20.
サーラとキャーラが侍女としてやって来てから数日。
まだ、私の護衛武官は現れない。
最初はレイジェスが来たらどうしよう、って思っていたけど。近いうちに寄越すって言っていたのにどうかしたのかと逆に心配になってきちゃった。
とはいえ、じゃあ会いに行くのかって聞かれると……ええと、うん。
また来たのかって顔されたら辛いから、まだ待とうかな、なんて……。
「そういえば、グロリアは騎士だったのよね?」
「はい、さようにございます」
「どこの所属だった、とかは聞いても大丈夫なのかしら。サーラとキャーラのことも、私、もっと知りたいと思って」
「光栄でございます」
軍事国家ターミナル。
その頂点は、勿論国王であるお父様。
でも軍事国家だけあって、軍人、という職業が一般的な我が国においてどこの所属だったのか、っていうのはかなり機密情報を含んでいたりとか……ってよく考えなくてもサーラとキャーラが特殊部隊出身だったとか私に言っても大丈夫だったのかしら。
いや、まあ私も王族の端くれだからあんまりおおっぴらに公言しないだろうって信頼してくれてのことだと思うけど……。
「わたくしは、近衛隊の一人でございました」
「まあ、すごい!」
「おそれいります」
国王の直轄、親衛隊。
王族の護衛に関する全てを任される近衛隊。
貴族位を持つ者は軍人の中でも騎士という称号を持っている。まあ、名誉職、みたいな感じ……だと思う。ちょっとお給金が違うとか、役職に就きやすいんじゃなかったかしら。
軍部の仕組みは複雑になっていて、基本的には国軍、領軍、地方軍って細かくまたあって。正直しっかり学んだわけじゃないから、私には大まかにしかわからない。
お父様や兄様は当然ご存知だと思うけれど……。
国王を頂点に、親衛隊隊長と近衛隊隊長、そして将軍が四人。これは王国設立から続いている伝統みたいな部分もあって、人数に変動はないらしい。
そう考えると貴族位であるセカンドネームを持たないグロリアが近衛隊だったのは、とても実力ある女性だった、ってことだと思う。
「サーラとキャーラは? 聞いても、大丈夫かしら……?」
「平気。アタシは暗器の使い手。双剣を使って、相手の死角から攻撃する」
「え」
「あ、あ、あたしは、そ、狙撃がとと、得意! です!!」
「そ、そうなの」
かなり物騒なことを言われた気がする。
にこやかに給仕をしてくれる二人に、私が「すごいのね」とだけなんとか言うと更に笑顔になってくれたからなんだか良心が痛んだ。
「当時は、魔力も上手く使えなかった。アタシは、気配を消す魔法、得意……です」
「あ、あたしは、い、威力をあげれ、ます」
「いつだって、クリスティナ様の敵を屠る準備はできます」
「しなくていいから!」
「そ、狙撃も、任せてください!」
「しなくていいからね!?」
屠るってそんな危険なお仕事は期待してないよ!
笑顔で言ってくるサーラとキャーラが、冗談だと思いたい。
グロリアはそんな彼女たちを見て「言葉遣いに気をつけなさい」って注意をして……するところが違うと思うんだけど、私だけなの? 私がこの場合ずれてるの?
まあこうやって三人がいてくれるおかげで、落ち込むようなこともなくてありがたいんだけど。楽しいし。
こうして、もっと早く……行動していたら、全然違ったんだろうかってちょっと思うこともあるけれど、過去に戻れるわけじゃないし私は私なりに頑張らなくっちゃ。
お勉強、ってわけにもいかないけど、王女としての振る舞いに足りないことがあったら教えて欲しいことはグロリアにも言ってあるし、お母様に毎朝ご挨拶している時にご相談はしているんだけれど。
(社交界にもっと顔を出すべき、……かあ。もっともよね)
お母様が、ちょっとだけ言いにくそうに。
それでも王女としての役割の一つとして、今までのことを割り切って参加することも必要だろうと言ってくれた。
私も勿論それは考えたことがあるし、どうにかしなくちゃとは思うんだけれど。
社交界、……というか、夜会はまだ敷居が高すぎる。夜会ともなればレイジェスに同伴をお願いしなきゃならないし、ドレスアップして彼の横に立つ……? 考えられない!
(婚約者、って言われるのもまだ慣れないのに)
お母様が教えてくれたってことは私が考えたこと自体は間違いじゃないってことで正解を出せたことに安心はできたのだけれど、別の問題がこうして浮上するわけで。
ああ、全部がまるっと上手くいく、っていうのはなんとも難しいってつくづく思う!
はぁ、とお茶を持ったままため息を溢せば、それに目を大きく見開いたキャーラが慌てた様子で私の膝に縋りつくようにしゃがみこんだ。
「く、く、クリスティナ様! ど、どうしたんですか!? お、おちゃ、お茶が美味しくなかったで、ですすすか!?」
「え? 違うわ、ちょっと考えごとをしていただけよ。キャーラが淹れてくれたお茶はとても美味しいわ。おかわりをもらいたいのだけど、お願いできるかしら?」
「ももももも勿論! です!!」
パアッと表情を途端に明るくさせるキャーラは、ずり落ちそうな眼鏡を押さえながらぱっと行動する。その姿に先程まで落ち込みそうな気持ちだったけど、私も明るい気持ちになる。
ああ一人じゃないって、いいなあ……。
「でもクリスティナ様、ため息」
「ええ……ほら、今まで私は部屋に引きこもりがちで他のご令嬢とか、夜会とか……全く出なかったから、これからはそうも言っていられないなぁって。そういえば二人も子爵家のご令嬢なのだから、そういうことは良いの?」
サーラは言葉少なめで無表情だから誤解されがちだけれど、いつだって相手の様子をきちんと見ていてくれる人。だから、心配してくれているってわかる。
うん、こう……やっぱり嬉しいなあ。
レオーネン子爵家の名前は申し訳ないけれど、私は知らなかった。
とはいえ、二人は子爵令嬢なのだからそういったことも経験があるのかと思って問えばサーラは首を左右に振った。
「アタシたちは、要らない子」
「そんな」
「跡継ぎに兄上がいたし、華やかさは姉上が担えばいい」
それで十分。
当然のことを口にするような素振りのサーラに、私は目を瞬かせるしかできなかった。
「特殊部隊に入ったのは、家族にも秘密。軍人になって家を出た、金食い虫がいなくなったって兄上は喜んでた」
「で、でで、でも、辞職して、一度、家にはも、戻りました! こ、今度はクリスティナ様の、侍女になるって、そ、その、一応所在は、知らせておいた方がいいだろうって、二人で話して……」
「そうなのね」
「アタシたちが特殊部隊にいたって聞いて、家族は目を丸くした。いい気味」
「も、もう、あ、あたしたちも成人してますし、ク、クリスティナ様のおそばで住み込み侍女ができて、ここ、こっちの方が幸せです。ししし社交界とかは、……元々怖かったし」
キャーラに言わせれば、社交界というのはごてごて着飾ってお互いを褒めつつ内心貶す、そういう姉や母のやりようを見ていて怖い場所だなあと思ったらしい。
ええー、それはちょっと怖いね!? そんな人ばかりじゃないと思うけれど……ああ、でも私のことはそうやって見ている人もいるんだろうな。
だって、多くの人はまだ私のことを『残念姫君』って思っているに違いないんだから。
「そうね、私も……あんまりゆっくりはしていられないけど、ちょっとずつ頑張ろうと思うから。夜会はまだまだ出る予定はないけれど、お茶会とかには三人のうち誰か、ついてきてね」
「かしこまりました。お任せくださいませ」
三人を代表してグロリアが微笑んでくれた。
うん、大丈夫。
私だって、やればできる子なんだから!
「クリスティナ様。今、外に来客がきた」
「誰かしら? 兄様の使いかしら」
サーラがノックの音に出て行ったかと思うと来客を告げてきて、兄様が相談のために時間を作ってくれたのかと思うと、サーラは首をまた左右に振った。
「ファール親衛隊長と、見たことない女性の軍人。あの制服は、北部の砦部隊のものだったはず」
「えっ……」
告げられたのは、会いたくて、そして会いたくない人の名前。
レイジェスが来たということは、きっとその女性が私の護衛武官になる予定なんだろう。
私の不安な気持ちが顔に出たんだと思う。
サーラが直ぐに「今は帰ってもらいますか」って聞いてきてくれて、目を丸くする。
(ああ、私、また)
今は一人じゃない。
この気持ちの全てを、彼女たちに語ったことは一度もないけれど、私は彼女たちにとって良き主であろうとは決めている。
そして、レイジェスに対しても、良き『婚約者』として振る舞おうって、『ゼロの姫君』になろうと思ってるんだから!
温かい環境がちょっとできた、それに安心してばかりじゃだめなんだ、と改めて気を引き締める。
「いいえ、お入りいただいて」
不安は、飲み込んで、胸の奥に押し込めて隠しましょう。
笑顔の仮面を被ってみせて、姫としての振る舞いを!




