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魔力ゼロの転生姫君~もう『残念』とは言わせない!~  作者: 玉響なつめ
本編

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閑話 草原の狼

「まったく……あまり自由奔放になさってばかりでは困りますよ、殿下」


「ふん、おれがおれである限り自由にする。誰かを傷つけたりしているわけではあるまいし、気にしすぎだ」


「気にもしますよ! いくらあの王女を気に入ったからと言って婚約者のいる女性にああもあからさまな態度をとるなんて、本国に苦情が行ったらどうするおつもりです!?」


 従者の遠慮ない言葉にも、男は不遜な笑みを浮かべただけだ。

 軍事国家ターミナル、その王城内の一角にある客室のひとつ。

 威風堂々とした男が、豪奢な椅子に全身を預けるようにして座るさまはまるで彼のために設えられたものであるかのごとき錯覚を与えるが、彼は客人に過ぎない。

 

 殿下と呼ばれた男はカイマール、草原の国キャンペスの王弟だ。

 ターミナル王国の第二王女が婚約した祝いを国王の代理として述べに、という彼としては大変退屈極まりない仕事で来たものの、役目を終えた今も王城内に何かと理由をつけて居座っている。


「月の女神のように美しい女性がいたならば、褒め称えて当然だろう」


「それはそうですがね。……いくら貴方が気に入ったとしても、あちらはそうじゃないって事を忘れないでくださいよ」


 キャンペスは、草原の国と呼ばれる。その理由はそのものずばり、国内に広がる大草原だ。数多の部族によって成り立つ遊牧民の国、それがキャンペスだ。

 自由闊達で快活な人柄、太陽の男神と月の女神を崇めるお国柄。


 それゆえなのか、男性も女性も逞しい事が多く、儚げな女性というのはそれだけで男性から求愛されがちである。

 カイマールも理想の女性はと問われれば常々『淑やかで、穏やかで、口先のキツくない女がいい』と言い続けているほどに。


「あんな良い女がいると知っていれば、この国に特使として足繁く通ったものを」


「どうやらこの国ではあの王女は価値がない王女として扱われていたようですからね。最近あった例の謀反で示した知恵が評価されて、手のひらを返した連中が多いようです」


「ふん」


 従者の言葉にただ面白くなさげに鼻を鳴らしたカイマールは、首だけを動かした。

 ターミナルの王城は、基本的にシンプルだ。それ故に上質なものに拘っている事が伺えてカイマールとしては満足している。

 草原の風を感じられない事や、自由気ままに馬を走らせる事が出来ないことが些か不満であるといえばそうだが、他国に来ているという自覚くらいは当然持ち合わせている。


 それよりも、興味がある存在を見つけた事がカイマールを楽しくさせてしょうがない。


「もう少し、話をしてみたいものだがな。……生憎番犬は優秀だ」


「まあそうでしょうね、噂はともかくとしてあの王女さまはターミナルの王家、それぞれに愛されておいでのようですし」


「……彼女であればおれも文句なしに娶ったのにな」


「またそんな事を。誰が聞いているかわかったものじゃないんですよ?」


「あの魔法の国が皇子のような奴が怪しげな術を使っておるやもしれんしな!」


「殿下!!」


 楽し気に笑うカイマールだったが、それを慌てて諫めるは気が気でないのか周囲をしきりに気にしているようだった。

 友好国とはいえ、何を勘繰られるかわかったものではないという状況であるのに豪胆というか、気にしなさすぎるカイマールの態度は従者の肝を冷やすには十分なのだ。


「まあ彼女ほどの美貌では、連れ帰ったところで兄上も側室にと言い出しかねないからな」


「それは流石に無理でございましょう、大国ターミナルの王女を正妃以外の立場になど難しすぎます。あちらから申し出があったわけでもございませんしね」


「そうよな」


 面白くなさげにまた鼻を鳴らしたカイマールだったが、ふと真面目な顔をして従者の方を見た。


「伯父上に、かつて忌み子がいた事を知っているか」


「ええ、ああ。そういえばそのような事もございましたね。気まぐれに手を出した下級部族の娘でしたか」


「ああ。見目が良いからと手を出して、飽きたら放り出したという話だった。あれが親族だと思うと胸糞悪くてたまらんが、確かその女と子供は年寄り連中に鬱陶しがられて姿を消したという話だったな」


「ええ、その後陛下がその事を知って捜索隊を出しましたが、足取りは掴めませんでした。不幸な話です、生きてはいないだろうとみな重苦しい思いをしましたって聞いてますよ」


「……まったく、年寄り連中の迷信好きには困ったものだ」


 カイマールは嫌そうに吐き捨てると、手を差し出した。

 従者は彼が何を求めているのかすでに察していたらしく、水がなみなみと注がれている杯を即座にその手に渡した。


 忌み子、迷信の果てにその命を摘まれてしまう存在。

 キャンペスでは王都を中心にその風習は薄れつつあるが、地方ではまだまだ根強いそれにカイマールはひどく拒否感を感じていた。

 子供一人色の違う目を持っていたところで、誰が不幸になるというのか。

 不幸を呼び込んでくる子供ではなく、それを受け入れられない狭量な周囲の人間というものがそもそも不幸ではないのかと彼は思うのだ。


 だがそれを論じた所で何かが即座に変わるわけではない。

 彼と同じように、彼の兄もまた同じ考えをもって国民に説いてくれているのだから何年、何十年、何百年かかろうといつかはこの考えが当たり前になってくれる事を願うばかりだ。


「本国に問い合わせろ」


「なにをです?」


「伯父上の喪われた子は、黒髪に赤目だったかどうかを、だ」


「……なにをなさるおつもりです?」


「なに、もしかすればだ」


「まさかあの親衛隊隊長が貴方様の従兄弟やもしれぬとお思いで?」


「可能性なだけだ」


「……だとしても、今更本国に尽くせとはいえませんよ?」


「その必要はないが、もしそうであったならばあの男はキャンペスの王位継承権を持つことになるな」


 くっくっと喉で笑うカイマールの眼差しは、鋭い。

 その様子に溜息を深く吐き出した従者は、降参するかのように両手を上げた。


「でもそんな事してもしそうだったら、我が国でもこの国でも混乱が起きるでしょう。そうなったらあの王女様に貴方様が疎まれるかもしれませんよ」


「さあな、それこそ彼女の知恵が『本物』か見定める良い機会にもなるだろう。あの男がそう(・・)なら伯父上の負の遺産を押し付けるのもアリなんだが」


「むしろ慰謝料請求されてこっちが損害莫大になったらどうするんです」


「……そいつは考えていなかったな。まあ兄上がなんとでも上手くやってくれるだろうさ」


 ぐっと杯の中身を飲み干して、放り投げる。

 それを受け取り深々と頭を下げた従者は、そのまま部屋を出て行った。


 カイマールは一人、目を閉じる。

 

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 脳裏には、美しい王女とその婚約者の姿が浮かんでいる。

 

 もしそうだったなら、程度だけれど。

 それでどうにかなるようならば、大人しくしている謂れはない。


「草原にも狼は存在するんでな」


 誰に言うでもなくうそぶいて、カイマールは勢い良く立ち上がって部屋を出る。

 廊下の向こう側で彼の言いつけを終えたらしい従者がその姿を見つけたのだろう、慌てて走ってくる姿にカイマールは大声で笑う。

 歩みは、止めない。

 大股で、ずんずんと他所の国の王城内を闊歩する。


「酒だ酒、喉が焼けつくようなものでも飲みに行くぞ!」


「お待ちください、殿下アアアア!!」

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