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50.

 ヴァッカス殿によれば、竜というのはその土地に住まうものでありそれに適した進化をするので、基本的に卵を手に入れて人工的な孵化は可能であっても繁殖は今のところ成功していない、家畜と呼ぶには曖昧な関係なのだという。

 確かに、この国でも竜をカエルムから買うのは幼竜から成竜になる間の年齢層ばかりなのは私も書類で見たことがある。

 (つがい)とその血筋に連なる竜が欲しい時にはカエルムに戻すようにという契約になっていたから、変な契約だなぁと思っていたけれどそういう理由があったんだなあ。


「どうして飛竜の繁殖はカエルムでないと行えないの?」


「その辺りの仕組みは今も解明されていません。ただ、飛竜以外も多くの種類の竜がカエルムには存在しますがその竜たちのいずれもが固有の土地でのみ繁殖行為を行う様子が観測されています。仮説としては、他の竜種と交わる事を彼ら自身が拒絶しているのではないか、というものです」


「交わる事を、拒絶している……?」


「はい、遺伝子上は交雑種が生まれてもおかしくないと学会でも認知されているんですけどね」


 アニーを撫でるヴァッカス殿は不思議でしょうと笑った。

 本当に彼は竜の事になると多弁だなあと思う。私たちと一緒の時よりも、堂々として目を輝かせて。

 この人は、貴族として暮らすにはきっと不向きだったに違いない。

 自分にとって最も大切な生きる場所を見つけている人なのだと思うと、少し羨ましく思えた。


「ヴァッカス殿は」


「どうぞヴァッカスとそのままお呼びください。御雇い頂けるかどうかは裁可を待ちますけど、僕は貴女を教え導く者というよりは、共に学ぶ者としてあれればと思っているんです。不敬な物言いかもしれませんが」


「えっ、いえ、そのような……カエルムですでに学者として活躍しておられるのでしょう?」


「それでも。どうか僕の事は、ヴァッカスと」


「……ありがとう、ヴァッカス」


 共に学ぶ者。

 今まで私はそういう相手がいなかったからなんと答えて良いのかわからなかった。


 魔力がないことで普通の学びとは違うと家庭教師たちに言われ、書物を読むばかりだった私にはかわるがわるやってくる大人しか知らなかった世界。


 そういう意味ではレイジェスが兄様にとっては学友というか、剣の修行仲間だったのよね。ディアティナ姉様は……学友にあたる相手はいたんだろうか?

 姉様は幼くしてカエルムに嫁ぐことが決まっていたから、特別な教育を受けていたはずなのでもしかすれば一人だったかもしれない。


(……学ぶといえば、ディミトリエ皇子も王城のどこかにおいでなのよね)


 レイジェスの婚約者の座を、マルヴィナに挿げ替えて私をカイマール殿下かディミトリエ皇子に嫁がせようとする勢力など本当にいるのだろうか?

 こうまで大々的に婚約発表したばかりだというのに。


(いいえ、小さな醜聞だけれど身分的な問題で考えればメリットの方が大きいのだから……なくはない)


 少し前の、少なくとも『ゼロの姫君』と私が世間に呼ばれるようになる前の話だったなら、むしろそうした方がいいと声高に国王派から意見が出たに違いない。

 王族は国民の憧れ、高い魔法力をもって国に貢献する。その姿を体現できない人間は王族としてこの国にいて欲しくない……そうした人たちからすれば私の存在は目障り以外の何物でもないのだから。


「このアニーですが」


「えっ」


「足の怪我は、どのように?」


「えっ、ええ……任務の最中に負ったと……ラニー、そうよね?」


 いけない、ぼうっと考え事をしてしまった。

 私がヴァッカス殿……ヴァッカスの言葉を受けてラニーを振り向けば、彼女は苦々しい表情を見せた。


「ええ……魔狼と呼ばれるモンスターが時折現れるんですがね、村の一つが襲われてるってんでわたしたちが向かって撃退しました。その時に逃げ遅れた村人を助けに行って囲まれましてね」


 ラニーもアニーも、命が助かっただけマシだというような状況だったらしい。

 その時に負った傷も残っていると笑って話すラニーは、切なそうにアニーを見ていた。

 視線の先には、アニーの足元。大きな傷跡が残っていて、それが引きずっている原因だと誰の目にも明らかだ。


「村人は、全員無事でした。村の復旧も北の砦の人間が手伝って、その後は襲撃の噂も耳にしておりません」


「そう……」


「ああ、でもわたしたちは最善を尽くしたと思ってますからね! みんな助かって良かった、それでいいじゃありませんか。怪我は痛かったですけどね、私はクリスティナ様に出会えて幸運だと思ってますしね!!」


「ありがとう、ラニー。私もラニーと会う事ができて嬉しいわ。……もちろんあなたにもよ、アニー」


 私の表情を見てことさら明るく振舞ってくれるラニーに、私も笑顔を返す。

 ああ、気遣われてしまった。そこはラニーを誇るべきだった。王女として、この国の騎士が民を救ってくれた事に感謝すべきだった。

 まったくもって私は、まだまだ未熟だ。


 でも、反省するから。

 少しずつ、少しずつ、私だって前進しているはず。


「……ねえヴァッカス殿、わたしの主は素敵でしょう」


「えっ?」


「たかが護衛騎士の、しかもつい最近就いたばっかりのわたしと、わたしの家族だってだけでランドドラゴンの過去まで、こうして悲しんでくださる優しい人なんですよ」


「……そうですね、僕は王族なんてものは竜を使い捨てにして、僕らみたいな貴族だって結局使い捨てで、国がまかなえればどうでもいいんだろうなって思ってましたからね」


「こらヴァッカス!」


「いやまあわたしはそこまで思っちゃいませんがね!?」


 急に私の事を褒め出したラニーに、同調するようで辛辣なヴァッカスの答え、そしてそして咎めるサッカス殿の声。

 そんな彼らのやり取りに、アニーがもう撫でられる事に飽きたのか大きな口を開けて欠伸をして、のそりと身体を動かして私の方にもう一度すり寄ってから厩舎の方に歩き出した。

 どうやらもう休むらしい。本当に賢い子。


「ま、まあとにかく。ヴァッカス殿は友好的なつもりかもしれませんけどね、王族になにか思うところがあるのも構やしませんよ、思想は人それぞれだ。だけど、わたしが言いたいのはですね、クリスティナ様が悲しまれる事は避けてもらいたいんですよ、……別にわたしゃアニーの足が治らないことも、覚悟はしてます」


 寧ろ、もう治らないと思っている。

 そうきっぱりと言い切ったラニーの目は真剣そのものだった。

 私のエゴで、今彼女たちが乗り越えた傷口に、もう一度触れている。それに対して彼女は忠誠という覚悟で私に応えてくれている。


 それじゃあ、私は何を返せるのだろう。


「クリスティナ様? また変な事を考えてるでしょ」


「えっ?」


「わたしはね、貴女が好きなんだからそれでいいじゃありませんか。全く頭がいい人ってのは色々考えちまうもんなんですかねえ」


 ラニーが呆れた様子で、からからと笑った。

 その横でヴァッカスが、ちょっとバツの悪い表情で私にぺこりと頭を下げた。

 もしかしたらサッカス殿に叱られた以外に、その後ろからキャーラがすごい形相で睨んでいるからかもしれないんだけど……。


「おう、ここにおられたのか月の女神よ」


「えっ……」


 月の女神。

 その言葉と声に私がハッと振り向けば、カイマール殿下が大股で歩み寄ってくる姿が見えた。その遥か後方でお供の方が走ってくるのが見える。


「カイマール殿下……」


「もう一度、貴女と言葉を交わしたいと姿を探していたのだ。婚約者殿がすげなく断るため、こうして実力行使に出た事はお詫びする」


「レイジェスが? ……あ、では先程彼が貴方様に呼ばれたのは……」


「……なるほど、婚約者殿は貴女の傍にいたわけか。なかなかどうして、腹立たしいものだ」


 目を細めて私を見るカイマール殿下は薄く笑みを浮かべているのに、まるで猛獣のようだと思わず息をのんだ。身体を固くした私を察したのか、ラニーが私の前に出て、キャーラが私を支える。

 ヴァッカスとサッカス殿はどうして良いのかわからないのだろう、おろおろしているのが視界に入った。


「何かをしでかそうというわけではない。ただ、クリスティナ王女、貴女と言葉を交わしたいだけのこの哀れな男に、時間をくれはしないだろうか」


 ラニー達を気にする風でもなく、ただ私だけを見てくる男性に、私は戸惑いを隠せない。こんな時にレイジェスがいてくれたらと思うけれど、彼はいまどうしているのだろう?

 ああ、断っては失礼だろうか、だけど断らずにいたらそれはそれで婚約者のいる身でふしだらな女だと周囲は思うだろうか。

 あるいは大勢ならば?

 

 咄嗟に答えが出ずに躊躇ったままの私に、また別の声が聞こえた。


「――……おや、これは珍しい集まりですね」

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