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41.

 好いていない。

 そう言われて、私だって傷つかないわけじゃないし苦しくないわけじゃない。

 むしろ傷つきっぱなしだから、余計にそれが痛いと感じている。


 だけど。

 私はそれを知っていたから、泣きたい気持ちをぐっと飲みこむことができた。

 真っ直ぐに、レイジェスを見ることが、できた。


「……ええ、わかってる。わかってるわ、レイジェス……」


「いいや、わかっていない。……お前が俺を好きだと言ってくれる、その気持ちは嬉しいと思う。だが、お前の恋心は、……物語の中のような、綺麗なものだ」


 ぐっと、私の胸の内が苦いもので満たされる。

 レイジェスの言葉は、私を受け止めているようでただ子供扱いをし、窘めているようなものだったから。


 ああ、そんなお伽噺のような(・・・・・・・)拙い、生温い感情で今の今まで過ごしてきたとどうして貴方が言うのだろう!

 私は、私だってこの気持ちを諦めたりできたなら、どれだけ楽だったことだろう!


「俺が、お前に抱く感情は違う。……こんな感情を、どうしてお前に向けられる」


「……?」


「だから、お前を遠ざけてきた。それが仇になる日が来て、こんな風に思い悩む日々が来るなど予想もしていなかった」


 だけれど、苦しそうに言葉を続けたレイジェスの様子に私は首を傾げた。

 何が言いたいのか、わからない。

 わからないけれど、真っ直ぐに私を睨むように見つめてくるその眼差しが、いつもと違う気がした。


 冷静なものでもない、疎んじるものでもない。

 でも、どこかで見た気がする。


 ああ、そうか。

 あの日、あの時、人質としてどう扱おうかと言われて命の危険を感じたあの運命の日。

 私を助けに、単身乗り込んできたレイジェスが敵を切り捨てて私に無事で良かったと、ただそう言って手を取ってくれた……あの時の眼差しに、よく似ている。


「お前は、わかっていないんだ」


 わかっていない、と繰り返してレイジェスがテーブルの上でぎゅっと手を握っていた。

 どうして、そんなに苦しそうなの。

 そう問いたいのに私の喉はカラカラで張り付いたみたいに動かない。先程お茶を飲んだばかりなのに。


 だけど、私もレイジェスも、これは本音だとお互いにわかっている。

 わかっていて、手探りで、だけど嘘をつかずに言葉を選んでいるから滑稽だ。

 どうして私たちは、子供の頃のように素直になれないのだろう。


 好きだ、だけではだめだなんて。

 レイジェスは、私と違うけれど私に何かの気持ちを持ってくれている。

 だけど、私の好きだってきっと彼が思うような綺麗なものなんかじゃないんだ。


 お互いに、己の気持ちを説明なんてできない。


「マルヴィナのことを、好いていると思っていたの。けれどそれは違うんじゃないかってなって」


「……ああ、確かに、違う」


「それなら、きっと姉様だと思ったの。ディアティナ姉様は、誰よりも立派な王女様で、そして輝く太陽のような女性だったから」


「……」


 少しだけ眉間に皺を寄せたレイジェスは、渋い顔を見せてから口を開いた。

 ちょっとだけ、グロリアを気にしているようだった。


「あれは、ただのお転婆だろう……年齢相応に、落ち着きを途中から持っただけで中身は……」


 ぼそりと呟かれた言葉に思わずくすりと笑う。

 ターミナルの花と呼ばれるほど美しいと社交界で中心的だった姉様を、そんな風に言える人は少ないんじゃないだろうか。

 でも、私たちは幼馴染でもあるから、姉様がいかにお転婆だったのかを知るレイジェスだからこその発言なんだろう。


「それに、俺が彼女たちを気にしていたのは、お前が心配するからだ」


「えっ?」


「あの二人はいつだって駆け出したら止まらない。お前は後からついてきて、姉たちが転ばないか心配してばかりだった」


「そう、だったかしら……」


 いつも追いつけなくて、必死だったことは覚えているけれど。

 でも言われてみれば、姉様たちはいつだって無茶をするものだからケガをして痛い思いをしやしないかと心配だったかもしれない。


 レイジェスの言葉をそのままに受け取るなら私のために、ということになるのだけれどそれをそのまま信じても良いのだろうか?


「あのお転婆どもに、俺がどれほど手を焼いたことか。マールヴァール将軍ほど、俺は気が長くも無ければ心も広くなかったからな」


 不機嫌そうにそう言った彼の表情は、幾分か先程よりも柔らかいものだった。

 少しだけ躊躇うように、ゆっくりと握りしめていた手を開いたかと思うと同じようにテーブルの上にあった私の手に指先を伸ばして、触れるか触れないかのところで引っ込める。


 まるで、小さな子供が悪戯を仕掛けているみたいだと思うような仕草だった。


「マールヴァール将軍の遺志、それはお前を守ることだ。それに偽りはない」


「……」


「だが、あの方の危惧に対して俺も同じことを感じた。お前は、あまりにも自分を大切にしなさすぎる」


「……そんなことは、ないわ」


「あるだろう。現にあの日(・・・)お前は誰よりも早くに己を犠牲にする方法を提示し、実行してみせた」


 いつかそんな日が来てしまうのではないのか。

 そして儚く散ってしまうのではないのか。

 マールヴァール将軍は、そう常に心配していたらしい。


「……『あの子は、自分よりも人を優先してしまうだろう。それはそうすべきだとか、そういう問題ではなく衝動のようなものだ。本質なのだ』と仰っておられた」


「そこまで、私はお人好しじゃ……」


「そうだろうか」


 レイジェスは、そっと目を伏せる。


「お前は、毒見の役すら信じられないというのに誰一人として咎めない。それは一見お人好しのように見えて、そうではないと俺は思う」


「……」


「俺は」


 少しずつ、そう、少なくとも。

 私に抱く感情が、どんなものなのか、まだはっきりとはわからないけれどレイジェスは私が思っていたような『嫌い』という感情とは違う何かを持っている。

 そしてそれを説明するだけの、上手な言葉が見つからない。

 私も、それを飲み込めない。


 ああ、でもどうしてだろう。

 今もさっき食べた料理の味は思い出せないし、痛くて苦しいばかりだった胸は今も苦しいけれどその意味合いが違うような気もする。

 

「俺は――」


「失礼いたします」


 レイジェスが、次の言葉を続けようとした瞬間に、サーラがやってきてグロリアに何かを耳打ちする。

 瞬間、嫌そうな顔を見せたグロリアに私は不安を覚えた。


「グロリア?」


「……公爵様がお見えだそうです」


「えっ?」


「コーズ公爵様が、クリスティナ様に面会したいと……ファール親衛隊長がいらっしゃるのでご遠慮くださるようお伝えいたしましたが、どうしてもと」


「……叔父様が……?」


 マルヴィナの父、そして私のお父さまにとっての弟、そして私の叔父。

 有能なる王弟であり、信頼を司る古い家に婿養子となった人。


 決して怖い人ではないし、姪として私も可愛がってもらった記憶もあるけれど公爵になられてからは滅多に会うこともない人が、急にどうしたのだろう?

 先だってのパーティにはいらっしゃらなかったから、もしかすればお祝いを述べてくれるのだろうか。


 いいえ、それならば私たち両方が揃っている時にとなるはずだから、今日みたいなことは偶然のはず。


「……レイジェス」


「かまわない」


 先ほどまでの表情はもう消えてしまっていた。

 今、私の目の前にいるのは親衛隊隊長という肩書を持つ、一人の軍人。


 怜悧なその眼差しが、どこを見ているのか。


「グロリア。叔父様に、入っていただいて。それと、叔父様にはブランデー入りの紅茶を用意してちょうだい」


「かしこまりました」


 まだ私とレイジェスは、お互いにちゃんと(・・・・)できていない。


 だから、ああ、どうか。

 ただのお祝いの言葉でありますように!

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