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4.

 あの時考えた作戦は単純そのものだったんだよね。

 最終的に懸けるのは、私の命。それだって、私にとってはとても重要だけど国という単位で考えたらきっと誰もが「お前がやって当然だ」って言ったに違いないって今でも思っているの。


(だって私は、『残念姫君』だから)


 作戦は囮の私と、護衛が全員移動したら妙だから親衛隊の中で『老兵』といわれる退役間近のメンバーを残してもらうというもの。

 あくまで救援を呼びに行くことと魔石の持ち出しの為の時間稼ぎが目的なので、お父様たちさえ無事に脱出してくれたなら……謀反を起こした兵たちに対して護衛の彼らは投降してもらって救援を待つだけで良いと私は考えていた。

 その内容を受けて、それが良いだろうと判断が下された。……万が一、投降を認めないようであった時も未来ある若者よりは……って。


 この作戦を私が提案したのは、お父様と兄様と、そしてレイジェスの三人に対して。

 あの時のレイジェスの目は、私が提案したというそれに対して酷く驚いていて、私を逆に驚かせた。

 何かを言いかけて、口を噤むというのを繰り返した彼は、彼らしくもなく動揺していた気がする。


 私が思わずじっと見てしまったからか、その後……目を逸らされて終わったのだけれど。だからそれ以上の事は、覚えていない。私にも、やることがあったから。


(そういえば、聞けていない)


 どうして、あんなに驚いたのか。

 ……私が、残念姫君だから、何もできないと思っていたから? 何も行動を起こすはずがないと思っていたから、だろうか?

 今更、聞いてもいいのかもわからない。彼も覚えていないだろうし。

 

 あの日の夜は、きっと私が今まで経験した中で二番目に長くて、そして一番騒がしい日だったに違いない。一番長かった日は、私の中に『物語』の記憶が溢れてどうして良いかわからない日だった。

 逆に一番短い日は、私が『残念姫君』って侍女たちにまで言われて陰で馬鹿にされていた日だった。気が付いたらもう夜だった。


 実を言うと、私だって『残念姫君』なんて呼ばれてそんな風に馬鹿にされて、傷つかないわけがない。だから対策がとれたらと、自室で自分なりに頑張っていたのだ。

 なにせ誰に聞いても「魔力ゼロの人間なんてあまりにも数が少ないし、王族に出た前例がないから研究されていない」なんて答えるんだもの。

 まあ調べた結果が人道的にアレすぎるものだったから、秘されて当然だなと私も思ったけれど。


(でも、……あんな内容でも、知っておけて良かったんだ。だから行動できたんだから)


 左腕の袖をまくり、そこに尖った魔石を突き立てた。躊躇いはあったけど、だからこそゆっくりなんて怖くてできなかったし、もう時間もないからと一気に突き立てた。

 当然血も出たし痛かったけど、声は出さなかった。それは私の意地だったんだと思う。

 ポーズで心配されるのも嫌だったし、この程度でって周りの兵士に思われたくなかったという、『残念』と呼ばれ続けた私の、くだらない意地だった。


 あの研究レポートには『直接体に埋め込んだ』みたいな表現があったけど、さすがにそれはごめんだ。

 私の行動に周囲の兵士たちがざわめいたけど、止める人はいなかった。切迫した状況であるとわかっているからこそ、私の行動にも意味があるのだろうと理解してくれたんだと思いたい。

 だけど本音を言うと……止められても続行したと思うけれども、心配してくれる声もないんだなと少し寂しかった。でもまあ、その時はそんなことを思うよりも痛みの方が上だったけれど。


 その結果、私が思っていた以上に効果はあった。

 実はこれ、やってみてわかったことがある。幼い頃に試した結果、絶対に私は魔法を使えないと思ったのだけれど。


 まあ、幼い頃は増幅の魔石の、クズ石と呼ばれる粗悪品を握っただけだったんだけど。

 それで魔法が使えるって意気揚々としたよね! でも実際使ってみてわかったのは、急激な喪失感から気を失った……ってことで、つまりゼロはゼロだということ。

 何をしてもゼロなのを、ブースト使って無理に引き出そうとするということは別の何かを引き出して代用するってことで、それは結局一番私にとって代用できるもの、つまり自分の生命力だったわけで。


(命と引き換えに魔法を使うなんて、そんな勇気は持てなかった)


 だからこそ、この方法で問題点は“今、国中の機械を動かしている魔力”……つまり基本の機械の心臓部に宿るお父様の魔力が尽きた途端に私の生命力でそれを代用しなければならないということ。それはもう賭けと呼ぶにはお粗末すぎるほど、無理な話。


 だから私は一時的に薬剤に魔力を溶かし込んで使用する回復魔法の応用品のポーションを持って、心臓部に置かれた椅子に座る。そしてぶら下がる機械からの管を握り、逆の手で持っていたポーションの中身を一気に飲み干した。

 この薬剤の中に溶け込んだ魔力はお父様のもの。親子のなのだし、一時的に……ということならばきっと馴染むのにも問題はないだろう。


(温かくて優しい……)


 魔力ってこういうものなんだなあって思うよりも、お父様だって安心感が私を満たした。


 私の体の中に入ったお父様の魔力が、私という増幅器を経て膨れ上がりそして握った管の先を通って機械を伝わって動かしていく。

 これが、王族の役目。私とは無縁であるはずの、その役目を全う出来ることは少なからず私を高揚させた。まあ元々国中の機械にとっての心臓部であるこれは、国王か王太子くらいしか縁がないんだけどね。

 だから、言ってしまえば一生に一度の体験というやつなんだろうと思う。

 複雑な歯車や、よくわからない液体の入った部分がバネとか色んな管とかと一緒に上下したり、どこがどうなってそうなっているのかわからないけれど光っている部分が見えたりとまるで不思議な生き物の体内にいるかのようだった。

 これらを動かしているのが、仮初めでも私なのだと思うと泣きたいくらい嬉しかった。


(私にも、王族として役目を果たせることができた)


 そう、これが仮初めのものだとしても。

 いいえ、国王と国宝を守り身代わりを務める、それだって十分王族としての役目。それを全うできるということは私のように『何の価値もない』と言われていた人間にとって、どれほど価値があるか誰にもきっとわかりはしなかったと思う。

 

「姫君、陛下方は無事に城下町を抜けたと報告がございました。これより先は連絡も難しく」


「……わかっています。謀反を起こした者たちの様子は?」


「まだこちらの動向には気づいておらぬ様子です。城内を掌握したと勘違いをしておるのでしょうな」


「そう、……そのまま勘違いしていてくれれば良いけれど」


「……お辛くありませんか」


 そう問うてくれたのは、誰だったか。

 私はその老兵の名前を知らないのだと気付いて、ああそうかと思った。

 彼らが私を『残念』と呼び関係を絶っていたと思ったけれど、私もまた彼らと関係を築くことを諦め絶っていたのだなあ、と。


 思いの外優しい眼差しのそうの老人は、そういえば優しかったあのマールヴァール将軍とよくいた人だったかもしれない。内心がどうであれ、今私を気遣ってくれるその優しさには応じなければならないだろう。姫としても、人間としても。


「大丈夫。ありがとう……名前を聞いてもいいかしら」


「は。自分はジェリック・ドラグノフと申します」


「ジェリック・ドラグノフ。覚えました。……今夜限りの仲かもしれませんが、もう少しだけ付き合ってくださいね」


「……姫君……そのようなことを仰られずとも」


「いいえ。お父様……国王陛下がお戻りになるにしろ、叛徒たちがここに到達するにしろ、私は役目を終えるでしょう。そうしたら貴方たちも、元の職務に戻るのです」


「……はい」


 親衛隊の役目は、国王陛下の御身をお守りするためのもの。陛下の信頼厚い人たち。

 その家族である王族やそれに準じた身分の人間を守るのは騎士の称号を持つ人たち。


 だから今だけここにいる親衛隊の人間は、私を守る、名ばかりの盾。

 それを私は忘れてはいけないのだと、心の中で思うのだ。


「良いですね、全員周知していると思いますが万が一、叛徒がここに足を踏み入れようとも抵抗してはなりません。私たちの役目は、……いいえ、私の役目は時間稼ぎなのですから」


 私が、そう言った時にジェリック・ドラグノフがどんな顔をしたのだろうか?

 ああ、どうしてだろう。


 私はレイジェスの反応だけがわからないと思っていたけれど、もしかして誰のことも見ていなかったんだろうか。彼らが私を見なかったように、私も、また。

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