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閑話 過去の栄光、未来に繋ぐ

 ディミトリエは、与えられた一室で本を読んでいた。

 ぺらり、ぺらりと一定のリズムでめくられていくページを考えれば読んでいるというよりは眺めているの方が正しいのかもしれない。


 文官のようなゆったりとした服で、大きな長椅子に身を横たえてそうして本をめくる青年というのはなかなか絵になる光景であった。

 それこそ、美形であればなおさらだ。


 そして、その彼の周囲に物言わず立ち指示を待つ従者たちの姿は、ディミトリエの身を護るための存在でもあった。

 どこか彼自身がまとう穏やかな空気とは別のぴりぴりとしたものが常に漂う、不釣り合いな空間になっているが、ディミトリエが気にする様子はない。

 彼の側には何十冊も本が積み上げられ、そのどれもがターミナル王国で開発されたという魔道具についての本ばかりだ。


「ディミトリエ様」


「どうだった?」


 目線を本から外す事無く、ディミトリエが端的に問う。


「やはり増幅の魔石はおいそれと我々には触れさせてもらえないようです」


「そう……まあ妥当だよね。いくら産出国だからと言ってそれを独占しているからこそ、ターミナルは軍事国家の大国として君臨しているのだから」


 ぱたん、と読んでいた本を閉じてそれを近くの本の上に重ね、ディミトリエは体を起こして伸びを一つした。

 それからおもむろに立ち上がれば、近くにいた従者の一人が彼の肩に上掛けを差し出した。


「あの王女様とお近づきになる事が出来れば、可能性は増えるかな」


 脳裏に浮かぶのは、銀髪の王女。

 今までその存在と名前は知られていても、その姿は公式の場でほんのわずかしか見せないという珠玉の王女とまで噂されていた第二王女。

 その実情は、魔力がないからと周囲が疎んじた結果あまり姿を見せなくなっただけだという話にディミトリエは呆れたものだったが顔に出す事はない。

 実際に言葉を交わした事はあのパーティの夜くらいなものだが、彼女は決して頭の悪い人間ではなかろうと彼は思っている。


(流石に婚約者として彼女の隣に簡単に座れるとは思っていないが、一考の価値はある)


 ディミトリエの存在は、今や母国マギーアで忘れられている事だろう。

 そのくらい王位継承権争いは熾烈を極め、特に有力者の娘を妻に迎えている第一皇子と第二皇子の強さは侮れない。

 誰もかれもが次期皇帝はあの二人のどちらかだろうと思っている事はディミトリエも知っている。


 それでも、彼は今も皇帝の座を諦めているわけではなかった。


(女狂いの第一皇子、脳味噌まで筋肉の第二皇子。どちらが皇帝になろうと暗愚で傀儡になる以外の道が見えない。愛すべき、古より続くマギーアの誇りがそんな汚さるなど許されるわけがない)


 だが、現状ディミトリエには力が足りない。

 だからこそ、第三皇子のように暗殺される前にこのターミナルに縋ったのだ。

 自分の小さなプライドよりも、今は命を長らえる事の方が先決であるとディミトリエ自身が選んだ事だった。


 大局を見なければ生き残れない。

 それは別段王位継承権問題だけではなく、皇帝になった後の舵取りにおいても言える事なのだと彼は思う。


「さて、それじゃあ次はこの国の歴史について学ぶとしようか」


「……歴史でございますか?」


「おや、不満かい?」


「いえ、滅相もございません」


「まぁ大体考えていることはわかるよ。この大陸の祖たるマギーアから逃れた人々が理想郷を求めて、『英雄』に導かれやってきた枯れた土地にどれだけの歴史があるのか、比べるまでもないとかそんなところだろう?」


「……は」


「浅慮だね」


 切り捨てるように言ったディミトリエの口元に浮かぶのは、笑みだ。

 そしてゆったりとした足取りで、歩き出す。

 彼に付き従う人間が、何も言わずにその後ろを歩き出すさまはどこまでも傲慢で、優美だった。


 砂漠の国、マギーア。

 魔法の力で切り開かれたとするその都市は、大陸の中心だった。

 ありとあらゆる難問を深淵たる知識と魔法の技術で解決し、地上に楽園を築き上げたとされる。


 砂漠は天然の要塞であり、そこで人権を認められなかった者は生きていくに値しない。

 そこまで言われた時代があったとされるのは、事実だ。

 年月を経た今ではそれも過去の栄華なのであるが、今でも魔法の技術において他国の追随を許す事はない。


(……英雄、か)


 もしも今ディミトリエが第二王女クリスティナに選ばれたのであれば、母国の愚兄たちに対抗しうる後ろ盾を得られる、という事になる。

 軍事国家ターミナル、かつては死の土地とまで揶揄された硬い岩盤に覆われた土地。

 偶然にも発見された巨大な『増幅の魔石』から一気に開拓され国として名を上げた国。

 魔石の産出国であり、小さいものも含め増幅の魔石を独占し、利用する事で国家としての地位を盤石のものとしたところ。


 ディミトリエにとって脅威ではあっても敵ではない。

 なぜならば、ディミトリエは少なくともターミナルを見下してはいない。


 栄華と栄光のマギーア皇帝家の一員である自負はあるが、彼は広い目線で物事を見る事ができる人物でもあった。

 彼の兄たちからすればターミナルは新興国家に過ぎず、むしろ誰の許しを得て大国など名乗っているのかという見下しの対象であった。

 それをディミトリエは冷ややかな目で見ていたのだけれども。


(過去の栄華に縋ってなんになる)


 魔法も、その知識も、偉大だとディミトリエは思っている。

 それは軍事国家ターミナルを間近に目にしても思っている事だ。


 マギーアの栄光をもう一度。

 それこそが彼の目的だ。


「増幅の魔石はなぜターミナルでしか産出されないのか。それを知るためにも歴史をひも解く事は大事だ。……そして、この国の人間の懐に入りたいならばその国を知る事も当然必要な事だ」


 ディミトリエの独り言のようなそれは、先程の報告に来た男に向けてのものであった。

 それを受けて、男が追随しながら目を伏せる。

 主の言葉を受けて、反省しているようでもあったがただ従っているだけかもしれなかった。しかし、ディミトリエはそれがどちらでも構わないというようにただ前だけを見ている。


「彼女に気に入られるためにも『魔法』抜きで話ができるようにならないと。その為にも私自身が学ばねば」


 努めて紳士としてして優しく接したつもりだが彼女は貞淑な女性らしくディミトリエの茶の誘いにも乗ってこなかった。

 大抵の女性は彼の美しさと地位の高さに口が軽くなったものだが、やはり大国の王女となると違うものなのかもしれないとディミトリエは声に出さず笑った。

 婚約者がいるというのは大変な問題ではあるが、やりようはいくらでもある。

 それを胸の内で笑って、ディミトリエはふと足を止めた。


「……おや、カイマール殿下ではありませんか。お出かけですか?」


「おう、マギーアのディミトリエ皇子。おれはこれから酒を飲みに行こうと思ってな。どうだ? 一緒に」


「それは是非今度飲み明かしたいものですね。ですが、本日は書庫に向かいたく失礼いたします」


「……みなよく本など噛り付いていられるものだ」


「私は剣を振るうには向いておりませんし、このターミナルには興味深いものがたくさん(・・・・)ありますから」


 にっこりとディミトリエがそういえば、カイマールも何か思うところがあったのだろう。

 ニッと歯を見せて獰猛な笑みを見せたかと思うとさっさとそのまま歩き出した。


「いずれ、飲み明かそうぞ」


「……そうですね、いずれ」

今回はディミトリエ皇子でした。

本編に戻るまでもう少々お待ちくださいませ!

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