29.
ディアティナ姉様が、レイジェスの、想い人……かもしれない?
いいえ、言われてみればそうかもしれないと思うことがたくさん。
むしろ姉様は多くの人の憧れで、恋われることも多かったと聞いているしそんな人の中にレイジェスがいたっておかしくないっていうか、どうして思いつかなかったんだろう?
私たちと常に一緒にいて、姉様の方が年齢は上だけどほとんど変わらないわけでしょ?
で、美人で明るくて、まさに王族の姫君っていうディアティナ姉様だもの。
「クリスティナ?」
「えっ」
「大丈夫? 具合が悪いの? ……急な話だもの、ごめんなさいね」
「い、いいえお母様大丈夫です!!」
いけない。
あんまりにもマルヴィナの発言が衝撃的過ぎて引きずり過ぎだった……。
今、私はお母様に呼ばれてお茶をしながら大事な話を聞いている最中なのに!
「いいえ、驚くあまりに考え込んでしまうのも理解できます。あのような騒動の後にも変わらず諸外国の要人を招いての晩餐会はと危惧する声も上がっています。けれど、これは国にとって大事なことなのです」
「承知しております」
そう、すっかり自分の誕生日がどうこう、そこで謀反がどうこう……というのに考えが囚われ過ぎていてそれらがすべて片付いた後のことを何も考えていなかったのよね!
今まで社交界に興味がなかったと言っても、王族として出席しなければならない晩餐会やそれに付随する舞踏会とかには必ず顔を出していたというのに。まあ最終的には壁の花か、シグルド兄様と一曲踊るだけなんだけど……。
今回行われるのは国王の誕生会。
この晩餐会は盛大に開かれて諸外国からもお祝いが届く華やいだ場であり、国王と近しく話すことができる社交の場。
謀反があったばかりだからと執り行わないよりも、きちんと例年通りに開いて『ターミナルはまったく揺らいでいない』と広く広く知ってもらう方が良いだろうということなんだろうと思う。
そして、何よりも。
「お前とレイジェスの婚約も、諸外国に対し公表する場としても適していますしね」
「……は、はい……」
「ドレスなどについては案ずることはありません。けれど、希望はちゃんと言って良いのですからね?」
「はい……」
ああ、公式の場で婚約者としてエスコートしてもらわなければならないだなんて!
いえ、いつかはこんな日がやってくるってわかっていたけれど……わかっていたけれど。
言われたことは理解できるし、必要なことだし、お母様が仰った通り王女の婚約だもの、ちゃんと公表する場としては最適だわ。
でもまずは茶会からとか、そのレベルで考えていたっていうのに……ディアティナ姉様がレイジェスの想い人かもって新しい爆弾が発生したこの状況じゃ頭も回らないよ……!!
自室に戻ってもため息しか出ない。
マルヴィナとのお茶会からずっとレイジェスの想い人がディアティナ姉様だったのかなぁってことばかり考えちゃうし、それならその想いは叶うことがないし私と結婚すれば少なくとも家族としての縁は繋がるんだよね、だからなのかなぁとか考えちゃって。
勿論、レイジェス自身の口から聞いたわけじゃないから。
(レイジェスを幸せに。そう思っていたけれど、マルヴィナが違うなら私はどうしたらいいのかしら)
私が好かれるようなとても良い王女になって、魅力的になって、彼を幸せにする?
それとも彼が好きになる人が見つかるまで良い伴侶を演じて笑顔で送り出す?
うーん、具体性がなにも見えてこない。
「クリスティナ様、晩餐会と舞踏会、ドレスとかアクセサリーとか、希望は?」
「え? ああ……私が選ぶとどうしても地味になるから、サーラとキャーラに任せても良いかしら。グロリア、最終確認してくれる?」
「かしこまりました」
今までの侍女たちが持ってきたのも地味だったけれど、私自身が地味で十分と思っていたから今回もきっとそういうのを選んでしまいそう。
でも婚約発表だし、レイジェスをがっかりさせたりするわけにいかないし……ある意味、私が『王女らしく』立つ意味も考えたらきっと任せるのも正解だと思うのよね。
サーラとキャーラのセンスはわからないけれど……酷いのは選ばないだろうし、グロリアもいるならきっと大丈夫!
(……レイジェスと、どんな顔をして会場に行けばいいんだろう)
彼は私と婚約をしたけれど、今回のように公の場に婚約者として顔を出すことはどう思っているんだろう? 聞くのは怖い、だけれど嫌だと思うならばなるべく会場では挨拶だけして私はまたなんとかして壁の花で……。
「まぁた難しいこと考えてる? クリスティナ様」
「ラニー……」
「わたしも当日はちゃんと礼服を着て護衛しますからご安心くださいよ! まあ、わたしは会場の外で待つようですがね」
「それでも心強いわ」
「クリスティナ様が笑ってくれるなら百人力ですね。なんだったら万が一の時はアニーを呼びますよ、クリスティナ様のことあの子も守りますから!!」
「……頼りにしてるわ」
私はグロリアが淹れてくれたお茶を口にして、ふっと気が付いた。
(あんなに、行事とかは億劫で仕方なかったのに)
勿論、楽しみ、とまではいかないけれど。
こうして私の部屋にいるのが、飼っていた金魚だけではなくなってまだそこまで時間は経っていないのに、まるで昔からいるみたいにみんながいてくれる。
だからだろうか?
レイジェスの反応がコワイと思っているのに、行事そのものは別に何も思わない。ドレスに関してだって心配なんてない。
むしろこうして信頼できる人たちがいてくれるということで、それらに関して悩む必要がないのだということを知った。
ああ、昔からちゃんと向き合っていたなら、だいぶ物事が変わって見えていただろうに。
今からでも遅くはないのだろうけれど。……というか、なんとかしてみせなければ!
(そうよ、レイジェスと姉様のことについて考えるのは後にしましょう。もし本当だとしてもそれを成就することはできないのだし、それが違ったのならば別の幸せを模索しなくては)
とりあえず今、これから行われる晩餐会と舞踏会。
そこで私は『ターミナル王家第二王女』として、そして『国の英雄と婚約した姫』という二つの顔を諸侯と各国の要人に見せなくてはならない。
今まではシグルド兄様とディアティナ姉様の影に隠れて難を逃れていた、というか……目立たなくて済んだけれど、今回はそうもいかない。そうはさせない。
(もう、『残念』だなんて言わせない)
国の為。
家族の為。
私のそばにいてくれる人たちの、信頼に応えたい。
そして――大好きな人の為。
私は、もう、俯いていてはいけない。せめて……王女として立つその場だけでも、恥ずかしくない王女としての振る舞いを。
(とはいえ、……そうよね、婚約者、なのだから)
幸せそうに、笑って見せるべき、なのかな?
それともそれを当然だという顔をするべきなの?
少なくとも、嫌そうとか気鬱だとか、そんなのがいけないのはわかるけれど。
レイジェスと腕を組んで華やかなあの場を挨拶して回るってことだよね。
……わかってる、けど。
(私とレイジェスが?)
仲睦まじい、まるで普通の婚約をした仲のように?
想像できない!!
(ダンスの練習も、するべきだよね)
今までシグルド兄様と一曲踊るとかその程度だったから基本だけきちんと押さえていたけれど、これからはそうもいかない。
「グロリア!」
「はい、なんでございましょうか」
「え、ええと……ダンスの先生に、スケジュールを確認して。今度の舞踏会までに私ももう少し上のステップをお願いしたい、と伝えてくれる?」
「かしこまりました」
「サーラ、キャーラ。舞踏会での私の靴はあまり踵の高くない靴にしてくれる? ……あ、あんまりダンスを長いこと踊っていないものだから、緊張して転んだら恥ずかしいもの」
「うん……はい」
「かかか、かし、かしこまりました!」
礼儀作法は本も見ているし普段から予習復習はできているから、教師からもいつも太鼓判は貰っていたから大丈夫。
だけどダンス……ダンスはやっぱり知識だけじゃだめよね、しっかり体で覚えこまないと。
「へぇ、やっぱり王女さまとなるとダンスの先生なんてのがこちらに来るんですねエ」
「ええそうよ。そういえばラニーにも新しく王城の武官が着る礼装が届いているのでしょう? それに合わせたアクセサリーか何か、アニーとお揃いで贈ろうかしら?」
「とんでもない! わたしが何か武勲を立てた時にそいつはお願いしますよ。今のところただ突っ立ってるだけですからねえ」
「王女の護衛が武勲を立てるようなことは、本当はないのが良いのだからちゃんとラニーは役目を果たしていると言えるんじゃないかしら?」
「そうだとしても、着任してまだ間もありませんからねえ。礼装の方は当日お目に掛けると思いますが、わたしが着るといやぁ、本当男みたいでお恥ずかしいですからねえ!」
「あら、背丈があってすらっとしているもの。ラニーはとても素敵に着こなせると思うわ」
「……ありがとう、ございます」
こうして、他愛ない会話ができることが幸せ。
それを知ることができたのは、王女だからじゃないのだろうけれど……いいえ、王女としてあったからなのかしら?
わからないけれど、きっと、大丈夫。
レイジェスに恥をかかせることはきっとない。
……ダンスのレッスン、頑張ろう……!!




