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閑話 その侍女、なんと。

「ねえねえ、聞いた?」


「なによ?」


「あてつけっぽく【残念姫君】がさ、専属侍女が欲しいって陛下におねだりしたじゃない? それでやって来たあの背が高いお婆さん侍女! まるで男みたいだって言ってたあの人」


「ああ、あの人ね。それがどうしたの?」


 侍女たちが、与えられた休憩室で茶を飲みながら会話する。

 よくあるような、光景だ。


 時には愚痴や弱音だって吐き出したいであろうし、そのガス抜きの場というのはやはり大事だと誰もが知っている。

 だからこそ、この休憩室ではよっぽどのことがなければ、『内密に』みんなが互いに不満を口に出し、それで心の平穏を得るのだ。


 今回上がった愚痴は当然のように名前の挙がった残念姫君――クリスティナ王女が専属侍女を求めたことが発端だった。


 別段、彼女たちは自分が専属侍女になりたいわけではない。

 散々魔力がない姫君だから、自分たちには旨味がない……そういう風に扱ってきた自覚はある。それは後ろめたくもあったが、自分たちだけじゃない、という言い訳の上で成り立っているので謝罪に行くほどでもない、というのが彼女たちの考えだ。

 今更その状態で専属侍女に任命されてあれやこれやと命令されるのは怖いのでそれはそれで良かったのだけれども、自分たちからとは別に(・・)、とわざわざ陛下に願い出たというのが彼女たちの不満なのだ。


 そうされる理由がある、とわかっていながらも自分たちが悪だと言われているようで、気分が悪いと言ったところだろうか。


「あの人、男みたいにがっしりしてて気味悪いって思ったら軍人上がりなんですって! おお、嫌だ嫌だ、軍人脱落して大人しく田舎に引っ込むなりなんなりすりゃいいのにあのトシで王城勤めにしがみつくなんてさ!」


「でも、陛下の選んだ人材なんだからすごい人だったりして?」


「なぁに言ってるのよ。まったくもって見たことない人じゃない!」


 彼女たちには自負がある。

 みんなが憧れる、この国の王太子や王女ディアティナ付きにはなれなかったとはいえ王族付きになれる程度にはレベルが高い自負がある。

 だからこそ、見たこともない人間が突然現れて我が物顔で王女の専属侍女として闊歩するのが納得いかないのだ。


「名前、何だっけ?」


「えっと……確か、グロリアよ。そう、グロリアさん」


 ぽん、と手を打つようにして思い出せたことに喜色を見せた女をよそに、文句をぶぅぶぅ言っていた女とはまた別の女が反応する。

 ぎゅぅっと眉間に皺を寄せたその姿に、全員が注目する。


「どうしたのよ?」


「すごい顔!」


「……グロリア、って背が高くて、元、女騎士……ってどこかで聞いたことあると思って……今思い出せそうなのよ、なんだったかしら……!!」


 うーん、うーん。

 そんな唸り声に、他の侍女たちも一斉に考える。

 

 確かに、言われてみればそんな名前をどこかで聞いたことがある気がする、と誰かが言えば誰かがそれに同調する。

 だがだからといって答えがそこで出るわけでもなく、堂々巡りだ。


「ああっ!」


「ど、どうしたの? 思い出したの?」


「思い出したわよ! と、とんでもない人かも……!!」


「ええ!?」


「あれよ、昔王妃様が王太子妃殿下だった頃、大規模な狩猟大会で大型の熊型モンスターが現れたことがあって、それを素手で撃退した女軍人の話があったじゃない……!!」


「そんなこともあったような?」


「……あっ! 思い出したわ、思い出したわ!! そうよ、『剛腕のグロリア』って二つ名までいただいて、その功績から一般の軍人だったのを近衛騎士に抜擢したのよね。王妃様が今の地位に就かれてからは公私ともに腹心で、それで……そうよ、地方の視察の際に崖崩れから王妃様を庇って、怪我を負って引退したって……」


「それで、王妃様がどうしても残って欲しいって……え、じゃあ、え、まさか……」


 さぁっと女たちの顔色が悪くなる。

 まさか、散々こき下ろした老女が王妃の腹心ではないかとまで考えが至って自分たちが危うくなるのではと思ったのだ。


「ご、『剛腕のグロリア』とは、限らないじゃないの!」


「そ、そうよね!」


「――あらあら、懐かしい呼ばれ方」


「ひぃっ!?」


 懐かしむような、静かな声が彼女たちの背後から聞こえた。

 それまで誰もいなかった。誰もいなかった(・・・・・・・)からこそ、悪口を言い合う仲間だけだと確認したからこそこうして花を咲かせていたはずなのに。


 そこには、まるで始めからそこにいたかのように、刺繍をする老女の姿。

 刺繍をする手を止めて、眼鏡をほんの少しだけずらし、にこりと笑う姿は優し気なのに恐ろしく見えるのは後ろめたさからなのか。


「今は、ただのグロリアですからお気になさらず」


「い、いつから、そこに……」


「あらいやだ」


 ことん、と刺繍の枠がテーブルに置かれた。

 随分と複雑な絵柄が白い布に描かれていて、その大きさから今来たとは思えない。


 もしかすれば、それそのものが小道具で最初から出来上がったものが用意されていたのかも、と邪推することもできたが今の侍女たちにはそんな余裕もなかった。


「最初から、おりますよ?」


 ふわりと笑う姿はどこまでも優美で、とても熊を素手で撃退したとは思えない。

 やはりあれは噂で、自分たちのここでの会話も若さゆえのと笑って軽く叱責するだけに留めてくれるのかもしれない。


 そう彼女たちが期待するのを理解しているかのように、グロリアが微笑む。

 手が伸びて、林檎をひとつ撫でた。

 休憩室に置かれている、誰が食べても良い果物。だから何の変哲もない、良質で大きな、赤くて美味しそうな林檎だ。


 それをグロリアが、指先で撫でて一つを選び出し、持ち上げる。

 最初はくるりと回し、形を確認しているかのようだったがそれを掌に乗せた。


「まあまあ、わたくしもまだまだ不慣れですから、どうぞ皆さま仲良くしてくださいね。クリスティナ様のおそばから離れるつもりはございませんが――」


 ぐっ、と林檎が握られた。

 瞬間に、まるで菓子かのように林檎がひしゃげ、ぼろり、と落ちた。


 それを気にする風もなく、グロリアは優美に笑みを浮かべたまま汚れた手を拭う。


「どうぞ、お互い気をつけましょう?」


「は、はいっ!」


「ああ、申し訳ないけれどここの掃除をお願いしても良いでしょうか。わたくし、クリスティナ様の元へ行くところでしたので」


「勿論です! お任せください!!」


「ありがとうございます。良き侍女たちがいて、さぞかしクリスティナ様もお喜びと思いますよ。あの方は、優しいですからね」


 あの方は、を強調するかのように笑ったグロリアに侍女たちが一斉に背筋を正す。

 ああ、この侍女は危険だ。

 何も言わない弱気な姫の代わりに釘を刺しに来たのだ。何が軽く叱責だ、これは脅しと同じじゃないか。


 そうは思ってもそれを口に出す勇気のあるものは、誰一人としてそこにいなかったのだ。

 だって、そうだろう。

 誰だって砕けた林檎と仲間には、なりたくないのだから。

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現代恋愛、高校生男児のちょっと不思議な恋模様。
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