48.
「ようこそ、お二方。私のわがままに付き合ってくださって、ありがとうございます」
「王女殿下におかれては、ご機嫌麗しく」
「あ、えっと、えー……あの、お、お招きありがとうございます」
サッカス殿が優雅な一礼を見せるのを横目に、ヴァッカス殿も真似て頭を下げるからなにか微笑ましい。
私が招いたお客様ということで、先に声をかけさせていただいたけれどどうやら緊張しているようだった。
(私の部屋、と言っても王女がお客様を迎えるための部屋であり侍女たちも、護衛武官もいる場というのはやっぱり普通ではないものね)
彼らに椅子を勧めて私は笑顔を浮かべて見せた。
「ここは私の部屋の一つですから、どうぞ気楽にしてくださって結構ですよ。ヴァッカス殿はあまり形式ばった事はお好きでないのでしょう?」
「あ、あー……はい、あの、好きではないと言いますか、嫌いって言いますか」
「ヴァッカス!」
「良いのですサッカス殿。私もヴァッカス殿のお気持ちはわかりますもの」
「……王女様が、ですか?」
きょとんとしたヴァッカス殿に、私は思わず可愛いなあと思ってしまった。
どう見ても私よりも年上の男性なのに、まるで仕草が子供のようだったから……サッカス殿とは双子と聞いているけれど、あまり似ていないのは二卵性双生児なのだろうか。
パーティの日に会った時と同じように学者向けの礼装に、もじゃもじゃの頭に、サイズの合っていない眼鏡が落ちそうになるたびに上げる姿はなかなかどうして、貴族には見えない。
「サッカス殿はもうご存知の事と思いますが、私は魔力がまるでない人間なのです。王族としては異例、それで色々と好奇の目に晒されて来ました。ですから、形式的な場に出ることは私にとって苦痛だったのです」
「……今は、大丈夫なんですか?」
私の言葉にサッカス殿は気まずそうに視線を下に落としたけれど、ヴァッカス殿は目を丸くしたまま私を真っすぐ見ていた。
だから私も真っすぐに彼の目を見返して、笑みを浮かべて頷いて見せる。
「頼もしい侍女も、護衛武官もおりますから」
「そうですか……」
「本日お越しいただいたのは、その私にとって大切な護衛武官の、家族のためなのです」
「……え?」
ラニーが私の言葉に、視線を左右に彷徨わせている。
だけど、私は不思議そうにしているヴァッカス殿に何故あの日あんな質問をしたのか、その理由を話した。
ケガを負った地竜のアニー、それを癒したい。
少しでも可能性があるならば、諦めたくない。
その気持ちを真っすぐに伝えれば、ヴァッカス殿の表情も真剣になっていった。
「お気持ち、よくわかりました」
「研究のために役立つような人脈も何もないのです、本当はそれを貴方にお約束できれば良いのだと思うのですが……できる限り滞在の許可と、研究できる環境を国王陛下にお願いしてみようと思っています。どうか、お力をお貸し願えませんか」
「勿論です!」
「……私が持ちかけておいてなんですけれど、そんなに即答して良いのですか?」
ヴァッカス殿が今までにない力強さで返事をくれたものだから、つい心配になってしまった。
私の横にいてくれるラニーも、何とも言えない表情だしサッカス殿に至っては頭が痛そうだ。
「王女殿下、僕は変わり者で貴族としては失格です、ですが竜たちにかける情熱は研究者として誰にも負けないと自負しております」
「は、はい」
「そしてそれは僕が竜という種族について、尊敬と愛情を持っているからです。ですから王女殿下がその地竜に向ける優しさに、僕は共感しました」
カエルムは竜の国。
そこで生まれたヴァッカス殿は、幼い頃から見ていた飛竜たちの力強さに憧れて竜について研究するために学問の道へと進んだのだとサッカス殿が横から説明してくれた。
それなりの地位も財力もある家柄であるモーネン家だったからこそ、嫡子であるサッカス殿もいたためヴァッカス殿はある程度自由だったらしい。
ただ家族も呆れる程に研究が中心で、竜の事ばかりな彼はいつしか他人に敬遠され、敬遠されると怖くなって余計に距離を取って……という悪循環に入っていたのだそうだ。
そうして論文を書いてはちょっと認められつつも変人であるヴァッカス殿を評価する人も少なくて……という時に私が彼と連絡をとりたがっている、と王宮から使いが来てサッカス殿は卒倒するかと思ったんだそう。
「ただ、王女殿下にはご理解いただきたいのですが」
「……なんでしょう?」
「飛竜の産出国とまで呼ばれるカエルムでさえ、己が国にいる飛竜のなぞをすべて解明できてるわけではありません。ましてや他国の竜ともなれば、ほとんどが手探りなのです。貴女様が読んでくださった僕の論文も、あくまで観測結果に基づいた推測と推察で成り立っている代物であり、お話したことも可能性の一つとしか言えないようなものです」
「……はい」
「ですから、年単位のご覚悟をしていただきたいのです。その際にはその地竜とコミュニケーションをとることもご許可いただきたいと思います」
「ラニー、大丈夫かしら」
「アニーはわたしが卵から孵した子ですからね、人間が嫌いなわけじゃないですが……まあその際には私が付き添えばある程度触れても大丈夫だとおもいますよ」
「グロリア、お父様にヴァッカス殿を当面私の教育者として雇用したい旨を伝えたいのだけれど、お願いしても良いかしら。とりあえず一年契約で」
「かしこまりました」
協力してくれるというならば、しっかりした雇用という形でとりあえず報いなければ。
勿論アニーの治療を終えた時に雇用期間が残っているならば、研究のためにどこかに移動してもらってもかまわない。
ついついそんな風に指示を出していると、ヴァッカス殿がぽかーんとした顔で私を見ていた。
「あっ、ご、ごめんなさい。協力していただけると仰っていただけたので、つい……あの、差し出がましい真似を」
「い、いえ。むしろいいんですか? 年単位で、ちゃんと成果が出せるかもわからない僕を教育係という事で雇ったりなんかして」
「成果は何事も焦ってはならないと思うんです。私がすべきなのは、きちんと私の言葉に応じてくださったヴァッカス殿に必要なものを準備し、そこから何を導き出すにしても受け入れる覚悟だと思っております」
「……サッカス、王族って偉そうな人ばっかりだと思ってたけどこんな人もいるんだねえ……!!」
「頼むからヴァッカス、少し黙れ」
「く、くくく、クリスティナ様」
どうやら雇用されること自体は問題なさそうでほっとしていたら、キャーラが小さく私の名前を呼んだ。
どうかしたのかと思って振り向くと、困ったようなキャーラの顔があって、私は首を傾げる。
「あ、ああ、あの。雇用、は、その、い、いいと思う、ですけど……」
「ええ」
「す、すす、住む所は、どう、しましょう?」
「あっ……」
キャーラに言われて私は小さく声をあげてしまった。
そうよね、私の教育係だからって王城で私の部屋近くに、というのも変な勘繰りを呼びそうだし……かといって心当たりがあるわけでもない。
「どうしましょう」
「それならば私が対応いたしますのでどうぞご心配なく、王女殿下」
「……そうですか? お手数をおかけしますサッカス殿」
「いいえ、この不肖の弟、色々な面でご迷惑をおかけするかと思いますので……学者としては有能だと家族の贔屓目を抜きにしても思えるのですが、生活能力が皆無な上この性格でして……」
がっくりと肩を落とすサッカス殿をよそに、ヴァッカス殿はなんだか楽しそうだった。
うきうきとした様子で、立ち上がったかと思うと私の手を取って立ち上がらせる。
「王女殿下、こうしてはいられません! 是非その地竜に会いたい、今からでもよろしくお願いします!!」
「えっ、ええ……?」
びっくりした私が目を丸くしていると、キャーラがどこからともなく銃を出した。驚く私に、当然ラニーが驚いてキャーラを取り押さえる。
「く、クク、クリスティナ様に、気軽に、手を……!!」
「ちょっとキャーラ落ち着きなよどこにしまってたんだその魔銃!」
私の部屋が、騒然となる中でヴァッカス殿が最終的に土下座して、サッカス殿がその横で深々と謝罪して、私が気にしてないと言ってもなかなかキャーラが許してくれないのだった。