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閑話 双子のあれこれ、人知らず

 こじんまりとした一軒家に、穏やかな明かりが灯る。

 そこにあるテーブルには、先程まで来ていた家政婦が作ってくれた料理が暖かな湯気をたてて所狭しと並べられていた。

 パンに肉にスープにサラダ。

 どれもこれも山盛りに見えるが、成人男性二人分ともなれば妥当なところだろう。

 それに加えて大きな葡萄酒の瓶がどっかりと場所をとっている。


「どうしたヴァッカス、家政婦は最低限のことをしたら帰るって契約で、ちゃんとこうして料理も上手な老婦を選んだだろう。何が不満だ」


「……もう少し、書斎にいたかったなぁって……」


「王女殿下にも言われただろう、いい加減へそを曲げずに明日の朝から許可が下りた事を素直に喜べ」


 パンを無造作にちぎってスープに浸し口に放り込むサッカスに、ヴァッカスは少しだけむくれた表情のまま葡萄酒をちびりと口に含む。

 二人にとって故国であるカエルムの酒ではないそれは、同じ葡萄酒でも味わいが違って少しだけ違和感を舌が覚えたが、ヴァッカスは気に留めず次の瞬間には杯を(あお)って中身を一気に飲み干した。


「……サッカスは、こうなるって予想してたの?」


「私ではなく、ディアティナ王女殿下だな。おそらくクリスティナ王女であればそう判断するであろうから、ヴァッカスが乗り気になったなら即座に行動せよと言われていた」


「すっかり、こき使われてるんだ」


「王太子殿下からもその意向に従うよう言われていたからな」


 諦めたようにヴァッカスがパンを齧る。

 ふわりとした触感のそれは、そのままでも十分に美味しかった。


「だがお前がああまであっさりとあの王女様に従うと思わなかったな」


「……あの人は、良いお方だよ。僕にはわかる」


「ふぅん、そんなもんか」


 自身の興味ある事以外、特に人間関係になると途端におどおどしてしまう弟を前にサッカスは首を捻る。

 二人の生家であるモーネン家はカエルムでもそれなりの貴族として名のある家だが、庶民的な感覚を持つ貴族でもあるためこうしてこじんまりとした家でも不満はない。

 むしろサッカスとしてはヴァッカスがここでちゃんと人間らしく暮らしていけるのか、自分がカエルムに戻ったら途端に時間など関係なく、ついでに家政婦まで勝手に辞めさせてまた研究に没頭するあまり気がついたら倒れていた……なんて事にならないかが心配の種なのだが。


「大丈夫だよ、僕は、ほら……えっと、一応、王女殿下の『先生』になるんだし、ね? えっいいんだよね、家庭教師扱いだよね!?」


「あ、ああ。その通りだよ。ちゃんと自覚あったんだな……」


「あの人はね、……あの人は、僕と同じだ」


「同じ?」


 問われてヴァッカスは頷いた。

 貴族と王族ではかなり立ち位置は違うが、その家に生まれたというだけで子供が負う重責が生じる点では同じだ。

 優秀であろうと際限ない周囲の期待という重荷は、跳ね返す力のない人間からしてみればただの脅威にしか過ぎない。

 少なくとも、ヴァッカスにとっては周囲の『カエルムを支える貴族の一員として』しゃんとしろ、と押し付けられるそれが苦手だった。

 サッカスがそれを当然のものとして受け入れている事に驚いたくらいだった。

 ヴァッカスは知っている。


 それに傷ついて、立ち上がれなくて逃げたのが自分だと。

 そしてそれと反対に、傷ついても這いつくばるようにして前に進もうとしているのが、あの王女なのだと。


 そう告げられたサッカスは、眉を顰めて困惑を隠さずに弟をただ見る。

 双子ゆえに理解度は他の家族の誰よりも高いが、両親も自分も、ヴァッカスにそこまで負担をかけていたのだろうか。自由にさせていたつもりだったのに、と思ったのだ。


「か、家族はみんな、優しいし、僕が変わり者なだけだよ」


「……だがそうなると、あの王女が前を向き続ける姿勢とやらは、お前にとってまた負担にならないのか?」


「ならない」


 サッカスの心配そうな声に、ヴァッカスがきっぱりと言った。


「僕は、あの人を支えてみたい。僕よりもきっと、境遇は過酷だ」


 魔力がなくても、学者は生きていける。

 それでもないよりもあった方が、生きていきやすい世の中だ。

 この世界は、普通の人が思っている以上に厳しい世界だ。


 特にターミナルは増幅の魔石が発掘されるまでは、不毛の大地とまで呼ばれていた土地。

 そこで生きる人々が、魔道具を使うようになったのは発展の歴史の中で自明の理だとヴァッカスは言う。


 だからこそ、その魔道具で溢れた土地で、魔力のない王女が誇りを捨てずに生きていく、王女らしさを見せていることが、ヴァッカスには眩しくて、どうしてなのかを究明したい。


「まったく、研究バカも極まれりか……」


「な。なに」


「いいか、ヴァッカス。王女殿下に肩入れするのは結構。ディアティナ王女もお喜びになるだろう」


「そ、そう……?」


「惚れるなよ」


「そ、そういうんじゃない!!」


 むっとしたようにヴァッカスがサッカスを睨みつける。

 それを受けてもサッカスだって真剣そのもので、ヴァッカスは睨み合いからすぐに視線を逸らした。


「く、クリスティナ王女は、す、すごくきれい、だと、思う。だけど、……だから僕なんかの手の届く人じゃないし、何より、あの人は、婚約者もいるし」


「わかってるなら、いい」


「優しい人だとは思うけど、あのアニーっていうランドドラゴンにもあんなに好かれていたし」


「ああ、あれは驚きだったな」


 ヴァッカスの言葉に、サッカスも昼間あった出来事を思い返す。

 自分たちに対して警戒心を決して緩める事のなかったランドドラゴンが、パートナーでも何でもないというあの王女の腕の中では嬉しそうに甘えていたのだから竜種と暮らすカエルムの民としては驚きそのものだ。

 知能高い竜種だからこそ、人を見る目は優れていると昔から言い伝えられているがそれが本当かどうかまでは定かではない。


「だが、ヴァッカス。しくじってくれるなよ」


「え、な、なにが」


「もしお前があの王女の不興を買えば、ディアティナ王女の輿入れが決定したことで安定したカエルムとターミナルの二国間関係、それがぐらつく可能性だってある。逆にお前が上手く(・・・)やってくれれば、カエルムにとってはより強固な縁を繋ぐ事もできるし……モーネンの家に栄誉だってもたらせるからな」


「……」


 サッカスの言葉に、ヴァッカスは答えず皿の中の肉を頬張って誤魔化した。

 言われている事は貴族の子供として教育を受けてきた以上、わかる。だが心が納得できない。

 そんな彼の様子に、兄としては可哀そうだと思いつつも家の代表としてはそうも言っていられないサッカスが、複雑な笑みを浮かべる。


「気負う事はないさ。……私個人としては、お前が生き生きして暮らしていけるなら、カエルムで窮屈にしているよりはいいと思っている」


「……」


「あの王女殿下なら、どんなお前でも受け入れて許してくれるだろうさ。ただ、少しばかりお優しすぎる。ヴァッカス、いくらあの方が聡いのだとしても、お前の方が年上なんだ。支え、導く。師としての役目を忘れるなよ」


 サッカスの言葉に、ごくん、と肉を飲みこんでヴァッカスは大きく頷いた。

 それなら心を裏切らないで済む、そう彼の表情が語っているようでサッカスは笑いをかみ殺す。


(……だが、まあ。こちらはともかく、他の国がどう動くか、だな……)

閑話ばっかり続いてすみません、次回より本編再開です!

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