65.
「それでは次はわたくしですわね」
胸元に手を当てて、キツめの顔立ちの女性だった。先程の失言による失態を挽回しようと思っているのか、それとも自分のデザイナーとしての腕前を披露したくてたまらないのか、とにかく彼女は気が逸っているような気がする。
「……そうね、ではお願い」
本来なら私という身分序列が上の人間が声をかけて……というのが通例なのだけれど、ここでそれを言うとまたややこしくなりそうだ。
一応減点、ということで頭の中に小さく採点をしつつ自己紹介を促せば、彼女は優雅な所作で見事なお辞儀をしてみせた。
おや、と思った私の気持ちに気が付いたのか、彼女はドレスと同じく真っ赤に塗り上げた唇をにんまりとしてみせる。それは優雅とは言えない表情だけれど、不思議と下品とは思わなかった。
「わたくしはサシー・フラジール、フラジール男爵家に連なる者ですわ。ただ貴族としてはまだ歴史も浅く、礼儀作法がなっていない部分は多々あると自覚しております。王女殿下にはご容赦願いますわね」
「え、ええ」
これはまた強烈な女性だ!
自分から礼儀作法は自信がないから大目に見てくれなんて謙遜じゃなく、本気で言ってくる人は初めてかもしれない。
周囲も呆気にとられた様子で、けれど彼女……サシーはまるで気にした様子はなく「うぅん」と小さくうなって顎に手を当て、私を上から下まで見ている。その目は真剣そのもので、なんだか不思議。
「わたくしの生家は元々商家でして、いわゆる成り上がりものでございますがその分輸入品や流行には敏感ですの。技術の面では先の方々に劣るとは思いますし、わたくし自身の未熟をこれからは研鑽していくつもりですがデザインに関しては先を行っていると自負しておりますわ!」
「え、ええ」
「今日お持ちしたわたくしの作品ですが、残念ながら王女殿下にはお気に召さぬものかと存じます」
「え?」
「最近の流行を取り入れ、スパンコールやビジューをふんだんに使用した夜会用のドレスをお持ちいたしましたがお好みには沿わぬと判断いたしますわ。わたくし、着用者の望みとわたくし自身のインスピレーションを大事にして服を作りたいのです。ですから、そのデザイナーとしての勘が告げているのですわ。今回の服は王女殿下のお気に召さないって」
うんうんと一人納得する彼女に、私は目を瞬かせるしかない。
ちょっと気が強くて自己主張の激しい人なのかと思ったけれど、いや多分間違ってはいないのだけれど、思っていたよりも周囲が見える人なのかもしれない。ただちょっと視野が狭い……かな。
「それでも作品を見せてもらって貴女の技量を知りたいわ」
「さようですか? それでは」
侍女が合図で持ってきたのはそれはもう! なんて例えたら良いのかしら、今まで見たこともないデザインで、……そうね、私好みではない、わね?
ドレスのスカート部分が半分クジャクの羽みたいな模様で、上半身はきらきらとした仕上がりで……夜会用というよりも何か、ええ、どこかの舞台とかで着る衣装のようにも見えるのだけれど……。
唖然としつつ、しゃらしゃらと音を立てるみたいに揺れるビジューのバランスは見事だなあなんて思っているとサシーは大げさなため息を零した。
「そちらはとある商家のマダムがご所望で作り上げた品にございますが、少々王女殿下には派手すぎるかと思いますわ。王女殿下用に仕立てるのでしたらビジューの量を減らし、クジャクの羽もとっぱらってエンパイアデザインのもっと優美なものを推奨いたします」
「……そ、そう」
「マダムはお気に召したのですけれど、ご夫君が支払いができぬという事で手元においてございましたの。技量を示すにはちょうど良いかと思って持って参りましたけれど」
「あ、ありがとう」
まだ話したりなそうではあるけれど、うん……いやあ強烈な人ね。憎めない感じだけれど。思わず笑ってしまいそうになる自分を戒めつつ、また紅茶を手に取るとラニーがそっと私の側によって腰をかがめた。
「あのお嬢さん、強烈ですねえ!」
「ええ、でも面白い人ね」
「あの人なんてどうです、一層賑やかになりますよ」
「……考えるわ」
専属デザイナーだもの、夜会や社交界用の服だけでなく外出着やその他も考えなくては。
ラニーとしては面白さが勝っているのだろうし私もちょっとサシーという個人には興味が出たけれど、それだけで登用はできない。
「それでは最後に……」
「……アルガンシアと申します」
一礼した、若い男性はそばかす以外特徴らしい特徴がなくて、私と目を合わせようとはしなかった。ある意味一番礼儀にかなっているけれど、そうではない事くらい雰囲気で分かる。というか、彼が持つ空気を、私はよく知っていた。
(……)
どうして、と思うけれどそれを口に出す事はない。
口に出してはいけない、それでは何も変わらない。
だから私はにこりと笑って見せた。
「アルガンシアですね、貴方の事は見覚えがあります。……サシーもだけれどね」
「え」
私の言葉に、驚いたようで声を上げたサシーがまた口元を抑える。
彼女は存外、うっかりさんなのかもしれない。
「デスクイダー工房の方ではなかったかしら?」
「……そう、です」
「サシーはヌルヴォ工房だったと記憶しているのだけれど……」
「え、ええ。ええ! そうですわ!!」
デスクイダーとヌルヴォは、この国でもトップクラスのデザイナー。
その弟子は何百という数になると私も耳にした事があるし、その頂点にある二人は当然お父様やお母様のようなトップの衣服を手掛ける事もある。
ディアティナ姉様の夜会服を作るのに、ヌルヴォ女史が来ていた時にサシーを見たような気がする。その時の彼女は大勢のうちの一人だったし、私はそんな光景をカーテンの裏から見ているようなものだったけれど。
「アルガンシア、貴方の作品をここへ」
「……」
「ここへ」
「……かしこまりました」
そしてデスクイダーの作品には、ある特徴がある事で有名なのだ。
その特徴から、貴族たちの間ではステータスのように持て囃されて入手に何か月も待つと聞く。
(……お父様)
それを、お父様が知らぬはずがない。
私にとって、残酷なまでの、それを知らないはずがない。
それでもここに、彼を寄越した理由は。
そして彼が残った理由は、そう思考を馳せると逃げ出したくなるけれど私はぐっと膝の上で拳を握ってその弱音をやり過ごす。
私の前に侍女が持ってきた、美しい、ただ白い、オフホワイトのケープコート。
同じ色の糸で刺繍が施されている事は、手に取ってわかる。
「綺麗なものね」
「……」
私の声に、アルガンシアは答えない。
俯いてしまった彼が、今何を思うのか。
それは私にはわからない。
「特にこの刺繍は見事ね。きっと映える事でしょうね……魔力が」
私の声に、アルガンシアの肩がぴくりと動く。
デスクイダーの衣類は、一般人には手が届かない高値。
そして貴族たちが好む服。
それは勿論、デザインや布地、他にも使われる全てが最上の物を使用しているからだけどそれだけじゃない。
着用者の魔力を、糸に映し出す。
その色が鮮やかであればあるほど、魔力の強さや量がわかるようで面白い……と。
だからこそ、こぞって貴族たちが手に入れたがるのだ。
そして魔力のない私が触れても、ケープコートの刺繍は色を変えない。魔力のない私に反応するわけがないのだ。
それでもこれを、自身の代表作としてアルガンシアは持ってきたのだ。
私はケープコートをトレーに戻し、笑って見せた。
「みなさん、ありがとうございました。それぞれの技量、見事なものですね。この場に残り、それを示してくれた事に改めて感謝します」
穏やかに私が言えば、デザイナーたちはそれぞれに、姿勢を正した。
私の後ろで、お父様はこれをどう見ているのだろう?
そして私は。
私は、上手く笑えているだろうか。個人ではなく王女として、綺麗に笑えているだろうか。
もうこの姫様、俯いてばっかりじゃないんだぜっていうかっこいいところが出せたらいいなあと……!