42.
私の部屋に入ってきた叔父様は、随分会っていなかったように思うのに記憶のままのパリっとした素敵な方のまま。
お父様と兄弟なんだから当たり前なのだけれど、よく似た容姿で、とても快活に笑う人で、奥様想いでも有名で、文武両道。
お父様が「生まれる順が違えばアイツが王になって自分は悠々自適な生活を送っていたのだがなあ」と零すくらいに優秀で、仲の良い兄弟。
まあその会話の後には叔父様が「いやだなあ、兄上がいてくれるから私はコーズの家から彼女を誘拐しないで済んだんじゃないですかー」っていうちょっと不穏な言葉が聞こえたけどその先は私の耳を姉様が塞いだからよくわからない。
よくわからないけれど、……うん、まあちょっと叔父様怖いって思ったのは子供の頃の話。
「叔父様、ようこそいらっしゃいました。南方へ視察へ赴いていらっしゃると聞いておりましたが、いつ王都へ?」
「可愛いクリスティナ、久しぶりに会ったが美しくなったねえ! マルヴィナと走り回っていたのがつい最近だというのに」
笑顔で両手を広げ、私を抱きしめる叔父様は綺麗になったと褒めながら頭を撫でてくるのだから、この人からすれば私は今も幼い子供なのかなあなんて思って苦笑する。
そもそもマルヴィナと走り回っていたというけれど、それはもう十年以上前の話なのだけれどね。
「私の可愛い姪の顔を、仕事が忙しいからと何年も見ていなかっただなんてね。娘とも時間がなかなか取れないが、まああれは奔放な子だからうるさく言うと嫌われてしまうしね」
立ち話もなんだからとようやくテーブルについて、レイジェスも同席をと叔父様が仰ってくださって。
ようやくほっと一息ついたところで、叔父様は私たちに視線を向けて小さく、笑った。
「幼かった姪がとうとう婚約とは、月日が流れるのは早いものだね。しかもその相手が国内有数の武勇の持ち主で、今回の謀反においてはクリスティナを救った英雄でもあるだなんて! 今もその話題は民衆の間でもてはやされているよ」
「そ、そうですか……」
一体どんな風に言われているのかと思うとちょっと複雑な気分。
だけれど、それも含めて私とレイジェスの婚約は、こうして民衆に快く受け入れられているのだと思えば悪いことじゃないんだなあと思う。
私たちの、心情はともかくとして。
(いいえ、少なくともレイジェスが、何かしらの気持ちを私に持ってくれているのは確かなのだけれど……ああ、もっとストレートに私が聞くことのできる性格だったら叔父様が来られる前にちゃんと話もできていたのかしら)
幼い頃から抱えていた恋情が、こんなにも複雑骨折しているだなんて自分でも思わなかった。
単純に、レイジェスを救って、婚約をして、いずれ何かしらの功績をもって穏便に婚約破棄、のちに彼が本当に好きな人と結ばれますように。
そう思っていたのに上手くいかなすぎてもう!!
「本来ならばね、視察はもう少し早く終わって先日の舞踏会には戻れる予定だったんだ。まぁ、間に合わなかったけれどね」
「お仕事ですもの、しょうがないことです」
「ありがとう、クリスティナは本当に優しいね」
ふふっと笑った叔父様が、優しい笑みからすっと表情を消した。
その途端、空気全体が重くなった気がする。
「お祝いの言葉を述べたいところだが、少し聞いて欲しい。ファール親衛隊長にも関わることだ」
「は、かしこまりました」
レイジェスは、この空気を何とも思っていないのかいつもの冷静な表情のまま。
叔父様の発言を、私はただ小さく頷いて続きを待つしかできない。
「先だってのパーティで、お前もお会いしただろう。キャンペスのカイマール殿下に、マギーアのディミトリエ第三皇子。彼らはクリスティナに興味を持っている」
「わ、私に?」
「まあそこは何もおかしな話じゃない。なんといってもクリスティナは美しく育ったしこんなにも可愛らしいのだからね!! ……それに、ターミナルは周辺諸国で見た時に最も軍事力が高く、そして魔導機器の発達が優れている。その点だけとってみても我が国と縁を持ちたいのは明白だ」
「それは……」
「キャンペスとマギーアはどちらかといえばそこまでではない。それは君も知っているだろう? ディアティナが婚約をしたのも、その二国に対しての警戒をターミナルとカエルムが強めたためだ」
「はい……存じております」
「幸いにも、というかね、キャンペスはもとより閉鎖的な国であるから国交が薄いだけだが、マギーアは違う」
そう、キャンペスは小さな部族が成り立っての国だけに、他国に対しては来るなら拒まないという性質で、商売の相手くらいにしかこちらを見ていない傾向にあるから良く言えばビジネスライク、悪く言えばドライ。
そして、マギーアは先だっての謀反の、黒幕。証拠を掴めていない以上、追及はできないのだけれど。
おそらくは今現在、具合が良くないと噂されている皇帝の跡目争い。
その継承権争いで、複数いる王子のいずれかが行ったこと。謀反が成功すれば巨大な増幅の魔石と、さらにはターミナルを侵略することも可能かもしれないということ。
砂漠の国で魔法力によってのみ発展した国からすれば、資源多く魔導機器の多いターミナルは宝の山みたいに思えるのかもしれない。
「ディミトリエ皇子がマギーアを掌握するならば、我が国と友好を築くことも考えられる。そうだろう?」
「……あの方は、我が国を後ろ盾にして戦われるおつもりなのですか?」
「さて、そこまでは期待してはいないと思うけれどね。ただ」
叔父様が、言葉を途中で止めて私をじっと見た。
そして、少しだけ躊躇っていたようだけれどそれをすぐに切り捨てて、親族という顔ではなく、上に立つものとしての顔で口を開いた。
「政治的なことを言えば、きみがどちらかの国に嫁いでくれたらよりターミナルが安泰になると私は思っている」
「え……」
「今まで、そういった話がないわけではないんだ。兄上たちが、そういったことはすべて断っていたからね」
その言葉に私は目を丸くする。
知らなかった。
私に魔力がなくて、価値がないからそういった話はないのだとばかり思っていた。
ああ、でもお母様は仰っておられた。私をできるかぎり自由にしてやりたいと。
もしかして、そのために断り続けてくれていたんだろうか?
それでももう、きっとそれは時間切れだったのか、或いはレイジェスが私の婚約者になったから安心したということなのか。
「キャンペスからは、来ていなかったが……カイマール殿下がお前を見初めたのではとすでに貴族たちの間では話が上がっている」
「そ、それは誤解です!」
「まあその辺りは広められてはこちらとしても困るからね、適度に潰すように手配済みだから安心して良いよ。ディミトリエ皇子に関しては、まあ政敵との争いに勝てるとは限らない……が、あの皇子はなかなか強かで将来有能だと思う」
「叔父様……!?」
叔父様が、今度はレイジェスを見た。
レイジェスは、ただ静かに叔父様を見ていた。
「だからね、すべての泥はこのアッダの名を背負う我がコーズ家が引き受ける。レイジェス・アルバ・ファール。クリスティナ王女との婚約を、破棄してもらえないだろうか」
「……!!」
「その代わり、我が娘マルヴィナを貴殿の妻としていただきたい。アルバの名と、アッダの名と、二つを名乗ってくれてもかまわない」
「それは、陛下はご存知のことでしょうか」
「いいや。私がただ、お前たちに個人的な話として今、もってきているだけだ」
叔父様が首を振る。
レイジェスの、妻。
国からの褒美。それは、王族であればよいのだから確かにマルヴィナでもそれに該当する。というよりも、当初は私もそれを狙っていたのだから。
だけど、だけど、今はそれを他者に指摘されて、心臓が痛いほど鼓動を速めていた。
「お前は自分を卑下しがちだけれどね、私はお前たち兄妹の中で、クリスティナこそが兄上と同じく、最も王の資質を持つと思っている。だからこそ、お前がディミトリエ皇子に嫁ぎ、マギーアを治める立場となってくれればこれほどターミナルにとって喜ばしいことはない、そう思っているんだ」
叔父様の意図についてはまた次回!