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59.

 私たちが戻ると、ラニーが予想していた通りヴァッカスがサーラを前に縮こまっていて思わず私たちは笑ってしまった。

 キャーラがおろおろしていたけれど、私たちの姿を見つけてどこかほっとした様子を見せていたので声をかけることにした。

 ヴァッカスもキャーラの視線に気が付いて私たちの方を見るなり縋るようなまなざしを向けてきたし。

 そんなにサーラのお説教は怖かったのかしら?

 なにをしたのかわからないけれど。


「どうかしたの?」


「クリスティナ様」


 サーラがちょっとだけ気まずそうに、私から視線を逸らす。

 だけどそれはほんのちょっとのことで、彼女は手に持っていたモップの柄をとんと床につけて唇を尖らせた。


「この男、ご飯、食べてない。……です」


「え? 朝は自宅で食べてきたとして……お昼を食べていないの?」


「いや、朝も早くこっちに来たかったから家政婦が来る前に出てきてしまって……」


「だから、用意した。です」


 サーラがつんとそっぽを向く。

 確かに散乱とする本の間に、食器が乗ったトレーが見える。

 推察するに、サンドイッチとお茶とフルーツ……とかかな? どれも空っぽになっているから、きちんと食べたのだと思うけど。

 まあちょっとトレーに色々零れているのがもしかしたらサーラにとって嫌だったのかしら?


「なのにこの男、食べ方が汚い!」


「き、気を付けてたよ……!!」


「本を片手にサンドイッチを食べるのが!? トレーを下においておけばいいってもんじゃないんだから!!」


 本を片時も手放さないヴァッカスの行儀の悪さにサーラが怒り出した、というところなんだろうと思うと、なんだか微笑ましい。


(とはいえ食事は大事だし、本を片手に……というのは良くないわよね)


 私は少しだけ考える。

 私が昼食を共にと言えばヴァッカスだって渋々ながら従うのは目に見えているけれど、それはきっとレイジェスが良い顔をしないと思うし……じゃあちゃんと食事をするように?

 それもなんだかちょっと違う気がする。


「ねえヴァッカス、いくら気を付けていてくれたとしても本に有機物が付着する可能性は否めないのだから、食事と場を変えるのは必要な事だと思うわ」


「……だ、だってこんな貴重な書物……」


「私の家庭教師を勤めている間はここの書庫はいつだって出入りしてくれて構わないのだから、慌てないで欲しいの。今後も書物は増えていくし、時間が足りないと思うかもしれない」


 彼が必要だろうとピックアップしてくれた道具やその他の事以外に、書物系で希望を聞いたところ莫大なものになった、とはグロリアから聞いている。

 全部が全部叶える事は不可能だけれど、少しずつ私にとってもよさげな本から入手出来たらいいなと思っているのは本当の気持ち。


「だけど、だからこそ大切に扱ってほしいと思っているの。本も、貴方自身も」


「……僕自身?」


「ええ、私の先生だもの。研究に熱中のあまり倒れたのでは、心配でたまらないわ」


「お、王女殿下が、僕の心配?」


 それ以上言葉を連ねるのではなく、にっこりと笑って見せればヴァッカスはあっけにとられた表情で私を見ていた。

 サーラに手ぶりで落ち着くように伝えれば、彼女もまだ不満そうにしつつも従ってくれる。


 女主人、というやつとしてはまだまだだろうけれど、なんとか良いようにまとまったなら嬉しい。

 ただこれが正解だったのかどうか、それに対して答えてくれる人がいない以上私は余裕を持った振舞いをして、穏やかに笑みを浮かべていなければならないわけで……。


「クリスティナ様」


「ああグロリア。どうかした?」


「先程陛下より使いの者が参りました」


「……お父様から?」


 それじゃあ今日も勉強と称したアニーの治療法について語ろう。そんな風に思った私たちの前にやってきたグロリアに、私は驚いてしまった。

 だってお父様からの使いの者が来るだなんて、先日の婚約発表以来なかった。


「後ほど、部屋に来るようにと……」


「そう」


 何か叱られるようなことをしただろうか。

 少しの不安を覚えたけれど、それを表に出せるはずもなくて私は心配そうに視線を投げかけてくるみんなに気が付かないふりをするのが精いっぱい。


(……どうすればよいのかしら)


「おそらくですが」


 グロリアが少しだけためらってから、私の方をまっすぐに見た。

 一体どうしたのかと私が視線で続きを促せば彼女は口を開いた。


「……マギーアの皇子が陛下に向かってクリスティナ様とお話がしたいと直に願われたのだと耳にいたしました」


「ディミトリエ皇子が……!?」


「陛下がどのようにお答えになったかまでは不明ですが、流石に無碍にはなさらないかと」


「……そうよね」


 レイジェスが一通り断ってくれているのだとすれば、それを超えた人物に願い出るのが妥当なところ……だけど、それってお父様になってしまう。

 ああ、ディミトリエ皇子は野望を持つ人なのだから、そのくらいの労は惜しまないに違いない!


「それに、王太子殿下の元にもディミトリエ皇子が足繁く通っておいでだとわたくしは耳にしております」


「お兄様も……?」


 ますますもってその状況ならば私を利用してディミトリエ皇子が王位継承権争いに拍車をつけたいのだとわかるけれど、そこにお兄様も絡んでいるとなるとそこはターミナルという国家にとっても……ならだからってレイジェスと別れろと言われてはいわかりました、ってできるわけもない。


 お兄様に近づくのは今後の将来的な事を考えての行動かもしれないけれど、やっぱり私という存在を妻として手に入れるというのは大きいのかしら、大きいわよね。

 そう思うと自分自身よりも『ターミナル王国第二王女』という価値の大きさに震えが来てしまいそうだけれど、幸いにもそんな震えは表に出さずに済んだようだった。


「そうね、とにかくお父様をお待たせするなんてできないし、ご都合のよい時に伺いたい旨を伝えてもらえるかしら? お返事をいただいた時間に行けるよう、支度は整えておきましょう」


「かしこまりました」


「ヴァッカス、そういうことだからまたバタバタして申し訳ないけれど、今はそうね、少し片づけて有益なお話をしたいと思うの。どうかしら?」


「も、勿論です!」


 お父様からのお返事をいただく前に、少しだけ。

 大慌てで片付けようと立ち上がるヴァッカスを、はたきが制する。


「……掃除は、あたしたちの領分」


「お、おま、お任せください!!」


「えっ、いやでも僕から見たらそんな貴重な本に対して強く持ちすぎッていうかああああ、そんな乱暴に持ったら痛んでしまうよ……!!」


「本読みながら食事してたお行儀の悪さには敵わないと思う」


 サーラが鼻で笑えば、言い返せないヴァッカスがぐっと怯む。

 だけど本を奪い返すようにして再び本棚にむかったヴァッカスははっとした様子で私の方を振り返った。


「す、すみません王女殿下! すぐに片づけをしてお話をいたしましょう!!」


「……ええ、大丈夫。慌てないでねヴァッカス、私もアニーものんびり屋だからそんなにそこまで慌ててはいないのよ」


 とうとう堪えきれずに、笑ってしまった。

 サーラとヴァッカスは随分と打ち解けたのだなあと思うとどこか寂しいような気もしたけれど、私を見る彼女の目は変わらず優しいから大丈夫。


「く、くくく、クリスティナ様! 来客がお見えで、あの、お部屋、おお、お部屋でお待ちいただいていて」


「キャーラ? どうしたの? 誰が来たの?」


 それじゃあ座って講義を聞こうか。

 そう思った私に、お茶を淹れるためにいったん席を外していたキャーラが飛び込むように戻ってきた。


「お、おお、王太子殿下です……!!」


「……お兄様?」


 先程ディミトリエ皇子が足繁く――なんて事を聞いていたから、少しだけ不安が、私の脳内をよぎった。

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