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魔力ゼロの転生姫君~もう『残念』とは言わせない!~  作者: 玉響なつめ
本編

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31.

 レイジェスがなぜ将軍に呼ばれたのかは、気になったけれど。

 だからっていつまでもその場にたっていても仕方がない。


 私がグロリアを伴って広間を出ると、ラニーがすぐに私の後ろについてくれた。

 そして案内された部屋にはオドオドと周囲を見回してウロウロしている男性がいて、カエルムの外交官であるサッカスさんが呆れたように腰に手を当ててその人に声をかけた。


「おい、ヴァッカス! よその国に来てまでうろうろするな恥ずかしい!」


「さ、サッカス! いや違うんだよ、別にうろうろしていたわけじゃなくて僕だって別に産卵期のマルトカゲじゃないんだ、でもここはあんまりにもキラキラしていて僕はやっぱり場違いだって思うから、その……」


「それをうろうろしてるって言うんだろう。いいからこちらへ来て挨拶を! この方がお前に会いたいとお手紙をくださった、ターミナル王家第二王女殿下であられるクリスティナ様だ」


「へっ、えっ、あの、あっ、やっぱり本物……!?」


「ヴァッカス!」


「ひぇっ」


 叱咤するサッカスさんは、どうやらこのおどおどした男性……私が会いたいと姉様にお願いしたあの論文を書いた学者のヴァッカスさんと親しいみたいだ。

 ヴァッカスさんはあまりこういう王城やきらびやかな場所は好きでないらしく、着ているものはこの場に相応しいものだけどどうにもちぐはぐな印象だった。多分着慣れてないんだろう。


 もじゃもじゃ頭に痩せっぽちで、背丈はラニーと同じくらいかしら? 顔の大きさには不似合いの、大きな丸眼鏡をかけた男性。

 私が両手で力一杯押したらそれだけで倒れてしまうんじゃないかというような雰囲気を持っている人だった。自信なさげにそわそわして、自分を落ち着けようとしているのか前に持ってきて組んだ手の指が忙しなく動いているのはまるで叱られる前の小さな子供みたいで、なんだか微笑ましい。


「ヴァ、ヴァッカス・カロ・モーネンと申します……」


「このヴァッカスが、王女殿下がご覧になられたという論文の書き手でして、そして私の弟でございます」


「まあ、サッカス殿の弟君でしたのね。……どうぞおかけください、遠路はるばる私の我儘をお聞き届けくださって、ありがとうございます」


「ひぇっ、い、いえ、あの。こちらこそ……お招きありがとうございます……」


「ヴァッカスは竜の研究ばかりで貴族の生まれであるにも関わらず、礼儀作法などはとんと疎いのです。ヴァッカス、頼むから王女殿下に何か失礼な発言をしないでくれよ」


「わ、わかってるよ……」


「問題ありません、ここは公式の場ではないのですから」


「おそれいります」


 この部屋は恐らくサッカス殿が弟のために、私と会わせるにあたって用意した部屋なんだろう。どうやら彼は腕の良い外交官のようだし、何よりディアティナ姉様から直に指示を受けているようだったから。


「ヴァッカス殿、挨拶もそこそこで大変申し訳ないのですが、貴方の論文を拝見してお伺いしたいことがあるのです」


「は、はい。なんでしょうか?」


「地竜の研究をした時に、(つがい)がもう一方を癒したという部分なのですけれど」


「ああ! あの時のですね!!」


 私が具体的な部分を述べた瞬間、ヴァッカス殿がそれまで怯えた様子だったというのに一転して目を輝かせた。

 そして自分がいつこのターミナルに入ってどれだけ滞在し、北の民の協力を得て地竜を追ったのか事細かに熱弁してくれた。

 それらが本当の話か、盛られているのか私には判断がつかなくてラニーを振り向けば彼女は「良く知ってますねえ、実際に現地に行ってなきゃあれはわかりませんよ」と私の疑問に答えてくれたのだった。


「それでですね、――」


「ヴァッカス、いい加減にしろそこまでだ。王女殿下がお聞きしたいのはお前の武勇伝じゃないんだよ」


「あっ、す、すみません。母国では飛竜以外の竜を研究する人間はあまりいなくて、理解者がいなかったものですから……論文を読んでもらえたっていうのがすごく嬉しくて、はしゃいでしまいました……!」


「いいえ、お話はとても有意義なものと思います。できましたらゆっくりお時間をいただいてお聞きしたいところですが、今はなにぶん舞踏会の時間で……まだ滞在期間はありますか? お時間をいただくことは?」


「は、はい! 喜んで!!」


「でしたら、今は私が最も聞きたかったこと、それについてご意見いただきたいのです」


「……なんでしょうか?」


「ヴァッカス殿の論文によれば、地竜の(つがい)を癒したのは角の欠片であり、それには魔力が含まれていたということでした。それは番でなくば作用しないものと思われますか? またそうでなければ、角を触媒した魔術と捉え、傷を負った地竜を癒すことは可能であると思われますか?」


「……それは、それはまたとんでもない質問ですね……!! いえ、興味深い……僕は、学者としては駆け出しの未熟者の身でありますが、真摯に答えるとまず先に述べさせていただきます。その上で、僕の意見を述べるのであれば」


 ヴァッカス殿が、私を見る。

 顔のサイズに合わない眼鏡の奥で、初めて彼が真剣な眼差しを向けてくれた気がする。

 思わず私も膝の上に置いた手を、ぎゅっと握りしめた。


「可能と思います。おそらく地竜があの厳しい土地柄を生き抜く力があり、あそこを棲み処と決めているのには理由があると僕は考えています。皮膚が分厚く、肉も厚い。それは寒い地方独特の生き物の特徴ではありますが、普通の動物たちはそれを当然食生活で補います。ところが、地竜たちはあまり食事を採らないように思うのです」


「ラニー、そうなの?」


「はい。ああいえ、出せば食べますよ。案外大食漢です。ですが、厳しい冬の食事事情であっても地竜たちは決して山の木々を根絶やしにするほど食べたりはしません。忍耐強いのだと我々北部の人間は聞いていますけど」


「これは推測に過ぎませんが、僕が観察する中で土や石を食べる姿が見受けられました。彼らは何らかの形で魔力を自然から摂取し、それを肉体に還元させているのではないでしょうか?」


「……では、なぜ角を」


「結論を急がず、お聞きください。現地調査の際、僕は地竜たちの群れであれほどの巨体が死期を迎えるとどうなるのか詳しい方々に聞きました」


 関係性がわからなくてラニーを見れば、彼女も少し困ったようだった。

 だけど、少し考えてから私にわかりやすいように言葉を選んで喋り始めてくれた。


「竜たちは、山に姿を消します。その死体は狩人も滅多に見ることはできません。人に飼われていた個体が、調査や素材として……残されますけど」


「そうなの……」


「僕の考えでは、地竜たちの骨や角、そういったものに蓄えた魔力があると思います。それが地に還り、そしてその土や石、木々として再び巡るのだと」


「……」


「だからこそ、彼らの群れは滅多に傷つかない。おそらく癒す力が強いのでは? だとすれば、触媒を使わずとも回復の魔法を彼らが受け入れれば(・・・・・・)あるいは。それとも魔術体系そのものが違うのかもしれません、だからこそ自然物あるいは同種からの摂取で補い、癒しを得るのではと僕は考えます」


「……ラニー、どう思う?」


「えっ、わ、わたしは学がないのにそんなの聞いたってわかりゃしませんよクリスティナ様!」


「……ヴァッカス殿、ご意見ありがとうございました。もう少しこの件についてお伺いしたいところなのですけれど、私も王族の身として戻らねばなりません。後日、そうですね、また明日の夕方にでもお時間はいただけませんか」


「も、勿論です! ああ、ああ、なんてことだろう。聞いたかいサッカス! このお方はきちんと話をし、そして理解をしてくれる! まるで学問の徒として理想的な姿勢じゃないか!!」


「こらヴァッカス、失礼だ!」


「良いのです、サッカス殿」


 そう、だってアニーは元気になるかもしれない!


(でも、そうしたらラニーはここを去ってしまう?)


 それは少し、いいえかなり寂しいけれど。

 だけど、もし。もしも許してくれるなら、アニーが元気に走れるようになったのならば。


 そうだ、思い出に、乗せてもらおうかな。

 ……もし、ここに残りたい、と言ってくれるなら。その時は、たくさん、感謝しよう。


 でもそれはまだ言葉にしない。

 だって、確実ではないのだから。


「サッカス殿、もしよろしければ貴方も明日ヴァッカス殿と共においでください。グロリア、そのように予定を組んでおいてくれるかしら?」


「かしこまりました」


「それでは、慌ただしくて大変申し訳ないのだけれど私は大広間へ戻らねばなりません。これで失礼いたしますね」


 はしゃぐヴァッカス殿と、それを宥めるサッカス殿。

 彼らに軽く会釈だけして私は大広間に一旦戻ることにした。


 そう、だって舞踏会はまだ始まったばかりで……私は、レイジェスとまだちゃんと話ができていないのだもの。

 きっと彼もこの話を聞いたら、喜んでくれるんじゃないだろうか?

 新しい護衛武官を選任しなければならないと頭を悩ませてしまうだろうか?


 どちらにしても、レイジェスがこの部屋に来る気配はなくて私はグロリアを振り返る。


「ねえ、グロリア。レイジェスは今どこにいるのかしら」


「少々お待ちください」


 大広間に戻った私が周囲を見回しても、黒衣で目立つはずのレイジェスの姿はなかった。

 将軍の姿もなかったけれど。


 グロリアは近くを通る給仕の女性に声をかけて、居場所をあっという間に理解したらしい。


「お待たせいたしました。ただいまご案内いたします、クリスティナ様」

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