57.
レイジェスは、律義に翌日のお昼も私のところに来てくれた。
その事に小さく胸をときめかす私は、どれだけ彼に焦がれていたのかと毎度突きつけられるよう。
それでも自分自身にうんざりしつつ私は、レイジェスとちゃんと想いを交わしたのだという喜びを、素直に受け入れられるようになっていた。
「ありがとう、レイジェス」
「……なにがだ」
「一緒に過ごす時間を増やしてくれるって、本当に実行してくれるとは思っていなかったの。あっ、疑っていたわけではないのよ!?」
思わずテーブルについて早々お礼が口から出たら、レイジェスが怪訝そうな顔をしたものだから慌ててしまった。
彼は自分の宣言した通りに行動しているだけで、お礼を言われるような事じゃないって思っているだろうし私のこの言い訳がまたさらになんだかレイジェスの言葉を信じていないみたいに聞こえてしまうかもしれなくて、もっと慌ててしまう。
(ああ、もう! 私ったらどうしてこうそそっかしいのかしら)
落ち着いた大人のレディでいなければって常々思っているのに今の所、あんまり上手くいっていない気がする……王女らしい振舞いっていうのもレイジェスに言わせればちゃんとできているようだけれど、どうにも自分では自信が持てない。
本来なら自信をもって行動をすべきところだし、振舞いに自信があるとないとでは人の目だって違うとわかってはいるんだけれど……。
「当然の事だ。……それでお前が俺のものになるなら、いくらでもそばにいてやる」
「えっ……あ、あの、……えっと」
「そういえば例の学者はどうしている? 朝からお前の書庫に来たのか」
「あっ、え、ええ。ヴァッカスの事でしょう? 書庫の文献を熱心に読んでいると報せがあったからそうだと思うわ。私も先程まで視察に出ていたから直接見たわけではないけれど」
「……視察か」
「ええ……今まで魔道具をまともに扱えないという理由でそういった事に関わらるべきではないと議会でも言われていたけれど、流石にあの謀反の件もあるし、『ゼロ姫』が多く国民と接する機会を持った方が安心感に繋がるだろうと」
「……勝手な事だな」
貴族たちも議会も、手のひらを返した彼らは確かに勝手なものだと思う。
だけれどそれをよしとして勝手気ままに今までしていた私がそんな風に彼らを言えるはずもなくて、レイジェスの言葉に曖昧に笑って返すしかできない。
「誰も彼もではあるがな」
「レイジェス」
「いいかクリスティナ。お前はお前であればいい。焦ったところで碌な事は起こらない」
「……別に、焦ってなんか」
「ではなぜお前は王女らしい振舞いができているのかそんなにも気に病む」
「……」
レイジェスの、そういうところは、好きじゃない。
嫌いじゃ、ないけど。
レイジェスが認めてくれていても、私が認められない弱い自分。
そして、魔力がない王女ということで多くの人々が私の事を役立たずの王女としてみてきた事実も、覆せない。
両想いになれたのだから。いつか別れて独りで生きていかなくても良いのなら。
なら、堂々と隣に立ちたい、それだけの話だけれどそれを説明するのは、なんだか悔しくて私は彼の言葉に視線を窓の外に向けるくらいしかできない。
それが幼い子供の反抗にも似ている、なんて事は誰よりも私が知っている。だから余計に悔しい。
「良いじゃない、私は王女だもの……今まで名ばかりだった王女が、今度はお飾りの王女らしくするだけよ」
「そしていつかは本物に、か?」
「ディアティナ姉様みたいに」
「あんなお転婆になられてたまるか」
呆れたように言い放つレイジェスの言葉に、小さく笑ってしまう。
まあ確かに、私はディアティナ姉様みたいに剣を振り回す自分とかは想像できないし……といっても私が言っているのはそういう事じゃない。
姉様みたいに堂々として、きちんと自分の意見を言えて、簡単に俯いてしまう事のない、弱い事を恥じて泣いてしまいそうになるような私にはない、強さを身に着けたいだけ。
「まあ、あの学者は役に立ちそうだ」
「レイジェスったら、言い方を考えて」
「間違ってはいないだろう。魔力がないからとお前に教える事に否定的だった連中に比べれば未熟者だが熱意は本物だ」
「……アニーの傷が、少しでも良くなるといいわね」
「そうなればラニーもお前に一層忠義を尽くすだろうな」
「私は別にラニーの忠誠が欲しくてやっているんじゃないわ!」
「知っている、ただのお節介だろう」
きっぱりと言われて、私は何とか言い返そうとするものの否定もできなくて結局また黙るしかできない。
「お前らしい」
だけど、レイジェスがおかしそうに小さく笑ったから、それで許せてしまうなんて私もどこまでも甘いのだ。
「陛下はお前に何かを言ったか」
「え?」
「いや、何もないなら、いい。視察を行うようになったのならば他にも政にお前が関わっていくのかと思っただけだ」
「……兄様には、何か行いたい政策や気づいた事があればすぐ相談に来るようにとは言われたけれど、お父様はなにも」
「シグルドめ」
隠す事なく舌打ちするレイジェスに、思わず体がびくついた。
別に彼が本当に怒っているだとかそういう風にはもう思っていないけれど、体が反応してしまうというか、……ただ単に私が臆病なだけかもしれない。
「お前はまだ俺が怖いのか」
「こわっ、……くは、ない、わ……」
思わず視線を逸らす。
レイジェスの赤い目が不機嫌そうに細められたのが怖くて真っすぐ見れない。
少しだけ上ずった声に、レイジェスの溜息が重なる。
「どうあっても慣れてもらわないといけない。お前といる時は親衛隊長としての俺ではなく、素の俺でいるつもりだからな」
「それは……わかっている、つもりだけれど」
「それと、キャンペスとマギーアの客人に関しては誘いに一切乗るな。俺を伴って、もしくは陛下の許可を得てからと答えておけ」
「えっ? 何かあったの?」
「まだはっきりとはしないが、今の所お前の存在を各国が注目しているのは間違いない。今後は『ターミナルの知恵者』として意見を求められる事があるかもしれない」
「ええっ……」
いや、予想してしかるべきなのかしら。
私の事を大々的にそうする事によってあの謀反の件は大した事がないかのように国内外に知らしめて、知恵者がいるしその知恵者は国内の英雄と結ばれて大団円……って見せているのだから他の国からしたら『本当に知恵者なのか?』と疑問を抱くのは当然。
そしてそれが真実かどうかを見抜くために、今後私と接触しようとする人が出てくるのも当然といえば当然……?
「今までお前が外に出ていなかった事もターミナルの至宝として守られてきたのだろうと都合よく解釈されているのかもしれないな」
「そんな……」
「輿入れを早めて、引きこもって噂が遠ざかるのを待つのも一つの方法だと思うが?」
「それもちょっと!」
極端すぎる!
私がそう言えばレイジェスは鼻で笑った。
ああ、でもどうしよう。
厄介な事にしかならない、というか私はそんな大それた知恵なんてないのに……!!
「とりあえずは今後夜会やなんやら面倒ではあるが、俺とお前はサボらず参加する事になるだろう。覚悟しておけ」
レイジェスの言葉に、私はなんとも答えられなかった。
婚約者として一緒に行動できる事は嬉しいのに、『ゼロ姫』として少しでも立派な王女として見えるように振舞う事も少しずつ前進しているというのに。
余計な難問が私の前に立ちはだかった気がする!
「そういえば、シグルドが言っていたが……軍部の方も視察を行った方が良いのだろうと思う」
「え?」
「ゼロ姫が親衛隊長と婚約して、軍部の視察を行い仲良くしていたと見せておくのは大きな意味を持つのだとシグルドがな」
「……迷惑でないならば、いつでもいいわ。レイジェスと一緒に軍部棟を歩く姿を、城内の人間に見せれば良いのでしょう?」
「そうだ」
いい子だな、なんてレイジェスが笑う。
子供じゃないわ、と返そうとしてその彼の表情がどこか違ったから、私は言葉を飲み込むことしかできなかった。




