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3.

 謀反が起きたのは、私が二十歳になった祝いの日。

 この国では成人とされるのは、もう少し下の年齢。


 だから、成人してなお婚約者もおらず、お荷物になっている第二王女なんて立場の私が国を挙げてのお祝いされるなんてことはなく城内でひっそりと祝われた程度だ。私自身がそれを望んだというのもあるし、貴族のお偉方がそれに賛同してくれたのでそうなっている。

 まあ一応お父様も、兄様も盛大ではないにしろパーティを開くべきだとは言ってくれた。

 だけど謀反の時期だと私は知っていたし、周辺諸国からきな臭い噂もあることに加え今年は国内で災害も起こったということから周囲の進言もあってどこかでパーティを開くがいずれということで落ち着いた。

 何事も起こらなかったなら、多分、なあなあになっていたんじゃないかな。

 実際、今はあの日の出来事から私が『ゼロの姫君』なんてありがたくもない渾名をもらって国を救った英雄と婚約した……というめでたさが勝って私の誕生日なんて忘れていることだろう。


(……あの日、あの時、私は何か選択を間違えた?)


 ターミナルは、四方を山に囲まれた土地で正直に言うとあまり豊かな土壌を持っておらず、天然の城塞に護られていると言いながら逆に言えば外に出るのも大変なところだ。

 だからこそ、魔力とそれを用いて動かす機械が発展したとも言える。

 幸いにして魔力を増幅させたり、代替品となる『魔石』が山に囲まれたこの土地では発掘が盛んであったことも助けていたんだと思う。そう歴史書にもあった。


 謀反の始まりは軍部内の研究者だった。


 彼はこの国の至宝、最も大きな『増幅の魔石』を使った実験をしたくてしたくてたまらないだけの、本当に研究だけが生き甲斐の人。

 だけれど、当然この国を守るために使われているそんな至宝を実験に貸し与えるなどあってはならない話で、それに対して不満を持っていた彼に隣国、魔法皇国【マギーア】が目を付けた……というのが確か物語の設定だった。

 それ以上のことがわからないのは、『ディアティナ姉様が主人公』だから視点がずっとカエルムにあるのでターミナルでのことは要点しかわからないというのが私にとってとても大変なことだったのだけれど……。

 マギーアからの計画書に沿って要所を押さえた兵とその研究者たちの動向に気が付いた親衛隊の人間がお父様に報告し、そして下手な動きをすれば城内の人間の命が危ういのだという事態に発展するのだ。

 結局マギーアが黒幕であった証拠などどこにもないので、その研究者一人と、現状に不満を持っていた軍人たちの一部がどこかの誰かに踊らされたという形で物語では集約したのだけれども。


 あの日。

 研究者が、王城内の警備を、私たちを閉じ込める方向で操作した。

 当然お父様は事態を把握した上で国王として『増幅の魔石』の安否を確認し、それを賊に奪われないようにレイジェス率いる親衛隊が守った。

 王太子である兄様もそこにいて、そこはあっという間に固められる。勿論、私も事態が事態だったので本来足を踏み入れる立場じゃないけど、守られるべき王族としてそこに呼ばれた。


 だけど、内通者がいるのに籠城はお粗末な話。それは誰もがわかっていたけれど、じゃあ他に誰が裏切者なのか? まずそれを探らなければという話になる。

 もうこの段階でディアティナ姉様はカエルムに留学という名の花嫁修業に旅立っていたし、私は役に立たない王族として頭数にもカウントされていなかったに違いない。


 だから私は、言ったのだ。

 

「私がここに残って、魔石の代わりを務めます。施設を維持し、まだ『増幅の魔石』がそこにあるかのように見せかけてご覧に入れます。お父様と兄様は、国宝をお持ちいただき一時脱出をなさって謀反者を捕えるために準備をお願いいたします」


「クリスティナ……? 魔石の代わりをするとはどういうことだ?」


「お前は魔力がないのだし、城内どころか国内に魔力を送り続けるための魔石なしでどうやってそんなことを行うって言うんだ」


 意味が解らないとみんなが言う。レイジェスもその場にいて、私に対して『コイツは何を言っているんだろう』という目で私を見ていた。

 かなり心は挫けそうだったけれど、私はただお父様だけを見ることで心を保った。

 家族はみんな、私を案じている。周囲がどうかはわからないけれど。

 それが、私の心の支えだった。


 私は知っていたことを話した。

 増幅の魔石は、その名の通り増幅させる。魔力を、威力を。それは波のようなもので、魔石が大きければ大きいほど効果も大きい。それが今のところわかっている結果。

 そしてもうひとつ、わかっている結果がある。


 人を、魔石に見立てる方法――それは、あまりにも非人道的だと却下された論文。今回の問題を起こした研究者のものではなかったけれど、彼が傾倒した研究者だった人物の論文。

 私は部屋に閉じこもる中で、それに目を通したことがある。

 魔力が極度に弱い人間に小さな増幅の魔石を持たせる、もしくは内包させることにより、一時的にその人物の命と魔石の波長を同調させることでその人間を、生きた増幅器にすることが可能である、と。

 動物実験をして成功、あとは人間でやるべきだ、と。

 動物よりも人間の方が恐らく増幅値は高く、増幅の魔石の高騰・不足を補って余りある効果を得られるはずだと結ばれていた。


 その後その研究が却下された後、その研究者は罪もない人々で実験を秘密裏に繰り返したことにより捕縛、そして処刑されたというところまで残されていたんだけどね。そのデータを見る限り、確かに人間は有効な手段だったに違いない。寿命を相当削るようだという結論もあったけれど。

 そして魔力がない人間が、もっともその増幅に適しており、また寿命の減り具合も緩やかで、少なくとも三か月は生きていたという結果が残されていた。


 ……つまり、私は。なんとも酷い娘で。

 私が、人間増幅器になれば、三か月は騙せる。そういう話を、できるだけ淡々とお父様に告げたのだ。私を愛してくれる父親に、国王なんだから娘を犠牲に逃げろと言ったのだから。


(あの時のお父様の顔は、怖かった)


 今にして思えば、魔力がないにしろ可愛がっている娘が自殺志願したようにしか思えなかったんだろうなあ。

 私も必死だったんだけどね。兄様は驚くやら怒るやら反応が色々すぎて、顔を青くしたり赤くしたり白くしたりと忙しかったことは覚えている。


 レイジェスの反応は、微妙だった。反対なのかどうかもよくわからない。ただ驚いていたようには、思う。

 わかっているのは、お父様が「すまない」と短く私に言ったこと。そして抱きしめてくれたこと。


 その腕が温かくて、「必ず戻る」という言葉が力強くて。

 お父様の大きな背中に回した自分の手が、やけに震えていて。


 私は未来を知っていたくせに、やっぱり怖がっていたんだということをようやく自覚した。


 魔石が本来あるべき場所に用意された椅子。

 そこに座る私を守るのは、老兵たちだった。


「ごめんなさい」


 私は謝るしかできなかった。

 その時、彼らはひどく驚いていたのを覚えている。


 私が、謝れない人種だと思われていたのかと感じてちょっと寂しくもなった。

 閉じこもっていただけで、こんなにも。

 こんなにも、誰にも理解されていないなんて。

 自業自得なのに、胸が痛んだ。


「これは失礼を。姫君は、何故、我らに謝られるのですかな」


「この作戦は、あまりにも危険が伴うものだもの。貴方たちは、十分に務めあげて家族の元に帰って行くだけの予定だったのにまた危険に晒されるだなんて申し訳ないと思ったの」


「……」


「それに、お父様たちを守ることを(ほまれ)に思っても、私のことは違うでしょう」


「何を仰っているのですか」


「……いいの、知っているから。残念姫君、って呼ばれる私がお役に立てるのは、きっとこんな時くらいよ」


「クリスティナ姫……」


 ざわ、と私の言葉に彼らがどうしたものかとさざめいて、そしてその中には図星を突かれたのか俯く人の姿もあった。

 でも、私はあの時の言葉も行動も、後悔はしていなかった。


 それまで『残念姫君』と呼ばれ、誰も彼もが私を軽んじていたことを悔しく思わなかったわけじゃない。だけどそれはどうしようもないことだった。そしてみんなに嫌われたことは、とてもとても辛いことだったから閉じこもった。

 愛してくれる家族だけが、私の支えだなんて!

 前世の記憶とやらがあっても、全然役に立たない記憶!! 転生なんて、結局私を苦しめただけだ。でももし、記憶の中にある『物語』のような謀反が起こったなら。


 その時は。その時は、私はこうして命を賭して愛してくれた家族と、恋した人を救おうと決めたの。

 見返りなんて、求めてない。


 ただ、愛したこの気持ちを、返したかっただけで。

 恋した人の無事を、願う気持ちを命を燃やすことで伝えられたらと……自分勝手なことを思っていただけで。


 それが、まさか私への罰として戻ってくるなんて、この時は思いもしていなかった。

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