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22.

 翌朝から、ラニーは笑顔で私の部屋に現れて挨拶をしてくれた。

 大柄なんだけど、彼女の動きはしなやかでそして彼女自身の気質がとても朗らかで、まるで部屋の中にお日様が来てしまったかのように明るい気持ちにさせてくれる人だった。


 ディアティナ姉様もシグルド兄様も、太陽のような人だけれどそれは天に輝くもの。

 ラニーの笑顔は、もっと暖かい、それこそお日様、って呼ぶのがいいんじゃないかな。


「ところで姫様、わたしは姫様をどう呼んだらいいですかね? 言葉遣いはまあ、外ではなるべく喋らないようにして気をつけたいと思ってますけど」


「そうね、言葉遣いに関しては少しずつ外用のものを学んでもらえたらと思うわ。そこまで私も城外に出るわけではないし、ゆっくりで大丈夫。私への呼び方はそのままでも構わないけれど」


「んー、でもここのみんなは姫様のことクリスティナ様って呼んでるんでしょう?」


「ええ、だけどそれは別に何か決めごとというわけでもないし……ラニーの好きに呼んでくれていいのよ?」


「うーん。うーん……私もクリスティナ様って呼んで、グロリアさんたち怒りませんかねえ?」


「そんなことないと思うわ。……それより、ラニーは本当に私の護衛武官になって良かったの? その、私の噂は聞いたことくらいあるんじゃないかなって思って」


「ああ、『残念姫君』ってやつですよね」


 けろっとした様子でラニーがその単語を出した途端、ちょっとサーラもキャーラも顔が怖くなったけど何も言わなかった。

 私としてはやっぱり北部とかそっちの方にまで聞こえているんだなぁと思ってちょっと悲しくなったけれど、今までそれをどうにかしてきたわけでもない自分にも非があるんだと反省の糧にすることにして頷いて見せた。


「噂に聞いたのなんて、全然アテにならないなって思いましたよ。クリスティナ様はわたしが会った『ご主人サマ』っていう立場の人の中で言えばすごく優しくて良い人だなって思います」


「え」


「偉ぶる様子もないし、自分の悪評もちゃんと受け止めてる。それに、部下になる私に対してもきちんと意思確認したりそれに対する責任とかを果たそうとしてる。勿論、上に立つ人としては甘いかなって思う部分もあるけど、わたしは好ましい人だなって思いましたよ?」


「そ、そう……?」


 真っ直ぐストレートすぎるその褒め言葉のオンパレードに、私はどう返事していいかわからなかった。

 だって、そんな風に言ってもらえたのなんて、家族以外じゃマールヴァールくらいで、でもそのマールヴァールはもういなくて、だんだん家族は私に対してくれる言葉は慰めじゃないのかって疑心暗鬼になる自分が嫌いで、あれ、なんか私……嫌な子だなぁ。

 でもラニーが笑って好ましいってはっきり言ってくれたそれは、嘘なんかないなって、なんでか信じて大丈夫って、思わせるだけの説得力があった。


「あっ、ヤッバ!」


「え、どうしたの!?」


「わたし、『残念姫君』って話するとクリスティナ様が悲しむから言うんじゃないってファール隊長に注意されてたんだった! どうか内緒にしといてください。あの人怒るとすっごい怖いんだ」


「まあ!」


 レイジェスが、そんなことを?

 私が、傷つくから……そんなことを?


 とくん、と期待が息を吹き返す。

 私の中で、もう諦めなくちゃと何度も言い聞かせたこの気持ちが、また芽吹く。


(だめ、だめ。レイジェスが好きなのは、マルヴィナなのよ)


 だけど、だけど。

 ほんの少しくらい、期待してもいいのかしら。


 婚約者になったのだから、歩み寄ろうって。

 そんな風に彼が、思ってくれたなら?

 もしかしたら、私と彼が手を取り合える未来があるのだろうか。


(……期待してはだめ)


 だけれど、そんな夢を見てはいけない。

 傷つくのは、自分自身。彼を幸せにするにあたって、傷つくことも恐れない……とは決めているけど自分の甘さで傷つくつもりは、ないの。


 愛を夢を見て、悲しくなるなんて悲しすぎるもの。


「クリスティナ様?」


「えっ、ああ……大丈夫よ、レイジェスには秘密、ね?」


「はい! ありがとうございます」


 私の言葉にぱっと笑顔を見せるラニーに、サーラもキャーラもちょっとだけ呆れたような顔を見せたけどどうやら彼女に悪い印象は持っていないらしい。

 私はよくわからないけれど、やっぱり同じ軍人だったということもあるから通じ合うものがあるのかしら?


「ねえラニー、貴女のことを教えてくれない?」


「わたしですか? 大して面白い話はないですけど……」


 ラニーは北部の農家出身で、家族はみんな大柄。

 家族はご両親となんと兄弟姉妹合わせて八人! 暮らすのに農地を分けるのはあまりにも少なくなってしまうので、肉体労働ならお手のモノだと軍人になったんだそう。

 訓練は多少キツかったらしいけれど、特に不満もなかったというし……男所帯が云々っていうのもあんまり考えたことはなかったらしい。

 なにせ自分よりも背の小さな男の人はラニーからしたら恋愛対象外なんですって!


「で、わたしは北部砦でドラゴンライダーやってたんですよ。ドラゴンライダーってクリスティナ様は知ってますか?」


「ええ、知っているわ。飛べないドラゴン、でしょう? すごいわね、騎竜兵だったのねラニー」


「……ええ。わたしの相棒はアニーっていうんです。雌のランドドラゴンで、わたしが卵から(かえ)した子。強くて、甘えん坊で、でも他のどのランドドラゴンより勇気があった」


 そこまで言うと、ラニーは小さく悲しそうに笑った。

 軽く鎧の胸の部分をとんとん、と叩いてラニーは続ける。


「魔物が出た時、アニーは怪我を負ったんです。脚に食いつかれて、それでもあの子はちゃんと戦った。勿論わたしも戦闘が終わってすぐにあの子の傷を手当てしました。だけど、もう騎乗用のドラゴンとしては致命的だ、そう言われちまったんです」


「……そうなの……」


「それでも、アニーとは離れがたくて。別のランドドラゴンに乗りたくもなかった。そんな時に、王城ならアニーの治療ができる資料があるかもしれないって北部砦のリーダーに言われて、異動願いを出したんです」


 ランドドラゴンは、カエルム国の飛竜とは同じドラゴンと一括りにできない独自の進化をした生き物。

 学者によっては魔物に分類してもいいんじゃないかという人もいるくらいで、巨大なトカゲだという説もあるけれど……とにかく、そのくらい違う。

 

「でも、……王都に来ても、誰もそんな書物は知らないっていうんですよね。やっぱりランドドラゴンについてはまだまだわかんないことだらけですからね……」


 ラニーがしょぼんとした顔で笑う。

 なんでも笑って話してくれるラニーだけれど、がっかりしているのは私にだってよくわかる。


 大切な存在が、傷ついたままだなんて嫌だもの。

 

(ランドドラゴンについて、かぁ……書庫で見た気がするけれど、その皮膚は厚くて心を許した相手にしか触れることも許さない、っていう性質だって書いてあったなあ)


「あっ、でも王城内の書庫とかにならあるかもしれないってんで、ファール隊長が探しておいてくれるって約束してくれたんです!」


「……レイジェスが」


 ああ、彼はきっと探すだろう。

 約束をしたならば、きっと、いいえ絶対に。


「なら、安心ね」


 だって、あの事件の時も私を助けてくれたあの人は。

 言葉が少なくて無愛想で、私のことを嫌っていても、絶対に約束を守ってくれるのだもの。

 子供の頃に約束してくれた。

 私や、私の家族が危険に晒された時は絶対に助けに来てくれるって言ってくれた約束。


 思い出して言い切るように笑った私を、ラニーが不思議そうに見ていた。

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