたが専属デザイナーの件は辞退させていただきたく存じます」
パッカルが静かに、穏やかに言って笑う姿に私は頷いた。
わざわざ自身の作品を売り込むのに、子供服を持ってきたのは彼女がそのつもりはないという意思表示だったんだろうなとどこかで思っていたから。
考えすぎかなと思ったけれど、そうでなかった事にほっとした。
「……王女殿下は覚えておいでではないとわかってはおりますが、貴女様がお生まれになった時に産着をご用意させていただいたのです」
「まあ!」
「わたしは先程退室したフラジール嬢が仰った通り、新しいものではなく昔から続く技法とデザインを大事にしている年寄りに過ぎません。……そろそろ引退も考えておりました折に、王女殿下のお話を耳にいたしました」
国王の娘、その産着をと言われた時にはどれほど栄誉だと思ったのだろう。
彼女はそれ以上語らない。
だけれど、私を見る目は、とても……そう、とても優しかった。
「遠くからではなく、おそばで成長したそのお姿を目にしたかったのでございます。お美しく成長なさったお姿を拝見できて、わたしの産着で育たれた王女殿下が大人になられた事、とても嬉しく誇らしゅうございます。……わたしのデザイナー人生において、これ以上ない喜びでございました」
「……そうなのね、ありがとうパッカル。引退は残念だけれど、どうぞ健やかに」
「優しいお言葉、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
ゆっくりと腰を曲げ、私に対して深くお辞儀をしたパッカルが笑みを浮かべて去っていく。……生まれたばかりの私を知る人、とは思わなかったけれどどこか胸が暖かかった。
女性デザイナー二人が去った後は、沈黙が訪れた。
しんとした部屋で、私と残った二人とで奇妙な緊張感が生まれている気がする。
(さて、どうしたものかしら)
残った二人は、まだ黙して語らない。
一人は目力強く私を見つめ、もう一人は俯いたまま顔を上げない。
勿論、このままでいいなんて思わない。
私は私らしく『王女』として前を進みたい。その時に、着るドレス。
それを作ってもらいたいけれど、それはただ命令して手に入れるものではない。そういうのが欲しいんじゃないのだと、どうやって伝えたら良いのだろう。