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44.

 手放せるものか、と言ったのは私の聞き間違いなんかじゃない。

 妻にしたい、手放せない。

 レイジェスが私に今日放った言葉の数々に、私は困惑してばかり。


(嬉しいけれど、どうしてって疑問ばっかりが出てきてしまう。それなのに、どう聞いていいのかわからないだなんて)


 彼が私を求めてくれているのならば、何故今まで突き放して来たのか。

 それが本心だと思っていた私からすれば、急な彼の変化に当然ついていけるわけもない。

 それとも、なにか(・・・)心境の変化があって私のことを見直した……とか?


(そうじゃなくて、もう他に選択肢がない、とか。どんな状況かわからないけれど……でも、レイジェスはそうじゃないって言っていたし、ああ、なんて聞けば私にとってわかりやすい答えになって返ってくるんだろう)


 レイジェスは私の髪を持ったまま、見つめていて。

 私はそれに対してどうして良いのかわからない。


 相変わらず、私たちはかみ合っていない気がするし、ここで何かを言うには気の利いたことも思いつかない。


「……諦めろ、と前も言ったかもしれないが」


「ええ……」


「諦めてくれ。どうあっても、ここまで来てしまったら俺はお前を手放せない」


「レイジェス?」


「お前が望むような、そんな綺麗な想いじゃない。傷つけるだろう」


 ふっと自嘲めいた笑みを浮かべて、レイジェスが私の髪から手を離した。

 その赤い目が、どこかぎらついていて私の背筋が震えた気がする。


 怖くはない、けれど、コワイのかもしれない。

 どういう事なのか、自分でも上手に説明なんてできそうになかった。

 だけど、そんな気がした。


「野良犬と蔑まれるような身の上だ、お前に触れるなど……考える事も許されなかった」


「そんな……貴方は、いつだって、国のために」


「最初は国のために、なんて考えてなどいなかった。俺を拾ってくれたマールヴァール将軍のために働いていただけだ」


 野良犬。

 レイジェスの事を、そう呼ぶ貴族がいることは知っていた。

 やっかみでしかないと兄様が笑っていたから、そんなものだと思っていたけれどレイジェスから見たら違うのかもしれない。


 平民上がりだから、マールヴァール将軍のお気に入りだから。

 そんな彼が、実力で地位と名誉を手にしていくことを面白く思わない人は多いから。ましてやレイジェスは私が言うのもなんだけれど、愛想が良いとは言えないしお世辞にも人づきあいが良いタイプではないし……それでも地位で人を見ずに実力や人柄で評価をするところが実力主義の人たちからの支持を集めているってことも聞いている。


 そうよ、『物語』の中でも彼は野良犬と揶揄されて、それでもぴくりとも動かなくて……『物語』の中のディアティナ姉様に、人間じゃないみたいだって呆れられていたんだっけ。

 結局そこではレイジェスがどんな気持ちだったのかなんて書かれていなくて、でも今目の前にいる彼がずっとそれを苦にしていたら?

 悔しいと、思っていたなら。

 ああ、当然よね。だって彼は、生きている(・・・・・)


「触れることなど、許されなかった。手を伸ばす事も許されなかった。……だからこそ、遠ざけた」


「え」


「それなのに、お前は俺を追ってきた。俺の事を嫌ってくれれば良いのにと思ったが、同時にどんなに邪険にしても俺を見てくれるお前に、喜びも覚えていた」


「……そんな」


 じゃあ、レイジェスは。

 私の気持ちを知っていたという事なのだろうか?


「いつ、俺がお前に触れてしまわないか。汚してしまわないか。そればかりを考えていた。自分勝手とは思うが、お前が俺に向けてくれる綺麗な気持ちに応えられるわけがなかった。お前が俺を嫌い離れても、俺が親衛隊長でいる限りは守っていける……そう思った」


「レイジェス……」


「クリスティナ、お前が他の誰かを選ばない。そう視線を向けられる度に俺がどれほど喜んでいたか、お前にはわからないだろうな。……他の男を選び、幸せになって欲しい。そう思っていたのは真実だが、同時に俺を見るその目がこちらを向いている限り誰にも渡してなるものか、と相反した想いを俺が抱いていたなんて、どうして告げることができた?」


 綺麗な、気持ち。

 レイジェスの言葉に、私はただ目を瞬かせるだけ。


 私を遠ざけるために、ああやって冷たくしていたの?

 嫌われていると思ったのは、嫌って欲しくてなの?


 だとしたら、ああ、確かに彼の言う通り、彼は自分勝手だ。

 なんて自分勝手なんだろう!


「だが、お前が後悔する事になろうとも諦めてくれ、としか言えない。……俺は、お前に触れる機会を得て、尚逃せるほど……立派な人間じゃないんだ」


「か、って、だわ。レイジェス、貴方……すごく、自分勝手よ」


「ああ、そうだな」


「ねえ、教えて。……レイジェス、貴方は私の事を……その、愛している、という事、なの? そう、思っていいの?」


「言っただろう」


 指先が、私の喉元に触れる。

 触れるか、触れないか。

 そんな微妙なものなのに、ものすごく、息苦しいくらい。


 でもそれは指先のせいじゃなくて、きっとレイジェスの眼差し。たったそれだけの事なのに私は呼吸すら、彼に支配されたかのような錯覚に陥っている。

 ああ、だめよ、こんなんじゃ。

 私は支配される側じゃない、だけど支配したいわけでもない。


「俺が抱く想いは、そんな綺麗なものじゃない」


 苦しそうなほどに歪むその眼差しの熱が、真っ直ぐなほどの心が、隠されていたなんて知らなかった。

 だけど、私だってそれは同じはずなの。


 この場において、私は彼と対等でありたい。

 だって、そうでしょう?


(レイジェスを、幸せにしたい)


 幸せにするっていうのは、彼に支配されて閉じ込められて、大切な宝石のように保管されることじゃないはずよ。

 それは、手に入らないはずだった(モノ)が手に入る喜びには満ちるかもしれない、だけれど幸せとは違う。

 私が望む、彼が幸せになる事とは、違っていると思う。


「私たちは、間違っているのね、最初から」


「……クリスティナ?」


「やり直しましょう、レイジェス。私たちは、まだ間に合うわ」


 そうよ、始まってもいなかった恋を、無理に結びつけるなら。

 まだ私たちは、これから始める事ができるはず。


 彼の想いがどんなものか、私にはわからない。

 だけど私の想いだって彼が描いているような綺麗なものじゃないように、お互いわかっていないこの気持ちをすり合わせていくことで見えてくるものがあると思うの。

 私は完璧な王女じゃないし、きっとレイジェスを苛立たせる事は変わらない。

 俯くことだってまだ多いし、それでも前を向いたのは……間違いなく、彼がいたからだ。


 そして今の私は、一人じゃないから。

 きっとレイジェスと、重ならない想いの部分があったとしても、それに立ち竦んで動けなくなるだけの私じゃなくなったはずなんだ。


(だって私は一人じゃない)


 一人じゃなくていいのだと、ようやく知った私は。

 きっと彼の隣に、少しでもいいから近づきたかったんだ。


 だから、私に触れたいと彼が望んでくれていたように私だって彼の隣に立ちたかったんだ。諦めて、彼の幸せを願うんだと言いながら私はずっと願っていたんだ。


「私たちは、お互いを幸せにできるはずよ」


「……クリスティナ」


 びっくりしたように、レイジェスが目を瞬かせる。

 ああ、そんな表情を見るのはいつぶりだった?


 そんな彼がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。


「ねえレイジェス、私の婚約者殿。お願い、私の想いを綺麗で可愛い、子供のような想いだなんて否定をしないで。私がどんな思いで、ずっとずっと貴方を見ていたのか。貴方が私をどんな思いで守っていたのか。それを知って欲しいし、教えて欲しい」


「後悔するかもしれないぞ」


「それでも貴方は私を手放さない、そう言ってくれたでしょう?」


「……ああ」


「なら、私を見て。もう、子供じゃないわ」


 レイジェスが、目を細めた。

 私を、見定めるように。


 だけど、少しだけ笑ってくれた。

 その笑顔が、泣き笑いに見えたけれどそれはきっと私の見間違い。


 きっと、レイジェスの表情が、今までみたいに澄ましたものではなくて、冷たいものじゃなくて……初めて会った頃に戻ったみたいで私の方が泣きそうになったせいだわ。

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