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63.

 ラニーと一緒にお父様に呼ばれた部屋へと向かう。

 王城の中を歩くと当然人がいて、国王が仕事をしている場なのだからそこにはある程度身分が高い貴族や、有能な人員がそこかしこにいるわけで……。

 そんな人たちは『残念姫君』だった私にとっては怖い人たちだったんだよなあと思うと、正直今も心拍数が上がっている状態。


(……ドレスも髪形もちゃんとしてるはずだし、崩れてないと思うし)


 大丈夫、私は大丈夫。

 少しだけ、歩く足がドレスの中で震えて歩みが遅くなっていないか心配だけれど……。


「クリスティナ様」


「な、なぁに?」


 ラニーに呼び止められて、私も足を止める。

 ああ、変なところがあったんだろうか。

 思わず心配になってラニーを振り向くと、彼女は私を背後に隠すように前に出た。

 その事に少しだけ目を瞬かせたけれど、ラニーの視線がまっすぐ前に向いているのを見てはっとする。


 そこにはディミトリエ皇子と、そのおつきの人たちがいたから。

 さっきまでいなかった、よね? まるで行く手を阻むように彼らは私たちの前にいて、そんな狭い廊下でもないのに、どうして。


「こんにちは、クリスティナ王女」


「……ごきげんよう、ディミトリエ皇子。今日は城内を散策ですか?」


「ああ、先程本国からの外交官が来ていてどうしても挨拶をしたいというものだから。煩わしい事この上ないけれど、仕方がないよねえ」


「そうでしたか」


「王女はどちらへ?」


「陛下に呼ばれておりますの」


「そうか、それじゃあこれ以上立ち話は良くないね。今度是非時間をとってもらってゆっくり話をしてみたいのだけれど」


「……では、そのような機会がございましたら」


「ありがとう、それでは失礼。ああ……その装い、とても素敵ですね」


「ありがとうございます、嬉しいです」


 私は、褒められたその言葉に対して笑みを浮かべた。

 嬉しくて浮かべたというよりも、意識して、できる限り綺麗に見えるように笑って見せた。


 でももしかしたら、ぎこちなかったかもしれない。

 そんな私とは真逆に、ディミトリエ皇子がにこやかにほほ笑みかけてくるその姿は、とても優美でまさに王族としての貫禄があって、私は心配になってしまった。

 ちゃんと受け答えできただろうか。

 声は震えなかっただろうか、笑顔は成功しただろうか。

 

 ディミトリエ皇子が私の横をすり抜けて去っていくのを感じても、それを視線で追う事も出来ない。振り返って、あちらがこちらを見ていない事を確認しないのはせめてもの意地だったけれど、私はゆっくりと、細く細く息を吐き出して、再び前を向いて歩き出す。


 ラニーは、私に何かを言おうとして、何も言わなかった。

 それが、すごくありがたいと思った。


 前を、向こう。

 俯いてはいけない。

 そう兄様にも言われたばかりだ。


「クリスティナ様?」


「……なぁに?」


「ご立派でしたよ」


「ラニー」


「なんです?」


「……ありがとう」


「いえいえ」


 ラニーの声に、少しだけほっとする。

 一人ではないって、本当にいいなあって。そうまた実感した。


 そして目的の部屋について、中に案内された私たちを待っていたのはお父様と、見知らぬ男女、その年齢はバラバラで、服装もなんだか奇抜な人から落ち着いた人まで様々だった。

 彼らが私に会わせたい人たちなのだろうか?

 

「お父様、お待たせいたしました」


「いいや、時間通りだよクリスティナ」


 お辞儀(カーテシー)をした私に朗らかなお父様の声が降る。

 どうやら思っていたよりは公式的なものではないようで、ほんの少し身体から力が抜けた。


「あの、それで今日はどのようなご用でしょう?」


「なに、呼びつけたのは悪かったが可愛い娘の顔が見たかったのだ。許せ」


「いいえ、お父様がお呼びでしたらいつなりと」


 とはいうものの、朝お母様の元へ挨拶に伺った時にお父様にもご挨拶しているから今日これが顔を合わせるのが初めてというわけでもなくて、恐らくお父様のその言葉は意図的にこの場にいる人間に私が家族として大事にされているんだ、というのを聞かせているんだとは思うけれど……では、それは、なんのために?


「さて、今日お前をここに呼んだ本題だが」


「はい」


「お前も成人して婚約者もできたしな、体が弱い(・・・・)とはいえいつまでも社交に顔を出さないのでは夫となるレイジェスを支えるのに不便だろう」


「えっ、……は、はい」


 身体が弱い?

 いいえ、そんな事はない。もちろん丈夫かと問われると五体満足であまり病気もないという程度で、軍人たちのようにというわけではないけれど……でも弱いといわれるほどではない。

 思わず疑問を口に出しそうになったけれど、お父様の顔を見てそれをすんでのところで留める。


(ああ、そうか)


 今まで社交場に最低限しか姿を見せず、出てもすぐにそこを去ったのは『体が弱いせいだ』とすれば娘可愛さに許されていた事なのだろうと、そういう風に仕向けるのだろう。

 その上で婚約者を得た娘はこれから社交場に少しずつ顔を出し、『ゼロ姫』としての地位を確立させる中で『残念姫君』の不名誉な噂を払拭しようという考えなんだろう。


 簡単な話ではないけれど、そうすればより動きやすいのは事実で、こうして家族が私のために気を使ってくれている事がこそばゆくもありがたい。

 ああ、本当に私は人に恵まれているなあ!

 

「お前は今まで社交の場に出る事は少ないからとあまりドレスやアクセサリーなどもねだらなかったからな。これを機にお前専属のデザイナーを一人つけようと思って集めたのだ」


「……専属、ですか?」


「ああ、侍女と同じで専属だ。お前の普段着からドレスまで、なんでも作らせると良い。気に入った者がいればよし、いなければまた別の者を呼ぶだけだ」


 ちらりと視線を向ければ、デザイナーだという人たちの視線もこちらに向いている事に気が付いた。

 そしてその視線が、決して好意的なものだけでない事も理解する。


(……お父様は、私を社交場に送るだけでなく、何をしようとしているのかしら)


 どうやらこれは、私自身試されているのだと気を引き締める。

 兄様にも王族としての振る舞いを教えてもらったばかり。そういう意味で私はまだまだ半人前なのだから、頑張らなければ。

 気負いすぎて失敗しない程度に。その為にお父様も柔らかい、国王としてよりも父親よりの表情で私に語り掛けてくれているのだから。


「どのように決めればよろしいですか?」


「ふむ、そうだな。一人ずつ挨拶をさせ、持ってきた作品を見てやると良い。その上でお前がもう少し話してみたいと思う者から選べばよかろう」


「はい、お父様」


 私がお父様に頭を下げて、彼らの方へと向きなおれば彼らもまた私の方に視線を向けた。

 やっぱり好意的でない視線が混じっているが、私はできる限り優雅に微笑んで見せる。


「お待たせいたしました、私が第二王女クリスティナです。貴方たちのお名前を伺う前に聞きたい事があるのでまずそれに答えてください」


 私の言葉に、全員が眉を顰めた。

 ある人は驚いたように、ある人は不思議そうに、またある人は不快そうに、怪訝そうに、面白そうに。


 それぞれの反応はとてもわかりやすいと思ったけれど、私は笑みを崩す事なく言葉を続ける。


「お父様からすでに話が行っているでしょうが、改めてお聞きします。貴方がたの中で、私に仕えたいと思う人間はいますか。そうでない方はどうぞお引き取りを。それで咎め立てるような事はありません」


 残念王女に仕えるなんてしたくない、けれど王室の要請を断るなんてできないからこの場にいる。

 そういった人は帰ってもらった方が良いのだ。お互いのために。

 そう、これは私への試験であると同時に、彼らもまた試されているのかもしれない。お父様によって。

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