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30.


 あれから行事のその日まで、私は努力できたと思う。

 その成果として、晩餐会は恙なく、寧ろ褒めてもらえる出来栄えだと思う。

 ……王女さまなんだから、当然って言われればそれで終わるんだけど。


 ダンスの練習もすごく頑張った。

 ドレスも、派手かなってちょっと思うし恥ずかしいけれど大丈夫って信じてる。


 煌びやかな場所で、私はちゃんと『王女さま』として恥ずかしくない姿で、舞踏会で呼ばれるのを待っていた、筈なのに。

 そう、レイジェスと、腕を組んで。


「……どうして、そんな勘違いをしている……!!」


 何故、私は今怒られているんでしょう!?


 レイジェスが、それまで少なくとも不機嫌そうではなかったと思うの。腕を組んで呼ばれたタイミングで扉から入る、それだけのことだと言った彼の余裕に私も安心したものだけど。


 呼ばれるまでのその時間、緊張する私に言葉をかけてくれたレイジェスが。

 いつもよりも、ちょっと優しい気がして、つい、……つい。

 かなりな失言だと自分でも思うけど!


『……ディアティナ姉様みたいなレディではないけれど、頑張るから』


『待て。なぜそこでディアティナ姫の名前が出てくるんだ?』


『え……だって、あの、レイジェス』


『なんだ』


『貴方は、ディアティナ姉様のことを』


 つい、そうだとは限らないのに!

 ただ私の中でそうじゃないのかなって腑に落ちただけで、確証もないことをつい口走ってしまったから……!!


 レイジェスの赤い目が最初驚きで見開かれて、その後だんだんと不機嫌な形に変わっていくのを見て私はさっと血の気が引くのを感じた。

 だけど、だけど、飛び出した言葉はもう口の中には戻ってくれない。

 私たちの空気に扉を開ける兵士も目を泳がせているし、まあ会話の内容は聞こえていなかったと思うけれど。


「あ、あの、レイジェス……」


「……もう呼ばれる頃合いだ。後できっちり話をする。良いな?」


「え、ええ……」


「それと」


「は、はい!」


「……似合っている」


「え」


 中から合図があったんだろう、大広間のドアに手をかけた兵士がゆっくりと扉を開く。中から広がる光が、私たちを照らす。

 それはとても綺麗なのに、私の頭にはそんなこと一つも入って来やしない。

 だって、だって。

 レイジェスの顔しか、今見れない。

 似合うって、言ってくれた?

 変じゃない? こんな大人っぽいドレス、って思わなかった? それよりも、見ていてくれたの? お世辞?


 色んな気持ちが、飛び交う。

 ああ、どうしてこんな時にそんな言葉を私に投げかけるの!


 キラキラ輝くシャンデリア、着飾った人々、美しい調べを奏でる楽団。

 人々の拍手と音楽に出迎えられた私は、なんとか笑みを浮かべることに成功したんだと思う。


「あの方が第二王女殿下? まぁなんて綺麗な銀髪!」


「他の王族のみなさまは金髪なのに、ああなるほど、お亡くなりになったご側室の……」


「あの隣の男が親衛隊長か、平民から取り立てられ今では親衛隊隊長だとか……」


「本当にあれが『残念姫君』なの? 全然前と違うじゃない」


「いいえ、いいえ! あの銀髪は間違いないわよ。だって魔力を感じないじゃない、あれほど魔力を感じさせ無いのはこの場において考えたら『残念姫君』くらいだわ! ……違ったわ、今は『ゼロの姫君』よね!」


 さわさわと周囲の人たちが私たちを値踏みする声が聞こえる。

 中には変わらず『残念姫君』と呼ぶ人の声や、そう思いつつも周囲の目が怖いのか『ゼロの姫君』と言い直す声まで聞こえてくる。

 流石にそれのひとつひとつを咎めてもいられないのだろうけれど、いつかはこの声を改善させなければ。……できるのかしら?


(いいえ、できるのか、じゃない。やらなきゃ、よね)


 私たちは、というかレイジェスのリードのおかげもあってお父様、いいえこの場では国王陛下の前まで進んで二人でお辞儀をして、お客様の方を向く。


「各国よりお越しの賓客の皆々にも、耳に届いていることであろうと思う。我が国のもう一人の姫、第二王女クリスティナと我が国が誇る新しき英雄、レイジェス・アルバ・ファール親衛隊隊長がこの度婚約した! どうか前途ある若者たちを応援してやって欲しい」


 お父様の宣言に、私とレイジェスが軽く会釈する。レイジェスは少し、深めに。それは私と彼の身分差ゆえに。

 だけれどその後一斉に拍手をもらう中、厳しい眼差しがいくつもあることを私は知っている。


 妬み、羨み、好奇、そういった類の視線はひどく私にとって粘ついたもののように思えて、ほんの少し身体が震えた。

 しっかりしよう、しっかりしようとは思っていたし頭の中では一杯シミュレーションしてきたつもりだった。だけど、目の当たりにすると身体が怖くて強張るのだ。


(ああ、だめだ)


 一度その眼差しを『怖い』と思ってしまったら、身体がどんどん石になったかのように重く感じてくる。顔はまだなんとか笑みを浮かべているのだろうけれど、今すぐ下を向いてそのまま部屋を飛び出して逃げてしまいたい衝動が私の中に湧き起こる。

 この場に誰よりも相応しくない、お前は『残念姫君』なのだから変われるはずがないって言われているようだ、なんて。


「!」


 そんな感情にどうしていいのか泣きたくなった瞬間、ぐっと腕が掴まれて引っ張られる感触にハッとする。

 腕を引かれるそのままに、広間の真ん中に連れていかれて音楽に気が付いた。

 ああ、なんてこと。いつの間にか挨拶が終わってた!


「大丈夫か」


「え、ええ……」


 落ち込む暇もないのはダンスが始まったから。

 だけど、そうよ、この部屋に入る前にレイジェスがあんな言葉を投げかけるから私だって動揺して、ああいえ違う。レイジェスのせいじゃない。

 彼はちゃんと“婚約者の装いを褒めた”だけで、私が勝手に動揺して舞い上がっているだけで。


 ダンスのステップは間違えることなんてない、たくさん練習したから。

 レイジェスの方を、見ないようにすればいいだけ。ああ、だって、緊張してしまう!


 一曲踊って次の人に行くこともなく、私は直ぐにダンスの輪から離れた。

 少しだけ、冷静になれる時間が欲しかった。


「ごめんなさい、久しぶりのダンスだったから緊張してしまって」


「……飲み物を取って来るか?」


「いえ、大丈夫。ありがとう、レイジェス」


「それなら、このまま少し話を……」


「これは王女殿下、こちらにおいででしたか!!」


 私たちが壁に下がったのを見つけた貴族の人たちがやってきて、どんどんと挨拶をしてくる。拒むわけにはいかないけれど、レイジェスが話をしたいと言っていたのが気になるのにどうしたらいいのかわからない。


 だけど、もう『残念姫君』とは言わせないと決めている私はこの場で貴族たちに切れ者の『ゼロの姫君』として認識してもらわねばならないのも確かで愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 婚約おめでとうございます、から始まっての世間話、レイジェスとのなれそめはどうなのかとか婚約発表をしたが結婚はいつになるのかとか、お祝いの品を贈りたいがどのようなものが……とかまあ取り入ろうとしてくる人たちにはちょっとだけ呆れる。

 あれほど今まで私のことを放っておいたのに、いざこうなったらこんなにも話しかけてくるだなんて! ……いいえ、もしかしたら今までもそうだったんだろうか?

 私が気が付かなかっただけで、兄様と姉様に取り入りたい人が私経由でとか考えてもおかしくなかったのよね、今までない方がおかしい。

 じゃあそれらから、私は守られていた?

 だとしたら、誰に?


 ふと、傍らのレイジェスを見る。

 彼はいつものように冷静な顔で、挨拶に来る人たちに端的に返事を繰り返すばかりで私の方など見もしない。


(本当に、私はレイジェスの、婚約者なのかな)


 急にそんなことを思って、私は内心自分を叱咤した。

 そもそも嫌われているであろうっていうこと前提なのに婚約者なのかなもなにも……いいえ、婚約者なのだけれど。公言されたのだからそれは間違いない。


 だけど、心からの婚約じゃない。これは、政略的な意味合いの強い婚約なのだから。


「失礼、通していただけるかな?」


「……貴方は、確か……カエルムの、外交官の方でしたね」


「おや、覚えておいていただけるとは光栄ですクリスティナ王女殿下。実は本日、ディアティナ様の指示で貴女様に会わせたい人物を連れてきたのですが」


「姉様の?」


「はい、その者は学者で」


「学者。ということは、論文の……!」


「ははは、クリスティナ王女殿下は博学であられると耳にしておりましたが、真のようで! この場には身分の問題で連れてくることができませんが、隣室にて待機させております。もしお時間をいただけるのであれば……」


「ええ、会いたい。あの、レイジェス、少しだけ席を外しても? 勿論別室に行くのだから護衛武官も侍女も連れて行くわ」


 少し離れたところで、私に呼ばれるのを待っていたらしいグロリアが待機しているのが見える。大広間を出ればラニーもいてくれる。

 だから大丈夫かとレイジェスに確認をとると、彼は少しだけ考えて、頷いてくれた。


「決して、おひとりにはなられぬよう」


「ええ、約束するわ!」


「……私は同席しない方が良いのですか」


「え?」


「私がいて不都合では」


「いいえ、あの、アニーについてなの」


「……あの地竜の」


「ええ。もしかしたら治療の手掛かりが見つかるかと思って」


「それじゃあ、()も――」


 言いかけたレイジェスが、軽く眉間に皺を寄せてパッと前を向いた。

 そこには見慣れない青年が立っていて、ああ、いいえ違う。見たことはある。言葉を交わしたことはないけれど、確か彼はアルス・カルマナ・ヴァルス。今の将軍職にある人だ。


「申し訳ございません、王女殿下。少々ファール親衛隊隊長の身柄を借り受けたく」


「え?」


「ほんの少しのお時間を。お許しいただけますか」


「……レイジェス」


「……ヴァルス将軍の用向きを終えた後、直ぐに戻ります」


「ええ、あの、それじゃあ……また後で」


 また後で。

 その言葉が、なんだかとても慣れなくて私はレイジェスを送り出す手が少し震えた気がした。

あけましておめでとうございます!

ゼロ姫、いきなり舞踏会からですw

ようやく出てきた久々出番のレイジェス!

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