21.
北部の砦。
それは山の麓にあって敵の侵入を警戒すると同時に、野生動物に混じって魔力を持って生まれたいわゆる“モンスター”に対処をする、前線部隊の一つ。
山に囲まれたターミナルというこの王国は天然の城塞に護られているともいえるけれど、それに頼っていては軍事国家としてよその肥沃な土地に居を構える国々と対等に渡り合うのはとてもじゃないけど、無理だ。
今でこそ軍事国家として栄えたターミナルは、機械と魔法の融合を可能にしたからこそ大国に成れただけで、ここは元々痩せた土地と言われていた……と王国の歴史にも書かれているくらいだ。
(すごい……大きい人……!!)
浅黒く焼けた肌に、長い金茶の髪を高い位置でポニーテールにしている美女だ。
身長は大柄なグロリアよりもさらに高い。
私の驚いた視線に気を悪くする風もなく、にっかと笑った姿は天真爛漫な、という言葉が似合う女性だった。
レイジェスは一歩前に出て私に挨拶をすると彼女を見上げてから私の方へと視線を戻し、いつものように無表情に、無感情に言葉を発した。
それが少し寂しいと思うのは、やっぱり『婚約者』としての温度を彼からは感じないから、だろうか。
そんなことを少しだけ思って、だけれどその気持ちはすぐにしまい込んだ。
今は、そんな感傷に耽るべきじゃないってさすがに自分でもわかってる。
「クリスティナ姫。必要とされた護衛武官に適していると私が推挙いたします、ラニー・ヴィーラです。北部出身の軍人ですが訳あって王城に異動してきたばかりです」
「ありがとう、レイジェス。……ラニー・ヴィーラ。貴女は私の護衛武官となることに、異論はないのですか?」
「異論ですか?」
私の問いかけに、きょとんと瞬いたラニーは私の言葉の意味を考えているみたいだった。
特に意味はなくて、『残念姫君』の護衛武官になることが嫌ではないかって意味だったんだけど……おかしな質問だったかしらと小首を傾げると、彼女も同じように小首を傾げた。私を見つめながら。
「王女様、わたしは学があんまりなくて。地方出身でそのまま軍人になったクチなんです。だからよくわかんないんですけど、王女様が必要としてるのに断ったりしたらいけないんじゃないんですかね?」
「ラニー。言葉遣いには気をつけろと言ったろう」
「えー、だってさファール隊長さん。そりゃこっちに来て色々教育ってのをしてもらったけどどっかで絶対ボロが出ると思うんですよ。これからちゃんと仕えるってんならやっぱり誤魔化すのはフェアじゃない」
もしかして、ラニーはもう城に着任して数日経っているのかしら?
教育云々言っているところから考えると、レイジェスが王女付きに相応しいようにマナー講座を受けさせていた……って感じなのかしら。
「ラニー!」
「良いのです、レイジェス。この部屋には私の信頼する侍女と、貴方。そしてラニーだけですから」
「ふぅん、話のわかってくれそうなお姫様で良かった! 貴族のお嬢さんとかも気位が高くて大変だって砦のお偉いさんはよく言ってたから」
「けれどラニー、あまりそう明け透けにお話をするのは危ないことだと私も思いますから気を付けてください。王城にはマナーに厳しい方もいらっしゃることでしょう、貴女に悪意がなくとも貴女の振る舞いひとつで北部砦の全員が、礼儀知らずと罵られることに繋がりかねません」
「……」
私が余計なお世話だったかなと思いながら告げれば、ラニーは少し考えているようだった。
レイジェスの方を見れば、少し眉を顰めていたけれどそれはラニーの言動に対してのようで私には思う所はないと思うと、不謹慎だけどちょっぴりほっとした。
「ラニー。軍人としての貴女はきっと優秀なのでしょうね」
「えっ?」
「レイジェスが認めて私の前に連れてきてくれたということは、貴女が信頼できる人物だと思うのです。私はレイジェス・アルバ・ファールを信用しています。その彼が連れてきてくれた人物ならば、信頼に値すると考えます」
「……クリスティナ」
私の言葉に、レイジェスが少し驚いた様子だったけれど今は見なかったことにする。
正直に言えば、彼の反応が怖いから見れない、が正しいのだけれども。
「だけれど、貴女が私を信じ、そして守りたいかどうかは別だと思うの。勿論王族を守る、それは軍人として半ば義務でしょう。けれど私は王族の中で、城内で過ごすことも多い人間ですから緊急を要するわけでもない。だから強要はいたしません」
そう、グロリアにも、サーラにもキャーラにも、私が望むのはただ一つ。
クリスティナという私自身を、見てくれる人。
勿論、護衛武官は欲しいと思う。だけどそれはいやいやじゃしょうがない。
レイジェスは、私のことを見張ってくれてなおかつきちんと護衛してくれる人が良いのでしょうけれど……いえ、ラニーはそういうのには向いていない気がするけれどどうなのかしら。
学がない、と本人は言うけれどそうじゃなくてこの人は、直球すぎるんだ。
私はそれも好ましいなと思ったけれど、きっと王城内はそれで通らないと思うし……私のそばにいるというだけで、余計にいやな気持ちにさせるようなことがあったら申し訳ないと思う。
田舎者には残念姫君がお似合いだ、とかなんとか言いそうな人もいるだろうし。
(そう思うと自分でも申し訳ないなあ……グロリアも、サーラもキャーラも気にしないって言ってくれたけど。きっと私が知らないところで、残念姫君の侍女って言われてるに違いない)
それをひっくり返すためにも私がしゃんとしなくっちゃいけないけれど、今まで二十年近く『残念』と呼ばれていたことはもうどうしようもない事実なので一朝一夕には覆せないと思う。
だから、ちゃんとそこもわかった上で護衛武官を引き受けて欲しい。
「貴女が断ったとしても、私がそれを咎めることはありません。勿論、レイジェスや他の高官たちにもそれを咎めさせるようなことはないとこの国の第二王女としてお約束します」
「……姫様は、わたしみたいな大柄でがさつな女は嫌いじゃないのかい?」
「え? いえ、貴女はただ正直なだけじゃないのかしらとは思うけれど」
「わたしは、北部砦が好きです。北部砦のみんなのことも、好きですよ。だけど、理由があって王都に来ました。だから、ここの空気は、正直馴染めない。気取ってる人たちが多いとか、そんな風に思ってしまう」
「……ええ」
「だけど、姫様が仰るようなことも、わかるし……うーん。やっぱりちょっと、難しいのは苦手で。ぶっ飛ばすのとかは得意なんですけど!」
あはは、と笑ったラニーは、私の前に進み出て膝をついた。
ラニーの笑顔はすごく温かくて優しい。
「うん、もっと単純に考えます。わたしは考えるのが得意じゃない。だけど、わたしは初めて会ったけど、姫様が好きだと思うから、守りたいと思います!」
「まあ」
「それじゃだめですか?」
「いいえ、とても嬉しい言葉だわ! ありがとうラニー。歓迎します」
色々考えて、考えることを放棄するのはどうかなって思うけれど……レイジェスが推挙するのだから、きっと彼女は優秀なのだと思う。ただ言葉にするのが苦手なんでしょう。
決して好きって言われて嬉しくなったとか、そんなチョロい理由じゃないからね!!
「……護衛武官の着任をお認めいただき、ありがとうございます。それではクリスティナ姫の了承が得られたということで、手続きを進めさせていただきましょう」
「あっ、レイジェス……あの、ありがとう」
「いえ。陛下からの申しつけでございますので」
「……」
「それでは、失礼いたします。ラニーは明日より着任扱いとさせていただきますので、侍女殿らもよろしくお願い申し上げる。行くぞラニー」
「あっ、いいのかいファール隊長。姫様とあんた、婚約者って……ありゃまあ、行っちまったよ……! それじゃ姫様、また明日ね!」
出て行ってしまったレイジェスの背中が、目に焼き付いた。
ああ、業務ですものね。ええ、わかってる。
だけど、やっぱり。
やっぱり、寂しいよ、レイジェス。




