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60.

「兄様、お待たせいたしました」


「いいや、待っていないよ。可愛いクリスティナ、すまないね突然やってきて」


「いいえ。兄様が私に会いたいと思ってくれたなら嬉しいです。でもお忙しいのでは?」


「うん、まあね。……あーもう、可愛い妹との時間をもう少しくらい増やしてくれたっていいのになあ」


「まあ!」


 シグルド兄様の言葉に思わず私が笑えば、兄様は笑って私の頭を撫でた。

 優しくて頼りになる兄様、それは子供の頃からずっと変わらない。

 ディアティナ姉様と揃って私の事を可愛がってくれて、いつだって守ってくれた。


 最近では王太子としてとてもお忙しく過ごされている事は私も知っているし前に相談したいという事を話した時もなかなかお時間が取れなくて……それなのに今日はどうしたんだろう。

 やっぱりディミトリエ皇子の件だろうか。

 兄様も、国益を優先するならば私が他国の王族に嫁ぐのが最善だと思うのだろうか。

 いいえ、そうよね。それが当たり前だとわかってはいるのだけれど。


(でも自国の有力者に王女を嫁がせる事も、政略として大事なはず)


 それを踏まえた上で『英雄』に私を嫁がせる事をお父様もお決めになられたのだから。

 いくら有能で、かつての腹心がその一族の端に加えたとはいえ、レイジェスの立場は王族から妻を迎える程ではない。


 だからこそ、勘違いしていた私にとってはとんでもない事態だったわけだけど……まあそれはもう過去の話。


「そんな緊張しないで。クリスティナがすっかりレイジェスに取られて傷心なんだから!」


「兄様ったら」


「いつでも嫌気がさしたら僕に言うんだよ、幼馴染(あのバカ)より妹の方がずーっと大事なんだから。大体アイツがあそこまで捻くれた物の考え方なんてするから拗れたんであって、お前が苦労ばかりするのは割に合わないんだ」


「……兄様は、レイジェスが私を嫌っていないって知っていたの?」


「ああ、勿論。ディアティナも知っていたよ。ただほら、レイジェスは偏屈だったから正直応援はしたくなかったっていうか、お前を守るためにとかほざきながらお前を傷つけた段階でその点においては許してない」


 きっぱりと言い切った兄様は、それではなぜ私に告げてくれなかったんだろう。

 教えてくれていたら、私たちの関係がこの年齢まで拗れる事もなかったような……と思ったけれど。

 よく考えたら私たちのような不器用者が両想いだからって浮かれていたら、身分問題や周囲の目に上手に対応できたか、とてもとても怪しい気がする。

 勿論家族のみんなが手助けしてくれるだろうけれど、どちらかというと守られて終わり、だったかもしれない。


 そう考えるなら、自分たちで考えて行動した結果今があるのだから悪くないのかもしれない。


「今日ここに来た理由はね、この医療費制度と国民の学力向上についての意見書について少し話を聞きたかったんだ」


「あっ、それ……」


「昔ディアティナも似たような事を言っていたけれど、アイツは具体的な案はまるで出さない上に『なんかこうばーんってすればいいじゃない』っていう適当っぷりだったからなあ」


 くすくす笑った兄様の手には、確かに私が提出した意見書があった。

 まさか読んで興味を引いたとでもいうのだろうか。

 いいえ、これが実現したならとても嬉しい話だけれど。


「どう考えてこう至ったかなどは今は時間がないから聞かないけれどね、これを制定した場合におけるこの国への益をどのように考えているのか、或いは育った人員をどのように外に逃がさないか……そういった事も含めて考えているのかな?」


「はい、王太子殿下」


 柔らかな笑みそのままに、私へ問いかける目の前の人は『兄』ではない。

 この国の時代を担う『王太子』として私に問うている。私はそれに応えなければならない。


(……私は、私にできる事をする)


 魔力で貢献できないならば。

 知識で貢献できる事は何か。


 前世の知識なんて、あの謀反までしかなくて……と嘆いていたけれど断片的に思い出せる範囲と私が知り得る人民の暮らしを調べて比べて改善点を探して、そしてとうとう完成した意見書だ。

 碌に王族として実務に携わった事のない私のそれは、きっと甘い理想論が多く含まれていて、そして足りない部分も多くて、きっと見る人によってはさっさと破棄されるものかもしれない。


 だけど、兄様が『王太子として』それに興味を持ってくれたならば。

 それは少なからず、価値ある考えとしてみてもらえたという事にならないだろうか?


「良い表情だ。やっぱりお前は父上に似ているよ」


「えっ?」


 叔父様も仰っておられたけれど、そうだろうか?

 私は全然、お父様に似ているとは思えないのだけれど。


 小首を傾げた私に、兄様が笑った。


「まあいいよ。さ、座って話をしよう?」


「は、はい。グロリア、お茶をお願い。キャーラ、ヴァッカスたちには私はもう少しかかるからと知らせておいて」


「かしこまりました」


「は、はははっ、はい!!」


 テーブルの上に置かれた意見書だけでなく、一緒に添付しておいた資料も兄様は持ってきてくださっていた。

 ああ、本格的に話を聞いてくれるんだなと思うと、なんだかドキドキする。


(私が、残念な姫君ではないと、……仕事で、少しでも貢献できたなら)


 できる事は何かを、ずっと考えていた。

 誰かのためにできる事、漠然としすぎたそれは雲を掴むような考え。


「それじゃあ、説明をしてもらおうかな」


「はい、概要にも書かせていただきましたが、私はこの国の識字率の低さについて焦点を当てるべきだと考えています」


「うん、それについては多くの人間が今までも議論を重ねてきた。国として支援金を出す事もやぶさかではないし、学校なども国立で建てている。それでも足りないということだね?」


「はい。残念ながらそれが維持できているのは王都から近い町のみであることはそちらの資料にも添付させていただきました」


「うん、よくできている」


「ありがとうございます」


 多くの論文や報告書、それらに目を通して知った現実。

 ターミナルは、豊かだ。

 豊かだからこそ、恐らく周辺諸国よりも様々なものが充実している。魔道具のおかげで不毛と呼ばれた大地の開発は進み、実りも多く飢えもない。魔力が弱くとも増幅の魔石の力と、王家からの補助魔力で明りは常に灯す事ができるし、水脈を探す事も岩盤を割る事も、まったく苦労がないわけではないけれど可能なのだ。


 だからこそ、地方の人々は識字率を高める事よりも労働を中心に考える傾向にある。

 私は、それを改善してほしかった。

 

 悪い事ではない。

 それで『暮らせて行けるから』それで十分だと彼らは思っている、それは国が豊かだからだ。学ぶ機会があった上で、学ばない事を選択しただけの話。


 でもなぜ学ばないのか、に対して「なんとなく」ならばそれは違うと思う。

 親がその姿勢で学ぼうとする子供に対し変わった子供だと呆れて、その親に恭順する事を選んで後悔したという話もあるくらいだ。

 だからこそ中央議会でも何度も話し合われた議題でもあるのだけれど……。


「それで? それとこの医療制度について、なんの関係があるんだい?」


「はい、地方の識字率を上げる事にはつながりませんが、この国から離れる要素は減るのではないかと思って」


「うん、続けて」


「一つは学力を高めた場合、条件によって他国に引き抜かれる……という事が懸念されます。でもこの国が母国だから、愛着があるから、そういった理由以外に選ぶ理由があればよいと思いました」


「それが医療制度?」


「はい」


 どの国でもそうだけれど、医療費は高い。

 ターミナルは周辺諸国に比べると若干安いくらいだけれど、それでも気軽に医者にかかろうというのは難しい話。


 それは勿論、技術職に対する対価という点でも大きな問題だけれど医療魔術に対して増幅の魔石が使えるというのが大きいと思う。


 でももし、この貴重な医術が、もっと安く利用できるとすれば?

 今までは医師の数が絶対的に少なく、そんな彼らに負担をかけないようにという事もあって医療費は安くならなかった。

 だけど学力向上で医師が増え、その医師が自らの希望でこの国に留まってくれたなら?

 医療を民に身近にすることで恩恵を与えれば、彼らは離れない。

 医師も増えるし学力の向上にも繋がる。


 勿論、それが成立するようになるまでどれほどの時間がかかるのかとかそういう問題はあるけれど。


「うん、着眼点は悪くない」


 兄様が笑った。

 ああ、及第点がもらえたんだとほっと息を吐いた私に、兄様は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「クリスティナ、次から議会には君も参加するんだ。まだ意見は述べなくても良いから座って聞いているだけでいい」

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