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64.

 私の言葉に、それぞれがそれぞれに驚いたようだった。

 息を呑むように、おやっと思ったように、苛立ったように。


 そんな彼らの様子に、私の側に控えるラニーが呆れたような眼差しを向けているのだけれど彼らは気づいているだろうか。

 

「どうでしょう、お答えいただけますか。どなたからでも構いませんが、どうせでしたら今この場を去ろうという方はそのままこの部屋を辞していただいて構いません。お父様、よろしいでしょう?」


「勿論構わない。クリスティナのための人材だ、お前が思うようにやりなさい」


 お父様の言葉に、私は頷いてもう一度デザイナーたちを見る。

 彼らは戸惑っているようだったけれど、去ろうか去るまいか、悩んでいる人だけではない事に私は少しだけ驚いた。

 だけれど、これだけでは押しが弱いのだろうと私はもう少しだけ言葉を続ける。


「……私の専属という事に、不満がある人もいるでしょう。その点についても何かを言うつもりはありません、今この場を離れたからと言って先程も申し上げた通り咎めるつもりは一切ありません。それは王女クリスティナの名前に誓いましょう」


 ここまで言えば悩んでいる人たちの決定打になったらしく、彼らは私を見て、お父様を見て、ぺこぺこと頭を下げながら部屋を出て行った。

 残ったのはそれでも四人もいて、私は内心驚いた、もしかしたら少しは顔に出てしまったかもしれない。


(……でも、確か)


 流石に出入りしているデザイナー全てを覚えているわけではないけれど、それなりにお父様が声をかけたり私たち王族に関わるくらいのデザイナーともなれば顔くらい見覚えがあるはずだ。

 そんなに私自身が服に頓着していなかった……というか、負い目があってドレスなどをねだるわけにはいかないと、社交も控えめだったせいであまり接点がなかったから記憶が薄いのだけれども。

 それでも残った四人のうち二人には、見覚えが微かにあった。

 それも、正確にはデザイナーの後ろにいたとかそのレベルの人だったと思う。だから彼らの技量まではわからないけれど……お弟子さんから昇格という事で気合が入っているのかもしれない。

 キツめの表情をした女性と、そばかすの男性。

 それ以外には老齢の男性と、同じく老齢の女性。

 なんだか中間点のない、極端な男女が残ってしまって私としても次になんと質問して良いのか少しだけ、戸惑う。


「……残っていただけて、嬉しいわ」


 とりあえず、そう私が言えば当然だとでも言うようにキツめの表情をした女性が鼻を鳴らし、そばかすの男性は頭を下げた。老齢の二人はただにこにこと笑っていて、ああ、なんだかどうしたらよいのだろう。


「どうぞ皆さん、座ってください。私も座りましょう」


 私がそう声をかけて用意されていた椅子に腰かければ、彼らも腰かける。

 王族が優先されて当たり前、だけれどこのやりとりは私にとっては緊張そのものだ。だって、お父様が見ているという事もそうだけれど同時に彼らも私を品定めしているに違いない。

 専属デザイナーになるという事は、私に仕えるという事なのだから!


「それでは改めて、貴方がたの自己紹介を聞かせていただけるかしら? 誰からでもよいのだけれど、右側のあなたからお願いしても良いかしら」


「あら、わたしですか」


 穏やかそうな老女ならば、少しだけ安心できる気がした。いいえまだ油断はできないのだけれど……って別に争っているわけじゃないし、ただ挨拶してもらうだけなのだから変な緊張をしてはいけない。

 身構えず、穏やかにほほ笑んで頷いて見せる。優雅さを、忘れずに。できているかしら、いいえきっとできているわよね?


(後で頬がひきつりそう!)


 笑顔の練習は散々してきたつもりだけれど、改めて意識して続けるとなるとなかなかこれが骨の折れる作業で、そちらに意識を集中しすぎて他の事が疎かになってしまいそうで怖いくらい。

 とはいえ、そんな事になってはいけないので、私は彼女をじっと見た。


「わたしは、パッカルと申します。得意なものは細工物(ビジュー)の縫い付けでございまして、このような作品を例としてお持ちいたしました」


 彼女の声に、控えていた侍女たちが作品を持ってくる。

 子供用のドレスだったけれど、それは美しいレースとビジューを品よく仕上げたものだった。

 純粋に優美だと私は思ったけれど、「なにあれ、時代遅れね」なんて声にぎょっとすれば声の主はキツめの顔をした彼女で、彼女もまた自分が思わず声に出したそれが思った以上に大きかったからか顔を少し赤らめて、ばつが悪そうにしていた。


「自由な発言は、控えていただけると嬉しいわ。今は私が貴方がたと対話する時間だと捉えていただきたいの」


「……失礼いたしました」


「パッカル、貴女の作品を手にとっても?」


「勿論でございます、王女様」


 私が穏やかに注意をすれば大人しく引いてくれたから、内心ほっと胸を撫で下ろす。

 デザイナーたちにはそれぞれに矜持もあるだろうし、流行や得意分野で張り合う事もあるに違いない。

 どこにだって競争はあるし、自分が一番だと思う人からすれば他人の作品など評価するに値しないなんて暴論の人もいたっておかしくないのだから。


 それに、ああいう感情を胸に秘めれず言葉に出してしまうのは、マイナスだ。

 誰にも良い印象はないと思うのよね……彼女もわかっているからこそ大人しく頭を下げたのだろうけど。


「このビジュー一つ一つ形が違うのね、縫い付けはそれぞれに違う手法なのかしら?」


「おわかりいただけますか、ありがとうございます」


「これほどの量を手法を変え最も美しく見えるよう工夫を凝らせる、それが貴女の強みだという事がよくわかりました。ありがとう、こちらはお返しします」


 侍女にドレスを返して、にっこりと笑って見せる。

 それから視線をずらして、老齢の男性の方へ視線を定めれば彼は静かに、そして深くお辞儀をした。


「ヴィンスと申します」


 短く己の名前だけを告げ、作品を持って来させる姿は若干威圧的で、私は表面上には出さなかったけれど彼に対して苦手だと感じた。


(いいえ、まだわからないのに決めつけてはいけない)


 もしかすればただ寡黙なだけで、シャイな人なのかもしれないし!

 人形(マネキン)に着せられたドレスは、光沢がある布地にドレープを多用した、とてもエレガントなドレスだった。特別な装飾などないというのに幾重にも作られたひだがその素材の美しさそのものを引き立たせているのだから不思議だ。

 思わずホウと溜息を洩らせば、ヴィンスが僅かに口の端を持ち上げるようにして笑った気がする。


「とても柔らかな生地ね、同じ絹でも仕立て一つでこうも違うものなのね……」


「恐れ入ります」


「貴方の丁寧な仕事ぶり、感心しました。ありがとう」


 これで残った四人のうち二人の自己紹介を受けたわけだけれど……。

 堅実な、良い仕事をする職人だなというのが印象で、新しさは何もないけれどその分安心して着られる衣装を仕立ててくれるに違いない。

 好みで言えばヴィンスのものが私としては好ましいけれど……あんなにエレガントなものが私に似合うかどうかは別として。


 残る二人の作品と、挨拶から見えてくる人柄は一体どんなものなのだろう。

 若干、いいえ、正直不安が残る感じなのだけれど。

 若い分だけ勢いと自負があるのかもしれないと前向きに考えてみるのがきっと良いのだろうと思う。


(……そうよね、良い点をまず見なくては)


 悪い点ばかりを粗探ししたいわけじゃないのだから。

 私は侍女が持ってきてくれたお茶を一口だけ飲んで、口の中を潤す。

 キャーラのお茶が飲みたいな、とちょっぴり思ったけれどそれはまた戻ってからお願いしようと考えたのだった。

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